創造神アンマは御座に深く身を預け、夜空を見上げる。
散りばめられしは満点の綺羅星。その瞬きに、アンマはゆっくりと目を閉じる――。
アンマの創りしこの世界は、本日も平穏そのものであった。
神の乗り物・ヴァーハナによるレースも近いこの日、晴れ渡ったザンプディポで、ムシカはトレーニングに励んでいた。俊足の彼がひとたび駆ければ、土煙が巻き起こる。
原っぱの草葉が疾風に揺れた。
「ムシカちゃんえらいわぁ、今日もあんなに頑張って」
そんなムシカを見守るのは、神妃パールヴァティだ。神殿のバルコニーは見晴らしが良く、町外れの草原を駆けるムシカの様子がよく見える。
「うむ……」
隣の破壊神シヴァが口元をもごつかせたのは、愛する妻が自分じゃない男を褒めていることに由来する。「俺だって毎日頑張っているではないか」と言うか言うまいか考え続け、シヴァは遠くのムシカを睨む。
――と、その時であった。
「どわあっ!」
好調に駆けていたムシカが転んだのだ。速度があっただけに、ゴロゴロゴロゴロ……と小さな体が大地に転がり、そして、止まる。
「あだだだだ…… おえっ」
転んだ擦り傷よりも、思いっきり転がったせいで目を回してしまった方が深刻だ。ぐにゃぐにゃ回る視界に、ムシカは顔を蒼くした……。
「あら――」
見守っていたパールヴァティは目を丸くした。
「ムシカちゃんが転ぶなんて珍しいこともあるものね」
「そ……そうだな……」
シヴァは「よもや俺の嫉妬がムシカの足でも折ったのか!?」と内心ハラハラしながら、妻の会話に相槌を打った。
しかしながら『ムシカが転ぶ』なんて、シヴァもパールヴァティも初めて見た光景だ。矮躯ながらムシカの身体能力はピカ一。巨体のガネーシャ神を持ち上げて風のように走り、真っ向勝負ではハヌマーンにも引けを取らず、電光石火とはまさにムシカを指す言葉であるほど……だというのに。
まあ、ワコクでは『河童だって川で溺れることがある』なんて諺があるほどだ。似たことがザンプディポで起こることもあろうて。
「あんなに擦りむいて、かわいそうに……衛兵に迎えに行かせましょ」
そう言って、パールヴァティは神殿へ振り返った。「誰かいるか」と神殿へ歩き出し――ふらり、女神がよろめく。
「パールヴァティ!」
バルコニーの床がひび割れるほど足に力を込めて飛び出し、シヴァが文字通りの『神速』で妻を抱き留める。
「ど、どうした! 大丈夫か!」
狼狽を顕に、シヴァは妻を覗き込む。パールヴァティは「うーん」と眉根を寄せつつも、目を開けた。
「大丈夫、ちょっと立ちくらみ……つわりかしら……」
冗句っぽく含み笑う余裕はあるようだ。つわり、という言葉にボッと顔を赤くした夫の頬を撫で、パールヴァティは微笑んだ。
――この時はまだ、誰も知らなかった。
神すらも、これから起きることを予想だにしていなかった。
変わらぬ今日が明日も続いていくのだと、人も神も信じていた。
この世界は変わらないのだと。
――何かがおかしくなっていく。
――何か異変が、始まっていく。
[[次へ]] NFT-RPG Fujiwara Kamui Verse ~Antiqua Reincarnation ~
【人と神とを繋ぐモノ】アートマン事変
――開幕。
[[第一章]] シュメルの地は砂漠が多いが、中央地帯は大河の恩恵で豊かな緑が広がっている。それは人々に恵みをもたらし、シュメルの民の糧を生む。
その豊かさは、ひとえにシュメル地母神イナンナのおかげ――シュメルの民は感謝と敬意をいつも女神に捧げていた。
の、だが。
「イナンナ様、ナツメヤシが実をつけません!」
「イナンナ様、ムギの発育が悪くて、このままでは……!」
「イナンナ様、種が一向に芽吹きません! どうすれば!」
地母神の神殿――アカシアとギンバイカで彩られた美しいそこには、大挙して訪れたシュメルの民らの嘆願で満ちていた。
神の間は満員御礼。玉座に座す、冠を頂いた美しき乙女、地母神イナンナは四方八方からの声に狼狽する。
――今、シュメルを未曽有の不作が襲っていた。
木々は実をつけず、草々は花を咲かせず、蒔いた種も芽吹かず。
このままでは遊牧している羊達はおろか、民まで飢えてしまう。ただでさえシュメルは砂漠が多く、食料を得られる場所は限られているというのに……。
ゆえにこそ民らは、地母神にして豊穣神であるイナンナに縋った。女神ならきっとなんとかしてくれると信じて。
「む、むむ、分かった分かった! わらわがなんとかする! 鎮まれ! 鎮まるのだ!」
イナンナは半ば強引に民らを神殿から帰すと、神の間の扉を閉じ、そのまま深く深く溜息を吐いた。
不作。今までこんなことはなかった。なぜ? 豊穣神である己の力が衰えているからか? それってつまり……もしかして、老化か!?
イナンナは大慌てで鏡を覗き込んだ。そこに映っているのは、夜空に煌めく金星のように美しい顔。皴もシミも一つとてなく、完璧で究極の美の顕現であるが……。
もしや本当に『衰え』が来ているとして。この美貌が老醜に塗れるとしたら。イナンナは老いた自分の顔を想像してゾッとする。
(どうにかせねば……)
地母神たる自分の美しさと健康は、シュメルの大地の豊かさに直結するのだから。イナンナが自分のことを好きなのは、それがシュメルの安寧とイコールであるからだ。
「どうにかせねば、どうにかせねば……そうだ! アレを使えば、あるいは……!」
[[トラブル日和]]かくして、君達はイナンナにこう命じられた。
「川の上流に湖がある。その湖底に『アートマンの腕』なる秘宝が沈んでいるそうだ。シュメルを救う一手になるやもしれん、とってまいれ!」
川沿いを歩き続けた君達は、件の湖を発見する。広くて深い。ちょっと大きめのヌマンガがのびのび暮らせそうなほどだ。
水は透き通っており、湖底に目を凝らせば……あった! 湖のちょうど中央、得も言われぬ美しい翠に輝く宝石が。一抱えぐらいの大きさで、丸太のような見た目をしている。
さてどうやって湖底から引き上げようか。素潜りして持ち上げるには重たそうだし、何かしら引き上げるにしても工夫が必要そうだし……なんて相談をする君達だが。……あれ、メンバーが一人多いような?
「ほうほう、それで?」
君達の中にいつの間にか混ざっていたのはユリィだった。おったまげる君達をよそに、ユリィは湖底の宝石をキラキラした目で見つめている。
「ワシ、あれ欲しい! くれ」
ものすごく無邪気にそう仰る。
「安心しろ。くれなくても自力でとって帰るからの」
いや、でもユリィ様、これはかくかくしかじかな理由で必要でして……。
「えー。そっかー。でもワシあれ欲しい! でっかくてすっごい綺麗じゃ! のう、ワシがあれを堪能したら、次はおまえたちにちょっぴ貸してやるから……それじゃダメかの?」
うるるんとした目で見つめてくる。自分がかわいいことを自覚している。厄介だ。
……うーん。どうしよう。
[[湖底の秘宝 リプレイ]] シュメルを襲った不可解な不作。
種は芽吹かず、木は実をつけず、草葉も花を咲かせない――。
かくして3人の勇士が、女神イナンナの命を受けてシュメルの地を歩んでいた。
「花が……一つも咲いてへん……」
川沿いの一本道を踏みしめつつ、タトゥーモヒカン・ayazeniは辺りを見渡し眉尻を下げた。彼の言う通り、どこを見ても花が咲いていない。
「木も植物も、なんだか元気がないですねー……」
しばちーはそっと溜息を吐く。彼女は不可思議を追うミステリーハンターだが、人々が苦しみ悲しむミステリーには流石に喜べない。見渡す限り、シュメルの肥沃な大地を知っている現地民としては異常な光景だ。
「このままじゃうちは廃業みゃ! 早くなんとかしないと……」
ひときわ不安そうにしているのは、猫獣人のとうふ。彼女は花屋、なのだがシュメルがこの有様で花が一つも仕入れられず、ここのところずっと休業状態である。
「イナンナ様の言いはる通りに『アートマンの腕』を持って帰れば、きっと全部解決や!」
仲間達を元気づけるよう、そして自分自身を鼓舞するよう、ayazeniは声を弾ませた。
さて。正面を見やる。川を逆流するように歩き続けた彼らの目に、美しい湖が見えてきた――目的地だ。
湖に到着した彼らは、湖底に不思議な宝石を見つける。
不思議な気配を感じるあれこそ、『アートマンの腕』に違いない。
……が。
「うう……すっごい深いところにあるみゃ……」
とうふの猫耳がペタンとイカ耳に伏せられる。猫的に、水はちょっと得意ではない……。
「結構……大きくて重そうですねー。素潜りして持ち上げるにしても、ちょっと工夫しないとー……」
湖を覗き込むしばちーは困った様子で首を傾げた。
「ちなみになんやけど……この中に泳ぎが得意な方は?」
ayazeniがそっと仲間達を見たが、とうふは首を横にブンブン振り、しばちーは「かなづちじゃないですけどこれはちょっと~」と苦笑した。ayazeniもしばちーと同様、かなづちでこそないがこの深さを素潜りするのはちょっと厳しい。
「うーん……近くの村で何か道具を借りられへんかなぁ?」
「でもここからだと、最寄りの村でもかなりの距離ですよー……?」
「あちし、この辺りに使えるものがないか探してこようかみゃ?」
など、3人が額を寄せ合って相談していると。
……ふっと気付く。あれ? 仲間が1人多いような?
「ほうほう、それで?」
いつの間にか混ざっていたのはユルグ神ことユリィだった。おったまげる3人をよそに、彼女は湖底の宝石をキラキラした目で見つめている。
「ワシ、あれ欲しい! くれ」
「「「えええ!!?」」」
3人は更におったまげた。ユリィは狐の尾をゆらりと揺らす。
「安心しろ。くれなくても自力でとって帰るからの」
「いや、でもユリィ様! これはかくかくしかじかな理由で必要でして……」
ayazeniが今にも湖へ潜ろうとしたユリィを引き留め、事情を説明する。立ち止まって聞いてくれたユリィは片眉を上げた。
「えー。そっかー。でもワシあれ欲しい! でっかくてすっごい綺麗じゃ! のう、ワシがあれを堪能したら、次はおまえたちにちょっぴ貸してやるから……それじゃダメかの?」
うるるんとした目で見つめ、しなだれ、ayazeniの顔を覗き込む。ほっぺをツンとつついてくる。
「グッ……! だ、ダメなんですごめんなさい……!」
ayazeniは刺青の顔を赤面させつつも理性を勝利させた。
「え!? ワシがちょっぴイイコトさせてやるって言っても!?」
「昼間っからなんてこと言うてはるんですか! えっち!」
「イイコトの内容まだ言ってないのに……おまえスケベじゃなー」
「はおわ!?」
「よし決めた! おまえに『水遊び』から戻って濡れて冷えたワシの身体を暖める権利をやろう」
「ヷーーーッ!」
ayazeniはいっぱいいっぱいになるとついテンパってしまうし、押しに弱いきらいがあった……ユリィは「おもしれーもん見つけた」という目でayazeniを見ている。
……そんな様子を、女子二人は苦笑して見守っていた。
「あちゃあ~すっかり手玉に取られてますねー」
「ていうか、からかわれてるっていうか……」
しばちーは肩を竦め、とうふはやれやれと息を吐いた。ユリィが何とはなしに行った魅了を、ayazeniはうまく受け流せなかったというワケだ。
とまあ、ayazeniがユリィにしばらく遊ばれているおかげで、この状況をどうするか考える時間ができた。ayazeniには悪いが。
「しばちーさん、どうするみゃ?」
「んー、ここはいっそユリィ様にアートマンの腕を取ってきてもらいましょーか」
「えっ! でもそうしたら、ユリィ様に持ってかれちゃうみゃ……?」
「そうならないように、うまいこと協力体制で話を持っていきたいですねー」
「なるほど、それなら勝ち筋がありそうみゃ! よ~し……ちょっとあちしに任せるみゃ」
とうふはユリィの方を見る。彼女はayazeniを卍固めしてじゃれついていた。
「どぇああああああああギブギブギブギブギブ」
「あっはっはっはっはっは」
いや何やってるんですか……というツッコミが喉から前歯の裏までせり上がったが、とうふはそれをグッと飲み込んで。ayazeniを助ける為にも、花屋の娘として培った接客パワーを今こそ見せる。花のような微笑みで、ユリィへこう話しかけた。
「ユリィ様、こんにちは! ユリィ様には好きなお花はありますかみゃ?」
「おう、かわいいねこちゃんだの。……花か。ん~~~……まあワシ綺麗なものは何でも好きじゃ。あ! 蜜を吸えるやつなんか好きじゃのう。あとは美味い実をつけるやつとか」
「おいしい実をつける花……でしたら、やはりシュメルではナツメヤシですみゃ! 穂束のようにふわっふわで……近くで見ると、小さくてかわいいお花がい~っぱい咲いてるんですみゃ!」
「うむうむ! ワシのしっぽみたいで綺麗なのじゃ。それに何より、ナツメヤシの実――デーツはうまいから好きじゃ」
ayazeniをパッと解放し、ユリィはニコリと笑む。とうふのトーク力は会心の出来栄え、神の心をガッチリ掴んでいる。この調子だ、ととうふは続けた。
「ですがユリィ様……ご存知ですかみゃ? シュメルから花が失われたことを……謎の不作で、ナツメヤシが花も実もつけてないんですみゃ……」
「む? なんか大変なことになっているとは聞いていたが……そんなことになっていたとは。あ、確かにそう言われてみれば、ここの辺りで花を見かけんのう」
「このままですとシュメルは……二度とユリィ様はナツメヤシの実も、おいしいシュメルのごはんも食べられなくなってしまいますみゃ……」
「むむ……それは困る……シュメルのデーツは世界の宝じゃ」
「それであちし達、イナンナ女神様から『アートマンの腕』――あの湖底の宝石を取って来て欲しいと頼まれたんですみゃ。あれがあれば、イナンナ様がこの不作の大地をどうにかしてくださるかもしれないんですみゃ」
「ふーむ……」
ユリィがあごをさすり、考え込む仕草を見せる。もう一押しだ、としばちーも加勢する。
「なので、ここは協力体制といきませんかー? 私達の力では、あの湖底の宝石を取って来るのがちょっと難しくて……ユリィ様にご協力いただけたら本当に助かるのですー。あ! もちろんユリィ様に畏れ多くもタダ働きなどさせませんよ!」
手伝って頂けたら、しばちーがミステリーハンターとして集めたシュメルのお宝についての情報を望むだけお伝えする、と彼女は言う。
「『ヌマンガの秘宝』とか、『ティアマトの涙』とか……それだけじゃなくて、まだ見ぬお宝の新しいネタを仕入れたらユリィ様に真っ先にお伝えしますよー!」
どうかどうかよしなに、としばちーは両手を合わせて頼み込む。
「なるほどのう、おまえたちの気持ちと――シュメルの現状はよく分かった」
ユリィは人間達に向き直ると、一つ頷きを返し、ニッと笑った。
「流れの神であるワシがやりすぎたら、シュメルの神――イナンナ達にも面子があるからの、アレもコレもおんぶにだっこは無理じゃが……ま、宝石ひとつ拾うてやるぐらいは手を貸そうて」
「やった……! ありがとうございますー!」
「ので、焚火を焚いておけ。ワシいっちょ潜って来るから」
「はい! もちろんですー!」
「うむ」
では、と――ユリィは何のためらいもなく服をポイッと脱ぎ捨てた。卍固めから解放されやっと生き返ったばかりのayazeniは「きゃあーっ」と乙女の声で顔を手で隠す。生き返ったのにまた死んだ。
ユリィはしなやかな体躯を躍らせ、澄み渡った湖へ飛び込んだ――人間を超えた速度で湖底へ向かっていく。
「さて! 焚火の用意ですよー!」
「ayazeniさん、焚火を作るみゃ! 生き返って!」
「ふぁい……」
残された3人は、大急ぎで辺りから枯れ枝や乾いた落ち葉を集め、火を点ける。
ユリィが戻ってきたのはすぐだった。
「よーし取って来たぞー」
はい、と地面に置くのは美しい翠を称えた円柱状の宝石。間違いなくアートマンの腕だ。ユリィはそのままぶるるっと体を振るって水気を飛ばし、脱いだ服を着て、「ご苦労」と焚火の傍に座り込んだ。
「ユリィ様、お疲れ様です。アートマンの腕を取ってきていただいてありがとうございます!」
ayazeniはユリィへ深々と頭を下げた。「朝飯前じゃ」とユリィはVサインをする。男はモヒカンの頭を上げた。
「これできっと、シュメルは元の美しさに戻ります。肥沃な大地に花が咲いて、ようさん実りをつけて……そしたらユリィ様にとっても、楽しいことがたっくさんありますよ!」
お願いをした後のアフターフォローも忘れない。ユリィが気まぐれを起こして「やっぱワシこれ欲しい」にならないようにする為だ。「わいの手拭いで恐縮ですが」とayazeniは手ぬぐいで神の御髪も拭き奉る。それから「失礼して」と濡れて細くなった狐尻尾も。
「ユリィ様、痒いところはございまへんか~?」
「いい塩梅じゃー」
「恐縮です~」
そこへ、しばちーも改めてユリィにお礼を申し上げると、約束通りシュメルで集めた秘宝のネタを語り始めた。ミステリーハンターとして好きな話題はついつい、ちょっと、早口気味になってしまう。キラキラ目を輝かせながらネタを話すしばちーの様子に、ユリィもどこか微笑ましげだ。
そんなこんな、ayazeniによって髪と尻尾が粗方乾いたユリィは、満足げに草っ原へ寝そべった。
「ワシ昼寝する! おまえらは帰っていいぞ。ご苦労じゃった」
しからば、ユリィの昼寝の邪魔をする訳にもいくまい。3人は顔を見合わせ頷き、改めてユリィへお礼を述べるのであった。
3人で協力して、アートマンの腕を持ち上げる。
任務達成だ。胸には希望。足取りは軽い。安堵と共に前を向く。
これできっとシュメルは救われる。美しい光景が戻ってくる。
……彼らはその時、心からそう信じていた――。
[[第一章エンディング シュメル]]<image src=https://kamuinotami.works/creators/rpg/img/syumeru.png width="80%" height="80%">
[[シュメルの異変]]
[[シュメルパーティー]]
<image src=https://kamuinotami.works/creators/rpg/img/zanpu.png width="80%" height="80%">
[[ザンプディポの異変]]
[[ザンプディポパーティー]]
カンカン照りの太陽が見下ろしている。
その川はザンプディポを東西に分かつ境界線の一つである。だが水は完全に干上がっており……対岸同士で腕組みして向かい合っているのは、西のハヌマーン、東のガネーシャだ。
「おいネシア!」「ハマー貴様ァ!」
怒鳴り声が完全に被った。
「そっちが水を独占しているせいで、こっちは水が足りんではないか!」
「そっちが水を独占してるせいで、こっちは水が足りへんやないかい!」
譲り合いの精神はない。が、互いの言葉に二神は眉をピクリと動かした。
「おい? どーゆーこっちゃいな、こっちはずっと雨が降ってまへんのやが?」
ハヌマーンが顎を擦る。
「それはこっちの台詞だ。乾季がいつまで経っても終わらん、そっちが雨雲を独占しているのだろう」
ガネーシャが像鼻を突きつけた。ハヌマーンが牙を剥く。
「アホぬかせ! こっちの台詞じゃい! 西はずッッと雨ェ降ってへんくてな、川も湖も干上がってしもたんや!」
「東も同じだ! 母上……パールヴァティ様が水浴びもできんとキレ散らかしておる!」
ここで静寂。ややあって、二神は首を傾げる。
「……ネシア、東も乾季が終わってまへんの?」
「そうだハマー。そっちも水不足なのか?」
「……」
「……」
彼らは雲一つない乾ききった空を見上げた。
「じゃあ原因は」「何なんや!?」
[[雨を求めて]] ガネーシャとハヌマーンの命を受け(おそらく史上初の事態)、君達は太陽がギラつく荒野を進んでいた。
ザンプディポは乾季がいつまでも終わらず、大地が乾ききり、未曽有の水不足に陥っていた。それを解決すべく、君達は『雨の神』と呼ばれるパルジャニヤに嘆願するよう神から仰せ受けたのだ。
神殿はこの荒野の向こうだ。この辺りは潤った草原だったらしいが、今は見る影もない……喉が乾いて苦しい……飲み水はほんのわずかだ……君達は乾きに耐えながら、見えてきた神殿へと踏み込んでいく。
これで事態は好転するだろう――そんな安心は束の間だった。神殿のそこかしこで、神官達がぐったりと座り込んでいる。「喉が乾いて力が出ないのだ」と彼らは呟き、雨神パルジャニヤがおわす場所を教えてくれた。
神官まで乾いているとは。君達は不安を膨らませながら、パルジャニヤの御前へと辿り着く……。
「ああ……やはり駄目だ……」
そこにいたのは、牡牛の角が特徴的な宝冠を頂いた者。宝具を並べ、天を仰ぎ、溜息を吐く。
やがて彼は君達に気付いて振り返った。シャーマンを感じさせるいでたちは神秘的だ――彼こそが雨の神、パルジャニヤである。
「君達は? ……ガネーシャとハヌマーンの使い? ああ――」
パルジャニヤは眉尻を下げた。
「雨の神というのに面目ない。ずっと雨乞いをしているのだが、雨雲一つできんのだ。こんなこと今までなかったというのに……」
己の力不足のせいでザンプディポ中の民が乾いている事実に、パルジャニヤは心を痛めていた。だのに権能が発揮されず、心痛は募るばかり……。
何かできることはないか、君達はたずねた。雨神はしばし考えると、意を決したようにこう切り出す。
「少し離れた沼地に大蛇がいる。かの大蛇は『アートマンの心臓』なる上位神の遺産を持っているという……それがあれば、あるいは我が権能が少しでも戻るやもしれん」
だが大蛇は獰猛で、言葉は通じないだろう。戦いを以て奪うしか方法はなさそうだ。
それでも、皆を救う為ならば。君達が頷けば――パルジャニヤは「ありがとう、すまない」と頭を下げた。
かくして――
神殿にある武装、そしてわずかだが飲み水を分けてもらい、君達は出発する。
目的地の沼地は完全に干上がっていた。黒い大蛇がとぐろを巻いている。
水不足で苛立っている大蛇は、目の前に現れた君達の血でのどを潤そうと考えたようだ――牙を見せ、鎌首をもたげる!
[[雨の神を探して リプレイ]]「二人……二人か……二人で大丈夫なんでっしゃろか」
「この日照だ、動ける人間がいるだけでも御の字だろう」
ハヌマーンとガネーシャは、水鏡に映る二人の人間を覗き込んでいた。
ザンプディポを襲った未曽有の日照り。こんな事態でもなければ、この二神が並んで水鏡を覗き込むなんて状況は永劫に訪れなかったことだろう。
「せやかて二人……しかも木こりに料理人でっしゃろ? ほんま、ちゃんとできまんのやろか」
「ええいブツブツと……」
「あかんかったらおたくの責任でっせ」
「なんでそうなる!」
「なんでもクソも――あぁやめやめ、ただでさえ暑いわ渇くわで力出ぇへんねん、体力の無駄でおま」
「ならつっかかってくんなバカ」
「やかましわダボクソハゲボケ」
「あァん!?」
「なんや!?」
「「やんのかコラ!?」」
とまあ、そんな神コントの一方で。
神の使命を託されし二人が行くは、日照りが続くザンプディポの、乾ききった荒野。
雨の神パルジャニヤより『アートマンの心臓』を持って来るよう頼まれた彼らは、キリコとyo-zeniという。
「それにしても……」
件の秘宝を持つという大蛇の元へ向かう道中、キリコは褐色の頬を伝う汗を手の甲で拭いつつ、今回の使命の相棒であるyo-zeniへ目線を向けた。
「まさかハヌマーン様とガネーシャ様が手を組むたぁな~」
「ほんまにね~、まあそれだけ事態が深刻なんやろうけど……」
はんなりとした訛りで返すyo-zeniは遥々ヤンシャオから来た料理人だ。柔らかな口調とは裏腹な勇ましい髭面を、ヤンシャオ特産の雅な扇子でパタパタ扇ぎつつ苦笑した。
「協力は一時的やろうけど、この事件が解決してからも仲良しさんして欲しわ~」
「ちげえねえや」
笑って、喉が渇いて、溜息。
「はあ……この日照りのせいで木が枯れて商売あがったりでい、とっととおてんとさんを元に戻しちまわねえと食いっぱぐれちまう」
キリコは木こりになろうと願い、なれなかった祖母を持つ。彼女によって「キリコ」と名付けられた彼は、生まれながらにして木こりとなることが決まっていた根っからの木こりであった。
「こっちも、水不足でスープ一つマトモに作れへんくて……雨が戻ったら、パーッとお祝いになんか作りたいわ~」
その折にはキリコを招待する、とyo-zeniは目元を笑ませた。こうして大蛇退治でツーマンセルを組んだのも何かの縁だろう。一蓮托生、二人の間には信頼があった。ドライな言い方をすれば、こんな状況ゆえ、信頼し合うしかないともいう。
「そういえば」
ほどなく目的地といったところで、キリコが呟く。
「おたく、ヤンシャオ生まれって言ってたっけか。今あっちもなんだか大変らしいねい」
「なんや動物がいはらへんくなったんやろ? ここんとこあっちもこっちも暗い話ばっかやね……」
「全く、困ったもんさ。……さて、と」
キリコは背負っていた荷物を下ろすと、中から立派な蛇の皮を取り出した。彼の父はウワバミ、これはその抜け殻で作られた被り物である。男はそれを羽織った。
「いや~立派なもんやね~、キリコはん男前やわ~」
「とっときの一張羅でい。……これでうまく『釣れる』といいんだが」
顔を前へ向け、歩みを進める。二人の顔に、徐々に緊張の色合いが強まってきた。
かくして。
完全に干上がった沼地の真ん中、黒い大蛇がとぐろを巻いている。
その怪物は空気の震えで侵入者に気付いたようだ。鎌首をもたげ、睥睨――真っ先に目についたのは、蛇皮を被ったキリコである。
キリコの目論見としては、「仲間に変装して気を逸らす」なのだったが――渇きによって気が立っている大蛇はことさら凶暴であり、キリコを見るなり縄張りを侵す不届き者と認識した。元来が獰猛だとパルジャニヤより伝えられていた大蛇は、仮に喉が潤っている時にでも、同種族を見て憤怒に牙を剥いたことだろう。
大蛇は敵意を剥き出しに、先手必勝と言わんばかりにキリコへ毒液を噴射した!
「待て、こちとらおまえさんの仲間―― うわッ!」
キリコは辛うじて直撃は免れたものの、身代わりのように浴びてしまった父の皮は、その毒液でブスブスと音を立てて焼けていった……。
「っあ~……オヤジ、悪いな」
蛇皮を脱ぎ捨てる。その手に大剣を構えた。
「ちょっ……油断どころかブチギレてはらへん?」
yo-zeniは冷や汗を流しながら口角をつる。構えるのは盾と剣だ。本来の手筈なら、大蛇が油断したところをyo-zeniが不意打つつもりで攻撃する心算だったが……。
「どうする? 命乞いでもしてみるかい?」
じり、じり、距離を測りつつキリコは含み笑った。yo-zeniは大仰に肩を竦める。
「まさかまさか」
「じゃ――やるだけやってみますかい!」
「名案!」
二人は同時に、撹乱するように左右へ散開し飛び出した。
どちらを狙うか――両方だ。そう判断した大蛇は、その丸太のような尾を大地を抉りながら一振るい。咄嗟に防御せんと構える二人だが、間に合わない。
「ぐっ!」
「うあっ!」
巻き上げられた土煙や礫もろとも、二人の体が宙を舞う。だが気を飛ばさずに着地できたのは、防具に施されたパルジャニヤの加護の賜物。「どうか無事で帰ってきてほしい」という神の祈りが、優しい慈雨のように二人の傷を癒していく。
「へえ! こいつぁ便利だ!」
「あたしヨミ様一途やのに、こんなん浮気してまうわ~」
立ち上がる。今一度、疾駆。
尻尾の薙ぎ払いは大振りな動作だ。すぐにもう一発とはできない。その間隙を狙い、yo-zeniは片手剣を閃かせる。
「どらァッ!」
はんなり言葉から一変、野太く勇ましい男の一喝。腹の鱗の隙間へ、刃を深々と突き立てる。yo-zeniは料理人だ。ヤンシャオは「豚で食べられない場所は鳴き声だけ」なんて話があるぐらい食に対して貪欲なお国柄、ゆえにヘビを捌いた経験もバッチリある。どこに『包丁』を入れればいいかは知っている。
刺し込まれた刃の痛みに怯み、大蛇の首が下がった。
今だ――キリコは目いっぱい足に力を込め、跳び上がる。
「そこだァッ!」
乾坤一擲、大剣の一閃。それは大蛇の片目を切り裂き、怪物に悲鳴を上げさせた。
よくも、と言わんばかり、空中のキリコを大蛇が隻眼で睨む。その眼力に込められた怒れる呪詛は――男の身体を本能的に震え上がらせた。
「うがっ!」
蛇に睨まれた蛙とは正に。筋肉が震えて、着地に失敗する。派手に前から倒れ込んだキリコへ、大蛇が丸飲みせんと大口を開けた――「ちくしょうめ、」とどうにか顔を上げたキリコは、目前に迫る巨大なあぎとにぞっとする、しかし体が上手く動かない。このままでは。
「っ―― ちょっと許しておくんなまし~!」
大蛇の失われた目の方、死角から飛び込み割り入ったのはyo-zeni。謝る言葉と共に緊急措置的にキリコを蹴り飛ばして安全圏へ転がすと――自ら、大蛇の口の中へと跳び込んだ。
「yo-zeni!」
驚くキリコは筋肉が痙攣する手足でなんとか立ち上がり、刃を構える。yo-zeniはてっきり自分の身代わりに――と思ったのだが、どうも大蛇の様子がおかしい。もがき苦しみ、身をよじっている。
その体内、大蛇に飲まれ空気のない内臓に絞め付けられ酸欠になりながら、yo-zeniは剣で大蛇を内側から斬りつけていた。手が上手く動かせないが、それでも内側からチクチクザクザクされるのは、どんな生き物だって地獄だろう。
「ガアアアアアッ」
大蛇は手当たり次第に暴れ回るが、隻眼な上に苦しみでもがいていては、その狙いは滅茶苦茶だ。振るわれる尾をしゃがんで回避したキリコは再び、大蛇の目――無事な方を狙う。部位を正確に狙うには相応の難易度があるが、仲間を救う一心のキリコの剣は精確だった。再び、大蛇の悲鳴。
(あとは……鼻でもくすぐってくしゃみでも……いや、ちょいと落ち着いてくすぐれそうにないな……)
何せ大蛇は暴れ狂っている。くしゃみさせる為には、気絶させるか眠らせるかが必要そうだ。
ならばやむを得ない。yo-zeniによる捨て身の攻撃で、大蛇はかなり弱っている。だがその体内のyo-zeniもまた、窒息によって気絶寸前の危険な状況だった。
状況はキリコに託された。男一匹、ここで下手を打てば末代まで笑われ者。
しからば、とキリコは大剣を振り上げる。いつも大木を切り倒すように、力いっぱい、横薙ぎの一閃――
それは大蛇の首を『伐採』せしめ、首と血潮をザンプディポの乾いた青空に躍らせる。
「――ぶっはああ! 死ぬかと! 死ぬかと思った!」
キリコが刎ね飛ばした首の断面より、彼に足首を掴んでニュルポンと引っ張り出してもらったyo-zeniは、消化液でちょっとヌルヌルしており、ものすごく……臭かった。
「アッ……くっさ! くっっっっっ……さ! お風呂入りたいッ……あああ水不足! なんでやねえん!」
「はあ~……なんとかなってよかった」
ようやっと体の痺れも取れ、仲間も無事で、キリコはその場にドッカと足を投げ出し座り込む。yo-zeniもまた、横座りにやれやれと息を吐いた。
「……あ、そうそう『アートマンの心臓』!」
yo-zeniが手を打つ。ホッとしている場合ではない。二人の本来の目的は、アートマンの心臓なる秘宝を持ち帰ることなのだ。
「大蛇が持ってるってぇ聞いたが……」
キリコは辺りを見回した。宝らしいものは落ちていない。
「飲みこんではるんやろか?」
「さばくのはおたくのが上手そうだな、いっちょ頼めるかい?」
「任せてぇな~」
キリコは片手剣で、大蛇の腹をざくざくと手際よく切り開いていった。すると……
「……これとちゃうかな?」
その体内より取り出されしは、まるで鮮血に脈打つ心臓のような、一抱えほどある宝石であった。今にも動き出し、血を吹きそうな……そんな生命力と神秘を感じさせる代物である。
「えらくけったいな石だな……。ま! これで任務完了ってねい!」
休憩もそこそこ、キリコは立ち上がって剣を振り、血糊を飛ばしてから納刀した。yo-zeniも剣を納め、大蛇の血と脂に塗れている宝玉を抱えあげる。
「ていうかコレ結構……重たいなぁ……。どっちが持とか?」
ぽそ、とyo-zeniが呟く。
「……」
少し、キリコが沈黙する。
「……ジャンケンで決めっかい?」
「あたし……、あたし絶対負けへんよって」
「おう上等でい」
向き直る。真剣勝負。
「じゃん、けん――」
「ぽん!」
キリコ、チョキ。
yo-zeni、グー。
「ほな……キリコはん、えろうすまへんなあ、おおきになあ、あんじょうたのんますえ……」
ニコ……。yo-zeniはアートマンの心臓をキリコにそっと託した。
「男に二言はねえ……」
しょうがない。言い出しっぺの法則。キリコはアートマンの心臓を小脇に抱え、yo-zeniと共に枯れた沼地を後にした。
――まあ結局、アートマンの心臓は二人で交代しながら持って運んだんだけどね。
[[第一章エンディング ザンプディポ]]<image src=https://kamuinotami.works/creators/rpg/img/yansyao.png width="80%" height="80%">
[[ヤンシャオの異変]]
[[ヤンシャオパーティー]] ローラシア大陸東方を領する巨大帝国、ヤンシャオ。
発明と工夫の国と呼ばれるそこは、本日も泰平そのもの、多くの民らの活気で満ちている――。
だが一方で、ヤンシャオの王都、煌びやかな宮殿の奥、皇帝エイセイは険しい表情を浮かべていた。
ヤンシャオの情勢を知るのは皇帝の務め。ゆえ、役人に提出させた各地の漁獲量や狩猟成果の一覧を確認していたのだが……。
「妙だ……ヤンシャオから魚や動物が消えている」
漁師達は不漁を訴え、猟師達もウサギ一匹いないと嘆いている。おかげで魚や肉類の物価が上がり、料理処や各家庭に打撃が入っている。皇帝への献上品も減っていた。
ふと、エイセイはここ数日、鳥の囀りを聞いていないことを思い出す。胸騒ぎがした彼は急ぎ立ち上がり、窓辺へと駆け寄り、開け放つ――賑やかな城下町を見下ろした。
これまでであれば、鳥を見かけた。野犬や野良猫を見かけた。だが――いない。動物が都にいないのだ。
「これは一体……ヤンシャオに何が起きているというのだ……!」
[[御勅命、拝命す]]「――かくしてエイセイ陛下はその優れた情報網を用いられ、砂漠の神殿に眠る『アートマンの手』なる秘宝が、動物を引き寄せる権能を持つかもしれないと突き止められたのでございます」
君達の前に立つ気真面目そうな役人が、巻物を広げてそう告げる。
「諸君にはこの『アートマンの手』を回収して頂く。これは皇帝陛下直々の御勅命である。陛下の御心痛を和らげ奉る為にも、必ず成功させるように」
以上、と役人は巻物をジャッと束ねて切り上げた。
現在、皇帝は多忙も多忙であるという。ヤンシャオ全土で「どうにかしてくれ」の声が上がっているのだ。上に立つ者としてその対応の規模と数を考えると……凡そ庶民には想像もつかない。
陛下は民の為に尽力して下さっている。そんな皇帝に報いるのは、民の務めであろう。
――都から発った君達は、道中でラクダを借り(皇帝勅命を証明する書類を君達は有している。ヤンシャオ最強の万能パスだ)、砂漠へと踏み出した。
昼は酷暑、夜は寒冷、過酷な砂漠を地図を頼りに歩き続けて……そして、君達は半ば風化した神殿を発見する。神官の類も、神もいない、小さなそれは廃墟とも遺跡とも呼べようか。
その中央に、『それ』はあった。美しい橙色の、五指にも見える突起を有した、一抱えほどの宝石だ。
ただならぬ神気を感じる。これこそ『アートマンの手』に違いない!
――ラクダの背中に秘宝を積み、君達の帰路が始まる。
もう夕暮れだった。近くにオアシスがある、今夜はそこで休もう。
夕日に砂漠の砂が茜色に煌めいて、綺麗だ……。まるで君達を労っているかのよう。
そんな君達の後ろから迫って来る、激しいラクダの蹄の音。
何事かと振り返れば、4人の者らが武器を構えてこう叫んだ。
「積み荷ィ全部置いていけ! 命が惜しけりゃなァ!」
野盗だ。
砂漠を通過する商隊などを狙う連中か。夕方の、これから休むという一番疲れている時に仕掛けてくるとは小賢しい。
君達に緊張が走る。
戦って切り抜ける? 護身用の武器は備えているが、連中はどうも手練れだ。
交渉する? 簡単に話が通じるとは思えない……食料や金を渡せばあるいは?
ラクダを走らせて逃げるか? 隠れる場所もない砂漠で、どこまで逃げ切れるだろうか。
どうする――決断の時は、今。
[[砂漠の神殿 リプレイ]] ヤンシャオ皇帝、エイセイより命を受けた3人の勇士――玉子、シャオミン、シロセカは、夕暮れの砂漠をラクダに乗って進んでいた。
「『アートマンの手』、無事に見つかって本当によかったですね」
シャオミンは安堵の笑みを浮かべ、共に行く二人へとそう言った。
「然り。あとは皇帝陛下に献上するだけでおじゃるの」
ほほ、と公家のような上品な物言いで玉子が微笑む。なお、3人の中で一番騎乗術が巧いシロセカのラクダに秘宝アートマンの手は乗せられていた。
仲間の言葉に、シロセカも同意のように口角をもたげ――砂丘の狭間、きらりと光る水面を見つける。
「お、ええとこにオアシスが……もう日ぃも暮れるし、今日はあそこで野営しよか~」
「ですね。カンカン照りの砂漠をずっと歩いてたから、もうヘトヘトです……」
「小腹も空いてきたところじゃて……異論なしでおじゃる」
では、と3人はラクダの鼻先をオアシスへと向けた。
「ところで……」
オアシスへの道中、シロセカがあごをさする。
「今日一日歩いて……砂漠がやけに静かやと思わへんかったか?」
「あ、それはわたしも思いました」
勘が鋭く調査術に長けるシャオミンが不安げに頷く。
「動物がいないんですよね……虫一匹見かけなくて」
「ヤンシャオ中で鳥獣が消えているとな。この近辺も然りということでおじゃろうか」
玉子も横目に仲間を見つつそう言った。
ヤンシャオの都からこの砂漠へ、彼らは旅をした訳だが、その道中、人間が手入れをしているこのラクダのようなもの以外――すなわち野生の動物をてんで見かけなかったのだ。
「ヤンシャオから魚や動物が消えている」。皇帝の言葉は真であった。
「お陰様で、道中で魚を釣って腹の足しにすることもできなんだの」
「植物の方が無事でギリギリ助かったなぁ……せやかてシュメルの方ではまさにその不作が起きてんのやろ?」
道中のことを思い出し、玉子とシロセカがそう言う。シャオミンも物憂げに溜息を吐いた。
「ワコクでもザンプディポでも何か異常なことが起きているとか……不安ですねぇ」
「その為にまろ達がこうして秘宝を運んでいるのでおじゃる。きっと、万事解決へと傾くぞよ」
仲間達を鼓舞するように玉子が言う。それもそうだ。シャオミンとシロセカは、希望を以て頷いた。
――その時である。
後ろから迫って来る、激しいラクダの蹄の音。
何事かと振り返れば、4人の者らが武器を構えてこう叫んだ。
「積み荷ィ全部置いていけ! 命が惜しけりゃなァ!」
野盗だ。
砂漠を通過する商隊などを狙う連中か。夕方の、これから休むという一番疲れている時に仕掛けてくるとは小賢しい。
「ちぃっ! 面倒な時に面倒なのが出おったで!」
どうする、とシロセカは仲間達を見やった。ならばとシャオミンが小袋を取り出し、その中身を一気に砂上へぶちまける。
「あら、やだわ」
いかにも野盗に驚いてウッカリ落とした風を装って。
一体何を落としたんだ。一瞥する野盗共だったが、そこにあるのは綺麗な石コロとか、キラキラした魚のウロコとか、まんまるの木の実とか……ガラクタのようなお宝のような品々だった。
「これで気を引いて、その隙に――」
と、シャオミンは目論んだものの。
「オラーッ! 止まれゴルァーッ!」
野盗共は全く止まらなかった。
本物の宝物なら彼らの気も引けたかもしれないが――彼らの目は、シロセカのラクダに乗せられた『巨大な宝石』へと向けられてた。残念ながら、シャオミンがぶちまけた細々とした『デコイ』を立ち止まってわざわざ拾っているよりも、3人をぶっとばしてアートマンの手や食料をぶんどった方が儲かると彼らは考えていたのである。
あるいは、野盗共が知性のない魔獣などなら、デコイも内容によっては役立ったかもしれない……。相手は野蛮ではあるが、知性のある人間だった。
「ふっ!」
野盗の一人、矮躯の男が吹き矢を吹いた。それはシャオミンの二の腕にプッと突き刺さる。
「いっ、……!」
チクッとした痛み。シャオミンは美しいかんばせを痛みに歪ませ――患部から痺れが広がり始めていることに気付いた。
(毒矢――!)
医術に長けた彼女は即座に理解すると、急いで矢を引き抜いた。早く解毒したいところだが、この状況では調合も治療も落ち着いて行えまい。ラクダの上は激しく揺れている。
「気を付けてください! 毒矢を吹いてきます!」
「小癪な真似を……!」
腕っぷしには自信がある玉子は、ラクダを反転させる。向かってくる野盗の――アレがリーダーか、と最奥にいる男を見澄ました。だがリーダーは部下達3人に護られて、容易くは近付けなさそうだ。
「死にたくなけりゃ降参しなぁ!」
そこへ襲いかかって来る、厳めしい女野盗。振り下ろされる青龍刀を――玉子は「むんッ」と真剣白刃取りで回避する。だがその横合い、ラクダを走らせる巨漢が迫り……重い拳を腹に喰らう。
「ぐッ……!」
馬上から転がり落とされるものの、玉子はすぐさま立ち上がって拳を構えた。
「アニキ! 一人逃げますぜ!」
矮躯の男がリーダーへ言った。言葉通り、シロセカは一目散にオアシスを目指していた。腕っぷしの自信が全くないシロセカは、藁にも縋る思いで一つの作戦を行おうとしていた。
「まずはこの2人だ。おい! その男は捻り潰しておけ」
「はい、カシラ!」
リーダーの指示で、巨漢が玉子の前に立ちはだかる。シャオミンへは――残りの盗賊が3人がかりで、数に物を言わせて乙女をラクダから引きずり下ろす。
「あううっ!」
ずしゃ、と華奢な体が放り出される。その背中を、女盗賊が踏みつけた。スラリ――青龍刀が、シャオミンの白い喉で宛がわれる。
「動くんじゃないよ、キズモノにされたくなきゃあね」
「っ……!」
キッと相手を睨むシャオミンは――片手で印を作り、祈る。彼女の信仰はヤンシャオの天候神ナージャ。それは七頭の大蛇の神。彼女に祈りを捧げることで奇跡という術式をこいねがう。願わくば、その現身たらん炎の蛇よ来たれ、と。
しかし、祈りは天に届かなかった。神が見捨てたのではない、神とのつながりがとても希薄になっているような、例えるなら神と己を繋ぐ糸が弱ってボロボロになっているような、そんな気配を感じたのだ。
(なぜ――)
ナージャ神に何かあったのだろうか。そう思った直後、シャオミンの行動に気付いた女盗賊が、舌打ちと共にシャオミンの腹を思い切り蹴り飛ばし、何度も踏みつけ、彼女を気絶させてしまった。
「シャオミン! おのれ――」
玉子は顔をしかめた。シャオミンが隙を作り、その間にリーダーを倒し、リーダーに変装してこの場を収めんと考えていた玉子だったが……この連中、かなり連携が取れている。ちょっとやそっとで要を無防備にさせやしないだろう。
「ふんッ!」
巨漢が振り下ろす拳へ、玉子もまた拳を以て迎え撃つ。拳同士が激しくぶつかった。怪力に自信のある玉子だが、相手もまた怪力自慢の男らしい。
上等だ。玉子と巨漢は取っ組合い、力と力を拮抗させる。踏み締められた砂が抉れる。
――タイマンだったなら、きっと名勝負が繰り広げられたのだろう。あるいは玉子が勝利していたかもしれない。
だが、しかし。
「うぐ!」
玉子の背中にズキッとした激痛。矮躯の男が投げた毒仕込みのナイフが、リーダーの放った鎖鎌が、その背中に刺さっていたのだ。途端に痺れが、そして着衣には血が、広がり始める。
「く、ッ……お、のれ……」
多勢に無勢か。力が緩んだ瞬間、巨漢が玉子を投げ飛ばす。地面へ叩きつけられて、玉子は意識を失った……。
――些か見通しが甘かったかもしれない。この野盗共の脅威を、軽視していたかもしれない。
一方のシロセカは。
「くそ――くそ、くそくそくそ! こんな時に限って――!」
オアシスにて、ラクダから降りて緑地を探っていた彼の表情は、焦燥一色に染まっていた。
彼はサソリを集めんとしていた。集めたそれを野盗へ投げ、混乱させる作戦を目論んでいた。(最初はサソリの好む樹液も集めて盗賊らへぶつけようと思ったが、サソリは基本的に肉食なのと、樹液まで集めている暇がないので諦めざるを得なかった)
本当にサソリがいれば、状況は打破できただろう。
だが、しかし。
――ここはヤンシャオ。
まさに「動物がいない」という未曽有の事態に襲われている場所で。
「どうして……畜生……神よ……!」
探せど探せど、虫一匹見つからない。膝を突いたまま乾いた砂を握り込み、シロセカは夕暮れの空を仰いだ。
その後ろに迫る盗賊団のラクダの足音。シロセカは傍らにいる己のラクダの背の秘宝を見やった。
――自分達の使命は、皇帝陛下へアートマンの手を持ち帰ること。このヤンシャオの危機を救う為の一助となること。
――仲間達はどうなった? 奴らがこっちに来ているということは、玉子とシャオミンは……。
――どうする? 仲間を見捨て、アートマンの手を持ち帰る? それともアートマンの手を引き換えに、仲間達を助けてもらう?
だが、その思考を強制的に中断させる事態が発生する。
「動くな! 動けばおまえの仲間の命はないぞ」
気を失った玉子、シャオミン。彼らの喉元に刃を突き付ける、野盗達。
――『詰み』だ。シロセカは項垂れ、静かに両手を上げた。
アートマンの手をやるから見逃してくれ、と逃げることもできた。
だが、隙を見てアートマンの手を取り返すことができるかもしれない、という希望が未だある。
なにより、負傷した仲間達を野盗共が一切手当しないので、シロセカは必死に頭を下げて彼らの治療の許可を得る。医術の心得があって本当によかった、とシロセカは今までの人生で一番強くそう思った。
3人が連行されたのは、砂漠に存在する岩場の洞窟。これが野盗共の根城らしい。武器などの道具は全て奪われ、鎖で繋がれ、座敷牢のような場所に閉じ込められる。
夜も深まってきた頃、玉子とシャオミンは無事に意識を取り戻した。命に別状はなく、シロセカはホッとする。だが玉子は背中の深い刺し傷、シャオミンは肋骨にダメージと、決して軽傷ではない状況だ。
「不覚を取るとは……情けないでおじゃる」
痛み止めもない状況だ。玉子は背中の痛みに脂汗を滲ませつつ苦く呟く。シロセカが首を横に振った。
「こっちこそ……すまん、もっとうまくできとれば」
「誰かが悪いなんてことはないです。……皆さんがご無事で、本当によかった……」
命あってこそだ、とシャオミンが説く。
「きっと助けが来てくれます。アートマンの手やラクダが戻ってこないことを、皆が怪しんでくれるはず……」
「……なんかあったらワイが頑張る。二人はできるだけ休んで、回復に専念してくれ」
強引に脱走しようにも、二人の傷の具合を思うと難しいか。シロセカの言葉に、玉子とシャオミンが頷いた。
――果たして『アートマンの手』は野盗共の手の中に。
奪還計画が行われるまで、3人はしばしの時間を待たねばならない……。
[[第一章エンディング ヤンシャオ]]<image src=https://kamuinotami.works/creators/rpg/img/wakoku.png width="80%" height="80%">
[[ワコクの異変]]
[[ワコクパーティー]] ――ズズン、と大地が揺れた。
「またか」、とワコクの者らは顔を上げる。
最初に大地が大きく揺れた日から数日。最初の時は皆、悲鳴を上げたものだが、今ではほとんど気にしていない。なにせ揺れは一瞬で、小規模で、せいぜい被害は「食器棚の皿が割れた」程度なのだから。
(恐慌状態の民が事故を起こすよりはマシだが……)
虚船からワコクの大地を見下ろして、ヨミは溜息を吐く。
ワコクで『地震』なんて現象が起きたのは初めてのことだった。
ナギより命を受け、ヨミは現在、ワコク各地を飛び回って原因を調査している。だが……
やれ、大ナマズが暴れているとか――
大鬼が四股を踏んでいるとか――
新しい神の誕生ではないかとか――
憶測に尾ひれ背びれがついて、まことしやかに語られて、真偽はどれも曖昧だ。
(このまま、大きな被害も出なければいいのだが……)
地上からは、ヨミを見かけた民が笑顔で手を振っているのが見える。美しいワコクの街並みが見える。
(護らねば……)
操縦桿を握る手にこもる力。ヨミはキッと彼方を見澄まし、船を飛ばした。
[[ヤマツミのもとへ]] 今日もまた、ワコクで地震が。
ヨミは沈痛な面持ちだ。彼女の前には、原因調査の協力に名乗り出た民ら――君達が並んでいる。
「おまえ達に集まってもらったのは他でもない、この地震の調査の為だ。……地震の噂は日に日に増えていてな、少々、私だけでは真偽を確かめきれなくなってきた」
ゆえ、君達の協力はとても助かる、とヨミは頷く。
「おまえ達には地図に記した山に向かってもらう。近場までは船で送ろう。そこの山の神から、何か知らないか聞き出してくれ」
かくして君達は虚船に乗り、ワコク内のとある村へ――。
そこはのどかな農村だった。田んぼが青々と広がり、あぜ道の向こう側には、鳥居が建てられた立派な山がある。
君達は鳥居の前で下ろされる。ヨミは「よろしく頼むぞ」と君達を激励し、再び船へ入ろうとして――よろめき、船に手を突き踏みとどまった。
「……案ずるな、連日働き詰めで少し疲れているだけだ。おまえ達は自分の使命を果たせ」
君達の中には、ヨミを引き留めたり背を擦ろうとした者もいたかもしれない。だがヨミは「大丈夫だ」とそれを断り、虚船に乗ってしまった。あっという間に、銀の円盤は空に消える……。
心配だが、だからこそ今は託された使命を果たさねば。山の神――ヤマツミと会わねばならない。
君達は山へ踏み込んだ。
幸いにして険しい山ではなく、人の手が入り整えられた山で、神への道へは鳥居が建てられており、登るのに苦労はしなかった。
そうして山頂。ひときわ立派な鳥居の向こうに、これまた立派な祠が見える。鬱蒼とした緑に囲まれ、神秘的な空気があった。しめ縄で封をされたそこは、普段であればヤマツミの為の禁足地である。地元住民やヨミ(ならびにナギ)の許可を得て、君達はその向こうへと進む。
「なに……だ~れ~……」
どこからともなく、気怠げな女の声が聞こえた。
いつのまにか君達の前に、獣の毛皮を纏った女が立っている。長躯だが猫背だ。どことなく陰気な雰囲気が漂う。長い黒髪はボサボサとして、顔の片方が隠れていた。その顔立ちはお世辞にも美女とは言い難い。
しかしながら明らかに人間とは異なる――神気とも呼ぶべき気配がある。彼女こそこの山の神、ヤマツミであった。
「だるくて寝てたんですけど……ていうかなんで勝手にうちに……うん? ヨミ様とナギ様が? 地震について? あ~~~……」
天を仰ぎ、ヤマツミは重く溜息を吐いた。
「だるい……今あんまりそーゆー気分じゃないぃ~~~……」
そうは言われても……。君達は顔を見合わせた。
さて、どうしようか?
[[ワコク鳴動す リプレイ]] 鬱蒼と茂る緑の禁足地。現れた気だるげで陰鬱な大女。
彼女こそヤマツミ。この山の女神にして、ここら一帯の主である。
一同は彼女に、件のワコクの地震について助けを求めたのだが――ヤマツミは重く溜息を吐いた。
「だるい……今あんまりそーゆー気分じゃないぃ~~~……」
「グッドルッキングガイのお願いだとしても、ですか……?」
ぽつり――俯いたイシュがそう言った。
「なんて……?」
ヤマツミがアクビ混じりに4人を見る。そして、目を見張った。
そこにいたのは美しく見目麗しく着飾ったイケメン三人衆、withねこちゃん。
順番に紹介していこう。
「わたし、イシュと申します」
顔を上げて王子様スマイル。姫君へ捧げるように恭しく一礼。イシュは女だが、サラシを巻いて化粧をして衣装を整えて男装していた。どこからどう見ても凛々しい美青年の若侍だ。結わえた黒髪がキラキラと美しい。着こんだ綿で体型も雄々しく、化粧によってその瞳も涼やかだ。
「アケジと申す。どうぞよしなに~」
彼は隠居の侍なれど、イシュのメイクアップとヘアセットとドレスアップによって、柔和で飄々とした、しかし実力が底知れぬミステリアス系イケメンとなっていた。柔らかい笑み。胸元を少し崩し、剣術で鍛えた男らしい筋肉を見せている。そしてイシュ仕込みの首が痛いイケメンポーズ。キラッ。
「あー……獅子丸だ。どーも」
なんでおれがこんな目に……といった空気が若干漏れているが、彼もしっかりイシュによって映え映えになっていた。イシュが正統派王子様、アケジが柔和飄々なら、獅子丸はワイルドツンツン系統だ。生来の荒々しさを活かす方向、素材が生きている。筋肉はチラ見せ程度。チラッ。
「タマ代です。よろしくお願い申し上げます」
最後。ねこちゃん。チョーかわいい。黒い。かわいい。ねこは一番かわいい。問答無用でかわいい。ちなみにタマ代はねこちゃんなので十二分にかわいいので特にドレスアップ等はしていない。かわいいからOKです。
「はぉわ おイケがおる」
途端にハワワるヤマツミ。キラッキラのナイスガイ達が居て挙動不審。しかも全員パーフェクトボディ。好みド真ん中である。
「えっ無理……ちょっと待って尊い……しんどい……えっ……待って……無理……」
語彙を失うヤマツミ。イシュは内心でグッと拳を握り込んだ。つかみは大成功だ。
――少し時間を遡る。
ヤマツミの御山へ入る前に、イシュと獅子丸は村で情報収集を行った。
そうして、生地屋のイシュは市場で、博徒の獅子丸は賭場で、それぞれヤマツミの好み、人となりを知る。
そこでイシュは、この地域名産の生地や織物、工芸品、装飾品を見繕うと、それをいっぱいに抱え――仲間達と合流。アケジと獅子丸へお願いをして、ドレスアップをさせてもらうことにした。
「……ワシ、イケメンになれるかのう~?」
「化粧だあ? ンな女子供がするモンなんて……」
男衆はそう言ったが、イシュが「お願いします! ワコクの為に!」と頭を下げれば、彼らは承諾してくれた。そうして爆誕するイケメン二人。イシュもまた、ヤマツミが『美女が嫌い』とのことなので男装を。
「アタシも男装した方がいい……?」
首を傾げるタマ代に、イシュは微笑みかけた。
「タマ代さんは今のままで最高なので大丈夫ですよ~!」
ふわふわもふもふに目がないイシュ、タマ代をもふもふなでなでふこふこふこ……。
かくして時を今に戻し。
ヤマツミはハワっている。ハワる度に彼女が纏う毛皮の尻尾がふわふわ揺れて……タマ代はうずうずしてしまう。瞳孔がまんまるになって、姿勢がちょっと低くなっている。飛びつきたい……じゃれつきたい……。
(だ、ダメよタマ代! 我慢我慢我慢!)
しっぽをボワボワにしたまま視線を何とか逸らした。そうしたら今度は、ちょっぴり荒れ気味な禁足地が目に入って――ああ、掃除したい――!
「タマ代さんちょっと待ってくれ~……!」
アケジは小声でタマ代を制すると、一歩前へと歩み出た。
「ヤマツミ様、突然上がり込んでしまいすみませんのう。こちら、よろしければお近づきのしるしに……お口に合えばよいのですが」
大切に持っていた重箱をヤマツミへと献上する。ヤマツミはハワ……しながらおずおずそれを受け取った。お重を開くと、そこにはオコゼの唐揚げとオコゼの天ぷらが。
「こ、これ……うちのメッチャ好きなヤツ……え、なんで……?」
「ヤマツミ様の『おいしい』って喜ぶ顔が見たくて」
「え~~~っちょマジ尊~~~~墓~~~~~」
顔を真っ赤にしながら、ヤマツミは早速アケジの料理を「いただきます」と食べ始めた。山の上で独りで暮らしているアケジは、日々の料理は全て自分でしている、ゆえに料理には自信がある。ワコクで繰り返されている胡乱な地震を止める為にも、どうにかヤマツミの心を掴みたい――そう願いを込めて作った品々だ。
「……うん、おいしい……! うそ……骨も全部ていねいにとってくれてる……優し……無理……」
ヤマツミは幸せそうに、アケジ特製のオコゼ料理に舌鼓。「よかった」、とアケジは優しく微笑んだ。
そして「ごちそうさまでした」と上機嫌のヤマツミへ、今度はタマ代が歩み出る。
「ヤマツミ様、肉球占いはご存知ですか?」
「にくきう……占い?」
「はい。まあ要は手相占いですね、アタシこれでも結構得意でして……よろしければいかがでしょう?」
「ん~……じゃあ見てみる?」
ぬ、とヤマツミが手を差し出した。大きく、爪の鋭い厳めしい手だ。
「ふんふん……」
タマ代はその手に臆することなく、「ちょっと失礼……」と触ったりして、手相を見る。
「お願い事を聞いてあげると吉……とあります!」
「ほほー」
「それから……」
チラとイシュに目配せ。頷くイシュ。
「恋愛運アップのラッキーアイテムは……赤いストール!」
「すとーる? そんなハイカラなもん、山にねえなぁ~……」
溜息を吐くヤマツミ。ここでイシュが勇み出る。
「ならば今! わたしがここで仕立てて御覧に入れましょう」
ばさり、広げるのは、赤く薄い透け感のある生地。市場で見繕ったとっておきだ。裁縫道具を取り出して、イシュは魔法のようにその布を仕立てていく――あっという間に、ヤマツミのサイズに合った薄手のストールの完成だ。
「え~ちょっとうちにはハデじゃないかな……」
「いえいえ、そんなことはございませんよ! ささ、どうぞどうぞ、巻いて差し上げましょう
はにかむヤマツミへ、イシュは丁寧にストールを巻いてあげた。「お似合いです」と微笑みかければ、もじもじ……ヤマツミは照れくさそうにしている、だが嬉しそうだ。
よし、会場もあったまってきたところで。獅子丸が歩み出る。
「ヤマツミ様、ちょいと遊びませんかい?」
ニヤリと笑い、見せるのはサイコロと丼だ。
「チンチロリンはご存知で?」
「あ~……サイコロ使う賭け事だっけ? 賭け事な~うちあんまそういうのは興味ないしよくわかんね~……」
「それじゃあ簡単に……サイコロの目の合計数が大きい方が勝ちってことにしやしょうか」
「なんか賭けるの~? いうてうち、人間用の銭なんか持っちゃいねえよー……」
「なら、勝った方が負けた方にお願いをひとつできるってのは?」
「うーん……内容次第ねー……無茶振りされんの嫌いだからそーゆーのはナシで。あとイカサマされんの嫌い。イカサマだって分かったらアンタ裸踊りね」
「まあまあ、そう警戒しなさんなって。物は試しにいっぺんやってみますか」
まずは獅子丸が、丼の中へサイコロを転がした――3、4、5。合計は12。
次にヤマツミがダイスロール――1、4、6。合計は11。
「あ~1負けた……」
「それじゃあ――」
獅子丸はヤマツミの目を見据える。
「最初に言ったこと。覚えてますかい? ワコクのこの地震について、どーにか手伝ってもらいてえんだが」
「あ~~~……」
ヤマツミは肩を竦めた。
「面倒臭い……けど……いろいろやってもらったし……しょうがないな~……」
溜息を吐いて、ヤマツミは一同へこう言った。
「この禁足地の……あそこ祠の裏に、『アートマンの瞳』っていう秘宝があってさ……むか~しむかしに、創造神ぐらいのえら~い上位神が遺した遺物っていうか……まあとにかくすっごいやつね……それがあれば、この地震をなんかこう……うまい感じに止められるんじゃない?」
その言葉に、一同は顔を見合わせた。
「では、その『アートマンの瞳』を掘り起こして持ち帰ってもよろしいので?」
アケジがたずねれば、ヤマツミは「いいよ~」とストールに頬ずりしながら答えた。
「ただしアンタらが掘ってね、うち掘るのめんどくさい……」
「それはもちろん、ヤマツミ様のお手を煩わせなどしませんぞ」
ありがとうございます、と今一度アケジは皆を代表してお礼を述べた。
しからば、穴掘りだ。「それとついでに禁足地の掃除も」とタマ代が切り出す。
3人と1匹は協力して、祠の裏の土を掘り起こし、タマ代はせっせと禁足地の草むしりや掃除に勤しんだ。
ヤマツミは汗水たらして穴を掘るグッドルッキングガイ達を、うっとりとした目で眺めていた……。
かくして、日も暮れる頃。
土まみれになって、ヘトヘトになって座り込んでいる一同の真ん中に、一抱えほどある木の箱が。例の場所から発掘された物である。そこには大きな丸い宝石が収められていた。深い青を湛えた、どこか瞳にも見える神秘的な宝石である。
「ごくろーさまー……沢の水汲んできたけど飲む~?」
竹筒に水を汲んできたヤマツミが顔を出す。「お、掘り起こせたんだー」と竹筒を配りつつ宝石を一瞥。
「それが『アートマンの瞳』。ずーっと前から……それこそうちがここで暮らす前から、あの石はあったんだー」
うちにできるのは保管ぐらいしかないし、とヤマツミは言う。彼女が汲んできてくれた水で喉を潤し、タマ代は彼女へ頭を下げた。
「ヤマツミ様、ありがとうございます。大事に持ち帰らせて頂きます」
「や、こちらこそ……掃除までしてくれて助かったっていうか……」
伸ばした手の指先で、タマ代のおでこを撫でる。
「まあ、そんなワケだから……もう日も暮れるし、そろそろ帰りな~……ヨミ様とナギ様によろしく……あと、なんていうか、それから……、いつでもうち遊びに来ていいから……」
恐ろしい逸話のある女神だが、基本的に人間は好きなようだ。小声気味にもごもごと言われた言葉に、一同は頷きを返した。
「もちろんです。その時はまた、おいしい手みやげを持って参上いたしますからのう」
「わたしも! また素敵なものを見繕ってきますね!」
アケジとイシュが笑顔で言う。
「次はちゃんとチンチロリンで勝負しますかい」
「お掃除したくなったらいつでも呼んでくださいね!」
獅子丸、タマ代もヤマツミへ友好的に言葉を返した。
こうして、無事にアートマンの瞳を手に入れた一同は山を下る。出口のところでちょうどヨミが待ってくれていた。
成果と報告は――虚船の中で行おうか。
[[第一章エンディング ワコク]]<image src=https://kamuinotami.works/creators/rpg/img/a-tomantop.png width="95%" height="95%">
第一章
[[湖底の秘宝]]
[[雨の神を探して]]
[[ワコク鳴動す]]
[[砂漠の神殿]]
第二章
[[第二章 冥界下りのその先に]]
[[第二章 晴天の霹靂]]
[[第二章 救いの手はここに]]
[[第二章 眼か心か]]
[[第三章 グランドオープニング]]
[[第四章 グランドオープニング]]
[[第五章 グランドオープニング]] タトゥーモヒカン AYAZENI、 しばちー、 とうふによって持ち帰られた 『アートマンの腕』を無事に神殿に納め、女神イナンナは安堵の息を吐いた。 「これでシュメルの大地もきっと活力を取り戻すはず......」
神殿の外から感じるのは、数多の民の願いと祈りだ。 偉大なる女神としてそれ に応えねばならぬ。 イナンナは呼吸を整え、アートマンの腕に触れた――。
『アートマンの心臓』 を持ち帰ったキリコとYO-ZENIを喝采と共に出迎えたの は、雨神パルジャニヤ神殿の神官達だった。
これできっと、ザンプディポに雨が戻る。 大蛇を倒し秘宝を持ち帰った勇士の 無事にホッとしつつ、 パルジャニヤは早速、 雨乞い儀式の準備を始めた。 サンプディボ中の人間が、神が、今か今かと日照りの空を仰いでいる。
[[第二章 冥界下りのその先に]]『アートマンの心臓』 を持ち帰ったキリコとYO-ZENIを喝采と共に出迎えたの は、雨神パルジャニヤ神殿の神官達だった。
これできっと、ザンプディポに雨が戻る。 大蛇を倒し秘宝を持ち帰った勇士の 無事にホッとしつつ、 パルジャニヤは早速、 雨乞い儀式の準備を始めた。 サンプディボ中の人間が、神が、今か今かと日照りの空を仰いでいる。
[[第二章 晴天の霹靂]]「・・・・・・なに? 派遣した者らが戻ってこない?」
皇帝エイセイは、役人からの報告に顔を上げた。
「はい・・・・・・乗っていたラクダが見つかったのと、砂漠に争った形跡が…... あの辺りには盗賊が出ますから、もしや奴らに」
「死体は?」
「ありませんでした」
「『アートマンの手』 も奪われた可能性が高いな・・・・・・ ただちに救助隊を 派遣せよ! 勇士らと秘宝を奪還するのだ!」
「御意!」
[[第二章 救いの手はここに]]「---そうか、ご苦労だった」 船の中で、 イシュ、アケジ、タマ代、獅子丸から報告を受けたヨミは、 小さく微笑み彼らを労った。
「その秘宝---『アートマンの瞳』 だったな。 ただならぬ神威を感じる 代物だな……早速ナギ様に献上しよう」
これで、ワコクを襲う謎の地震も収束していけばいいのだが。ワコクの地 平線を見つめ、ヨミは心からそう願う。
[[第二章 眼か心か]]<image src=https://kamuinotami.works/creators/rpg/img/kc/10-b.png width="50%" height="50%">
<image src=https://kamuinotami.works/creators/rpg/img/kc/04-b.png width="50%" height="50%">
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<image src=https://kamuinotami.works/creators/rpg/img/kc/18-b.png width="50%" height="50%"><image src=https://kamuinotami.works/creators/rpg/img/kc/16-b.png
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<image src=https://kamuinotami.works/creators/rpg/img/kc/01-b.png
width="50%" height="50%"><image src=https://kamuinotami.works/creators/rpg/img/syumeru2.png width="80%" height="80%">
[[イナンナの夫の懸念]]
[[第二章シュメル編パーティー]]●イナンナの夫の懸念
シュメルの地は安堵と賑わいに包まれていた。
一時は不作に見舞われていたが、それは過去の話。
『アートマンの腕』を得た豊神イナンナが祈りを捧げたことで、
種が芽吹くように、花が咲くように、実がつくようになり、恵みが再び戻って来た。
帰って来た平種に、 シュメルの人々は笑顔だ。
「これでもう大丈夫だ」、と。
「本当にそうだろうか?」
君達の耳に、そんな呟きが聞こえた。
振り返ればそこに、羊飼い然とした小市民風の男がいる。
一見してただの村人のように見えるが――彼はドームと呼ばれる列記とした神であ り、かのイナンナの夫であった。
君達は街角のナツメヤシの木陰の下へ、ドーム神に手招きされる。
「ここだけの話なんだが」、とドームは声を潜めてこう言った。
「確かに不作は解消されたのだが、かつての恵みと比べれば明らかに収穫量は劣化している。苦境の他国へ恵みを分けてあげることができないぐらい……シュメルでのやりくりだけで精いっぱいな程度にね。これはイナンナが、我々神が弱っているせいではないかと私は思うのだ」
ゆえにこそ、この『不作の解消』も一時しのぎにすぎないかもしれない、とドームは危惧している。
「これをイナンナに言おうものなら、『わらわが弱体化しておるとな~!?』と夫婦喧嘩になるのが目に見えているのでね……誰にも相談できず、大っぴらに調べることもできず……そこで君達、イナンナには内緒で私の手 伝いをしてくれまいか」
君達は額くことだろう。
シュメルの危機に対して何もしなければ、大きな悲劇が起きてしまうかもしれない。
ドームの懸念が本当なら、この平種は砂上の楼閣にすぎないのだ。
ドームは『ありがとう』と礼を言うと、手伝いの内容を説明し始める。
「あの遥かに見える西の山――あそこの谷底は冥界に繋がっていてね、イナンナの姉であるエレシュ女神が治めている。彼女の様子を見てきてもらえないだろうか? もし……神々が弱っているのが事実なら、彼女や異界にも何か異変が起きていると思うのだ。それにうまく説得すれば、この災禍を食い止める為に何か力を貸してくれるかもしれない」
ただ……、とドームは溜息を吐いた。
「エレシュ神だがね……イナンナに負けないぐらい気が強くて、かつ冷酷で……ちょっと、 気難しい気性をしている。ああそれと、イナンナと義姉さまの仲は水と油で最悪だから、くれぐれも彼女に会う時はイナンナの名前を 出さないように……ヘソを曲げて大変なことになるから……」
[[冥界下り]]●異界下り
かくして君は、ドーム神の操る魔法の羊の背に乗って、あっという間に冥界へと辿り着いた。
ドーム神が加護を与えてくれたので、君達は生きたまま実界へと立ち入ることができ、その魂が冥界に囚われることもない。
とはいえーー薄ら寒く薄暗い洞窟を前に、君達は本能的な恐怖と嫌悪を覚えたことだろう。
死そのものが、そこにあった。
しかし進むしかない。
これもシュメルの未来の為だ。君達は意を決し、死者の国へと踏み込んだ。
一方その頃――
「うん……? 生者が紛れ込んだな……どうやって生きたままここに……なぜ冥界に飲まれて死者にならない……」
冥界最奥、玉座の間。女神エレシュはすぐ闖入者に気付いた。
気配を探り――そうして、眉根をグッと寄せる。
「ドーム、あの女の夫の加護か。アイツめ、こんなところに生きた人間を遣わせるなんて、わらわへの嫌がらせか?」
舌打ちをひとつ。鉤爪のような指を鳴らした――。
ところ変わって、君達は。
異界に立ち入って5分ほどが経過しただろうか。
だだっ広い洞窟を、最奥のエレシュ目指して進み続ける。
……そんな君達の前に、立ち塞がるものあり。
それは、軍隊。
青白く透けた骸骨の兵士達が何体も、武器を構えて君達の行く手を阻んでいた。 『おそらく君達は歓迎されないだろう』――君達はドームの言葉を思い出す。
「だが一生懸命な者にエレシュは寛大だ」
彼はそうも言っていた。
この兵士らは小手調べだろう。
君達が冷やかしなのか、本気なのか、エレシュが測る為の。
ならばシュメルを護る為、いざ進め。
[[第二章シュメル編 リプレイ]] 冥界下りのその先に
ぞっとするような冷たい風が足元を渦巻き、カタカタと骨を鳴らす青白い魂魄の兵士達が、4人の前に立ちはだかっている――。
「だッ ヴぁッ ぱああああああ」
しばちーはガタガタ震えて真っ青になって後ずさった。
彼女はミステリーハンターなのだが……なんと!オバケが!苦手なのである!
「おばばばばオバおばばばおばけケケケケ」
「しばちーさん落ち着きなさって……! アレはオバケじゃなくて……その……ただの冥界の住人ですわ!」
ルドミラがパニック状態で凍り付いているしばちーを話術で落ち着かせんとする。
(冥界の住人ってそれ死者=オバケってことじゃ……)
瑞希はそう思ったが、ここは言わないでおくことにした。
ものは言いようってコトで……。
「ただの……冥界の……そっ そうですよねー! なーんだただの冥府の住人かーアハハハハー」
しばちーは涙目になりながら無理矢理に自分を納得させることにした。手汗だらけの手で、武器代わりのシャベルを握りしめる。
さて、相対した冥界の兵士らは穏便に通してくれはしなさそうだ。
仲間を護るように、一歩前に出たのはトラ獣人のサファイア。
一家代々シュメルの鍛冶職人である彼は、父が仕立てた得物――トラらしく鉤爪付きの籠手――を構える。
「皆さんは私の後ろに!」
と勇ましく言ったはいいが、実のところ、サアフィアは雄々しいトラの見た目通りの肝っ玉ではないし、鍛冶屋ゆえに戦闘経験なんてほとんどない。
緊張に尻尾の毛がぼわぼわと膨れていた。
「それじゃサポートは任せて!」
お言葉に甘えて後ろに下がった瑞希は、事前に調合してきた不思議なモノを振りかぶった。
紙に包まれた小石大のそれは、博物知識で入手した『燃える石』を調合して作った爆弾である。
冥界の兵士の足元へ叩きつけるように投擲すれば、大きな破裂音と共に爆ぜて火を噴き、突撃せんとしていた兵士らの出鼻を挫いた。
かなり特殊な品ゆえに仲間に配るほど数を作れず、周囲に調合に使えそうな素材も見当たらなかったが、錬金術師お手製の兵器に仲間達は驚きと感心を見せた。
まだこの世界に『火薬』という代物は発明されていない。
ゆえ、爆発というものはたとえ小規模でも極めて珍しい現象である。
「まるで魔法ですわね」
クロスボウで狙いを定めるルドミラが言う。瑞希は得意気だ。
「ゆくゆくは属性をエンチャントしたりとか……夢が広がるよね!」
「それはそれは……ビジネスの香りがしますわ!」
生まれも育ちも根っから商人。ニコリと笑み、ルドミラは矢を放った。
放たれた矢は冥界の兵士の片腕を砕く。それに合わせるように続き、踏み込んだサファイアが鉤爪を振るった。
鋭利な爪が、兵士を引き裂く。
肉とも骨とも言い難い切れ心地の後、兵士は霧散して消えた。
「まずは一体……!」
撃破できたことにサファイアはホッとする。数は多いが一個体はそこまで強くはないらしい。が、脅威は脅威だ。左右から兵士が剣を振り上げ、サファイアを挟み撃ちで狙う――
「右は任せてくださいーっ!」
右側の兵士へ、しばちーがシャベルですくった土を投げつけた。
顔面にバシャッと湿った土がぶつかる。
眼球のない兵士に対する目晦ましにはならなかったが、勢いよく顔にぶつけられた土に一瞬だけ兵士の動きが乱れた。
ならば、とサファイアは左側の兵士へ突進――籠手で剣を受け止めつつ、そのまま押しやる形で右側からの剣を回避する。
「どりゃあー!」
これはオバケじゃないと自分に言い聞かせつつ、しばちーはシャベルで兵士の土つきの顔を殴り飛ばした。追撃で後ろからルドミラが矢を放ち、連携して仕留める。
「数はあちらが上――包囲されないよう気を付けて! 下がって引きつけつつ確実に各個撃破を!」
「りょーかい!」
ルドミラの指揮に頷きつつ、しばちーは前に出すぎぬよう跳び下がる。ついでに道にひとすくい分の穴を掘った。
理想を言えばこれを踏ませて転ばせたいが、相手はそこまで愚鈍ではなさそうだ。普通に跨がれてしまう。残念。
「とりゃあ!」
わらわらっと兵士らが押し寄せてきそうな時は、瑞希が手投げ爆弾で足止めを。
相手をぶっ飛ばせるほどの凶悪兵器でこそないが、その炸裂は相手の動きを牽制するには十分だ。
そして、突出してきた個体の前にサファイアが立ちはだかり、それ以上先には進ませない。
振り抜かれる剣と鉤爪がぶつかり合い、火花が散る――兵士の二撃目はその縞毛皮の脇腹を切り裂いたが、幸いにして致命傷ではない。
サファイアがグッと痛みに耐えたところで、飛び出してきたしばちーのシャベルが、ルドミラの矢が、兵士の幽体を砕いた。
「サファイアさん、大丈夫ですかー?」
「かすり傷です、まだ戦えます!」
しばちーの心配に毅然と答え、サファイアは短く呼吸を整えた。
幸いにしてここは一本道の洞窟。
突出しすぎなければ包囲されることもなく、きちんと位置取りを意識して戦えば大勢を一気に相手取らずに済む。
サファイアがしばちーと協力して前線を保ち、後ろでルドミラが戦況を冷静に見極め、冥界の兵士らの動きは瑞希が阻害する。
堅実な動きは即効性こそないが、着実だ。
武術に精通している者がいないながらも4人は協力して連携し、大きな被害を出すことなく、また一体と冥界の兵士を撃破していく――。
「つ、次から次へと湧いてくるんだけどこれ大丈夫なのかなぁ!?」
倒しても倒しても現れる冥界の兵士に、瑞希は冷や汗を流した。もう爆弾のストックが底を尽きそうだ……。
「多分エレシュ様の小手調べのはず……頑張ればきっと大丈夫ですー!」
「あ、諦めなければきっと……!」
しばちーとサファイアが仲間を鼓舞する。
しばちーもそうだが、特に前衛で仲間を護るように立ち回る彼の体には少しずつ傷が増えてきていた。
重傷こそないものの、前衛二人は息を弾ませている。
「はぁ……はぁ……腕が千切れそうですわっ……」
弦を引っ張る動作を繰り返しているルドミラは「うう~」と唸りながら装填を行う。
弓ほどではないが、ボウガンとて力が要る。
実は筋力には自信がないお嬢様、長引く戦いにちょっとつらくなってきた。
(ううっ……イナンナ様、ご加護を!)
サファイアはシュメルの地母神イナンナを信仰している。
敬愛する女神の名を心で口にして――イナンナの夫ドーム神曰く、エレシュ女神にとってイナンナの名は『地雷』らしいので――彼女の為と爪を振るった。
それは8体目の冥界の兵士を切り裂き、霧散させる。
その瞬間だ。
冥界の兵士達すべての動きが唐突に止まり、そして……フッと掻き消える。
「許され、た……?」
ハラハラしつつ瑞希は辺りを見回した。もう敵影はない。
と、足元に青白い光がポッと灯り、それは連なって道を作り出して――その果てに、重厚な門。
「これは……エレシュ神が『来い』って言っておられますねー」
「そのようですね、ふう……」
しばちーとサファイアはやれやれと獲物を下ろした。ルドミラも、もうボウガンの装填作業をしなくていいことにホッとした。
「それじゃあ行ってみよっか!」
瑞希は好奇心に目を輝かせる。おっとその前に、事前に調合してきた傷薬をサファイアとしばちーに縫ってあげた。
かくして、4人は冥界の女主人の御前へと。
玉座の女神は、脚を組み頬杖を突いたまま、闖入者をジロリと見下ろした。
あまり歓迎的な雰囲気ではない。
「……冷やかしではないようだが。『あの女』の夫の加護まで得て、生きた人間がわざわざ冥界に何の用だ?」
「エレシュ様、シュメルの冥界の偉大なる女主人様。アポもなく突然お邪魔してしまい、申し訳ございませんわ」
4人の中で一番話術に自信があるのはルドミラだ。
彼女は膝を折ってこうべを垂れる――他の3人もその動作に倣った。
「それで、おまえ達の冥界下りの理由はなんだ」
「……地上の異変についてはご存知でしょうか?」
「シュメルでの不作のことか。だが『あの女』がどうにかしたのであろう?」
「一見して収まったように見えていますが……以前と比べて明らかに収穫量が減っておりますわ。これは地母神様や神々の力が弱っているせいではないかとドーム神はお考えで――」
「で、妾が弱ってないか見てこいと」
「然様でございますわ。……わたくし個人的な理由と致しますと、不作が続けば実家やわたくし自身の商売が立ち行かなくなるので……それを防ぐ為にも、エレシュ様に何卒ご協力いただけないか、と」
ルドミラにそう言われ、エレシュは深く溜息を吐いた。
「……おまえ達の健闘に免じて言うが、ドームの懸念の通りだ。妾の女神としての力は、ちょうど不作が発生しはじめたぐらいから具合が悪くなっている。といってもわずかではあるがな」
ゆえに冥界の瘴気や死者が地上に漏れあふれる事態は防げている、とエレシュは言う。
『しかし』と女神は眉根を寄せた。
「ドームに……あの女の身内に、妾が弱っていると知られて、あの女にそれが知られたとして。アイツの調子に乗った顔が目に浮かぶ! アイツに妾が弱っていることを知られるのが腹立たしい!」
あの女、アイツ、とは言うまでもなくイナンナのことだ。余程、姉妹間の仲は悪いようである。
「ま、まあまあ、落ち着いてください」
苛立つエレシュをどうにかなだめ、サファイアが続けた。
「イナンナ様とてきっと不安だと思います。シュメル中の民からどうにかして欲しいと頼られて、期待されて……なのに不作の気配はまだあって……そのご重責を思うと、まことにお労しいことです」
「はぁ……頭では分かっている。今は神同士でのしがらみを持ち出すべきではない緊急事態だと」
エレシュは額を押さえ、少しだけ沈黙し、こう言った。
「妾としても、シュメルがこのまま良くない方へ向かうことは望んでいない。不作によって大飢饉が発生して死人だらけになったら冥界がパンクしたら困るしな」
女神の瞳が、4人を一人ずつ見た。
神として人を慈しむ眼差しだった。
……生きた人間が、神の加護を受けて本来ならば決して立ち入れぬ冥界まで来た、それは状況が逼迫している何よりの証拠であるとエレシュは理解していた。
冥界の兵士を前に逃げなかった彼らの勇気に、女神は報いる。
「此度はご苦労であった。……このまま妾がシュメルの為に何もしないということはないから、そこは安心するといい。妾とて、このシュメルは愛しいのだ」
エレシュは協力を受け入れてくれた。
事態解決に向けての一歩前進に、4人はパッと笑みを浮かべる。
そうして感謝の言葉を――言う前に、エレシュの青白い指先が出口の方角を指し示す。
「さて、そろそろ帰れ。幾らドームの加護があるとはいえ、生きた人間にこの冥界は毒だ。……振り返らずに出口まで進むこと」
ならば、と最後に4人は。
「エレシュ様、ありがとーございます!」
「一緒にシュメルを救いましょうねっ!」
しばちーと瑞希が声を弾ませ。
「エレシュ様の寛大なる御心に感謝を」
「あの、ええと―― ありがとうございました」
ルドミラは丁寧にお辞儀をして、サファイアは「イナンナ様とどうか仲良く……」と言いかけたが、エレシュの逆鱗を撫でてしまいかねないので言葉を引っ込めておいた。
かくして、君達は光あふれる地上へと帰還する――。
[[第三章 グランドオープニング]]<image src=https://kamuinotami.works/creators/rpg/img/zanpu2.png width="80%" height="80%">
[[神々の苦悶]]●神々の苦悶
日照り続きのザンプディポ。
人々の活躍で秘宝 『アートマンの心臓』を手に入れ、雨神パルジャニヤが雨乞いの儀式を行ったが――
――それでもやはり、ザンプディポは日照りが続いていた。
近隣の国から水を運ぶ、海の水を蒸留する、といった手段でどうにか一日をやりくりしている状況だが、ほとんど 限界だった。
パルジャニヤは昼夜を問わず祈り続けた。
雨を、恵みを――しかしとうとう祈りは天に届くことなく、パルジャニヤすらも精魂尽き果て倒れてしまう。
ザンプディボは絶望に包まれた。
神の祈りすら届かないなんて、前代未聞のことだった。
ただでさえ水不足でやられていた民の心はへし折られ、今、ザンプディポのあらゆる村落に活気はない。
どこもかしこも、廃墟にように静まり返って、建物の日陰で絶望した人々が乾きうなだれているだけだ……。
「ど……どないしまんねん、このままやとザンプディボは滅亡でっせ」
「うぐぐ……なぜバルジャニヤの権能が発揮されんのだ……」
ハヌマーン、ガネーシャも、もう言い争いをしている元気がない。
「思うに……秘宝の力が足りんのではないか?」
「確かに、お隣のシュメルではアートマンの腕でイナンナ女神がうまいことやらはったとかなんとか……」
「それだ……!『腕』を貸してもらおう。シュメルで不作が解決されたのなら、効果はあるはず……」
「ぐっ、あんましヨソに借りは作りたないが……背に腹は代えられまへんな」
[[神々の苦悶②]]
――というワケで。
君達はザンプディボ東西二神の命を受け、シュメルへの道を歩いている。
太陽がギラギラと照り、君達が踏み締める大地は乾ききってひび割れている……現在、ザンプディボでは多くの国 土がこんな光景になっていた。
一刻も早く状況を解決せねば、本当にザンプディポは滅んでしまう。
国の命運は、君達に託されたと言ってもいい。
あともう少し歩けばシュメルとの国境が見えてくる。
シュメルの地は女神イナンナによって恵みを取り戻したという。
全く羨ましいことだ。
向こうに到着したら水は飲み放題、浴び放題なのだろう……まさに楽園だ。
君達がそんな話をしていた、その時だった。
一一遠雷の音。
もしや雨雲が!?
君達は一斉に空を仰いだ。
だがそこには雲一つない残酷な空が広がっていた。
乾きすぎて幻聴でも聞こえたのだろうか。
君達は肩を落とした、が――再び、雷の音。
今度は稲光も見えた。
音と光の方向へ、君達は向く。
雷の発生源は、君達に近付いてきているようだった。
「ぬあ~~!」
そうして聞こえる女の悲鳴。
稲光と雷鳴が轟く中心点、女神ニャンニャンが頭を掻きむしって苦しそうにしているではないか。
その体からはひっきりなしに電気が漏れ、稲妻となり、大気を震わせ――時には大地に直撃して、ビリビリと乾いた土が焦げて揺れた。
「あっ……おまえたちっ! ニャンニャンから離れるのじゃあっ!雷の……コントロールができなくて……おかしいのじゃああ~!!」」
言葉の直後、バァンッと君達のすぐ近くに稲妻が落ちた。
ぞっとするほど凄まじい音と、衝撃。
「うううううううう~!」
ニャンニャンは美貌を歪め汗を滲ませている。
焦燥し、苦しんでいるのは明白だ。
君達は雪に焼かれぬよう逃げることもできた――だが、そうはしなかった。
目の前で苦しんでいる神を救えずして、ザンプディボが救えようか。
「ば、ばかものっ!離れろと言ったのに!命が惜しくないのかあっ!」
ニャンニャンの心が乱れれば、それは雷となって放出される――まずは彼女を落ち 着かせなければならないか。
だがそこかしこに落ちる稲妻が直撃すれば危険である。
雷の対策も必須だろう。
さあ、どうしようか。
女神の悲痛な叫びが、君達の心を震わせている。
[[第二章ザンプディポ編 リプレイ]]
雷鳴が鼓膜をつんざく――。
「ギニャア……」
猫獣人アントニオはイカ耳になって尻尾もボワボワにして後ずさった。
「アレに当たったら、やっぱヤバイ……よな?」
ロンポウは苦笑の口角をひくつかせた。
アントニオとロンポウ、お腹弱いコンビは早くもお腹が痛くなりそうだった。
「ヤバイ、というか、死にかねんなぁ」
キリコは木こりゆえ、雷が落ちた木を何度か見たことがある。
巨木すら真っ二つに裂け、焦げ付かせる天の猛威……
あれが人間に落ちたら、と想像すると血の気が引いた。
「雷をどうにかしないと、近付くことも――ひゃああっ!」
天ケ谷ありあの言葉は、近くに落ちた落雷に遮られた。
地面すら揺れる衝撃に、ありあはビクッと跳び上がる。
ありあの言う通り、まずはニャンニャンが放つ稲妻をどうにかしなければ、近付くことすらできないだろう。
顔を見合わせ、頷き合った4人は、即座に行動を開始する。
「んっんー」
ありあは小さく咳払いをすると、空中のニャンニャンを見上げた。
性別を感じさせない摩訶不思議な美貌で、女神へニコリと笑みかける。
「ニャンニャン様ならきっと大丈夫、力をコントロールできますよ。どうか落ち着いて、深呼吸深呼吸――……♪」
アイドルを目指すありあは芸事に精通している。
雷鳴に臆さず、その音にも掻き消されず、高らかに美しく、その歌声を響かせ始めた――女神の気持ちを落ち着かせんと、柔らかなメロディライン。
優しい歌声。
「う、ぅ……!」
ニャンニャンは雷をどうにか抑えようと両腕を抱きつつ、ありあの歌に集中せんとする。
歌に集中して暴れる雷を鎮めんとしているのだ。
おかげで、ほんの少し雷が弱まった――今の内だ、と他の3人も動きだす。
「避雷針を作る!ちょいっと手伝ってくれ!」
アントニオは釣り人だ。
職業柄、釣り竿ならば数本持っている。
それをキリコとロンポウに渡すと、協力して荒野に釣竿を立てた。
ふう、とキリコは息をつく。
「これでどうにっ……かあああああ!?」
釣竿を立てた目の前で雷が落ちる。
雷が直撃した釣り竿が真っ黒こげかつバラバラに……。
そしてキリコはハッと気づく。
自分が背負っているまさかり。
これ、金属ということは、雷が落ちやすいのでは……?
彼の生存技術がヤバイの警鐘を鳴らしている。
木こりの命たる斧だが、やむを得ない、この場に置いておく。
雷が落ちて粉砕しませんように。
(ぐうう……おいどんの釣り竿っ……)
仕事道具たる釣り竿が目の前でパーンする光景に、アントニオは心がギュウッと痛くなるが、致し方ない。
命の方が大事だ。
釣り竿はまた買えばいい、また買えばいい、命は「また買えばいい」ができない、
そう自分に言い聞かせる。
さて、釣り竿避雷針のおかげで数回までならば落雷が4人の誰かに直撃することはないだろう。
つまりこの釣り竿の数が安全の残機というわけだ。
これが全て雷で消し炭になる前に、どうにかしたいところである。
ありあの優しい歌で、ニャンニャンの雷は少しマシになっている――あの方向性だ。
女神の心から不安を取り除けば、あるいは。
「いくぞおめぇら――モノボケでい!」
「おうさ!」
キリコとアントニオが、ザッと前に出た。
まずはキリコが、その変装技能で大魚に変装する。
この水のない荒野の上で、ビチビチ、うねうね、まるででっけえマグロのごとく。
衣装や化粧はないけれど、その動作はリアリティ満点だ。
迫真の演技である。
「あれに見えるは荒野のヌシ! いざいざ、釣ったるでえええ」
アントニオが釣竿を手に、その『荒野のヌシ』を釣らんとコミカルで大仰な動作をし始める。
引っ張り込まれそうになったり、引っ張り上げようとしたり、てんやわんや――これは、ショートコント、釣り!
二人のコミカルで、それでいてマジでリアルな動き、そして荒野で釣りというシュールな状況、ニャンニャンはそのショートコントを見て「んふっ」とちょっと笑った。
よし、この調子だ。
ならばとありあがそのショートコントに歌をつける。
もはやショートコントではなくミュージカルになった。
なのでアントニオもキリコも歌い始めた。
完全にミュージカルだ。
手拍子をする。
ニャンニャン様も!と促せば、おずおず、女神は手拍子を。
ショートコントの最中、ありあはニャンニャンになりきって歌い始めた。
声音と仕草を真似てみせる。
その演技技術の賜物で、コスプレも何もしていないのによく似ている。
一同が作り出す楽しい雰囲気に、ニャンニャンは少しずつ不安な気持ちがほぐれつつある。
雷鳴が小さくなった。
人間達が手招きするので、心配そうにしながらも高度を下げる――。
そんなニャンニャンの後ろから、隠密技能のあるロンポウがそ~っと迫る。手には
ロープ。これで女神を捕まえて……と目論んでいる。
「んふふ、ふふ」
不安は拭い去れないが、ニャンニャンは3人の愉快なミュージカルに小さく含み笑っている。
その神体からは雷が漏れ出て、火花を散らせているが――ロンポウはその意志で怯まず進む。
火花が飛んできても怖じ気ないし、肌に当たっても頑健さに物を言わせて悲鳴一つ上げることもない。
が、ここでロープを踏んづけてしまったのは、ありあだ。
盛大に転んでしまう。しかもロープにものすごい勢いで絡まる、そのせいでロンポウも引っ張り込まれ――
「わぶッ!」
その悲鳴と倒れた音でニャンニャンが振り返れば――巻きこまれたロンポウが芸術的に縄に絡まっている姿が。
「お前が引っかかるんかい!!」
ロンポウがくわっとありあにツッコむ。
「と~れ~な~い~♪」
「まだ歌うんかい!!」
そのドタバタなコミカルにニャンニャンがフッと噴き出し――「あはは!」と楽し気に手を叩いて笑った。
カオスでワイワイした雰囲気は、彼女にとって大好きな空気だ。
「よし――もう、皆で踊りますか!」
ありあが笑顔で立ち上がる。
ロープが絡まったままだが……4人はワイワイ踊り始める。
踊りは専門外な男衆だが、そのぎこちなさとちょっとズレてるのがまたおもしろい。
ニャンニャンも手拍子で喜んでいる。
「ニャンニャンも踊る!」
そうして一緒に加わってくれる。
気付けば雷が落ちることはなくなっており、ばぢばぢという不穏な電気の音も静かになっていた。
楽しい気持ちでニャンニャンの心を鎮める、その作戦は大成功したわけである。
ニャンニャンのお祭り騒ぎ好きな性格が幸いした。
むしろ、言葉で理路整然と落ち着かせるよりも効果テキメンだったろう。
見事、4人は誰も傷つくことなく――優しい女神に人間を傷つけさせることなく、
ニャンニャンを鎮めることができた。
「ふふふふふ! あ~楽しかったー!」
踊り終えて、ニャンニャンはからからと笑った。
そうして自分の両手をふっと見て、雷が漏れ出ていないことに気付くと、目を見開き――ぱっと笑顔で4人を見る。
「雷が……落ち着いた! やった! 落ち着いたぞーーーーっ!」
わーーーっとニャンニャンが4人に抱き着く。が。
「あばばばばばばばばばばば!!!」
女神の体からはまだ薄ら放電がなされていて、4人はシビビビビビビビビ……それでも、さっきの落雷と比べれば大分とマシだ。
ギャグ的にちょっと骨格が見えて黒焦げアフロになるだけで済んだ。
「おアアッ すまんすまんすまん!」
慌てて離れるニャンニャン。4人は口から煙を吐きながらどうにか親指を立てた。
というわけで、ちょっと距離を取った状態で、改めてニャンニャンと4人は向かい合う。
「ニャンニャン様、まずは落ち着いて深呼吸を……」
ロンポウがそう声をかければ――彼は口下手な部類だが、それでも一生懸命に――
女神は「ウム」と素直に目を閉じ深呼吸を数回……。
「大丈夫、ゆっくりでいいですよ、幾らでも待ちますから。ニャンニャン様ならきっと、ご自身の力をうまく制御できます」
「うん……うん……すー……は~……うむ……」
ふう。
最後に大きく深呼吸をして、ニャンニャンは目を開けた。
「……おまえたちのおかげでかなり落ち着いた。危ない目に遭わせてしまってすまんの……」
「いやいや。ニャンニャン様がご無事で何よりでっせ」
アントニオがそう言えば、ありあも「うんうん!」と嬉しそうに頷いた。
「落ち着かれたようで、本当によかったです」
キリコもホッと一安心して、女神へ笑みを向けた。
「しかしながら……」
ロンポウが首を傾げて、女神に問う。
「いったい何があったのです? あんなことになるなんて……」
「うむ! それじゃ! それなのじゃ!」
彼の言葉に、ニャンニャンは前のめりになってこう言う。
「ニャンニャンの神としての力が……なんだか変なのじゃ。具合が悪いというか……力が減っているというか……、ニャンニャン、何かしたかのう?」
悲しげに眉尻を下げる。
信仰が薄れてしまったせい?
いつの間にか民らに嫌われてしまった?
と彼女は考えているようだ。
そのことを考えるとどんどん不安になって、不安が不安を呼んで……あんな風に雷が制御できなくなってしまった、と女神は説明する。
一同は視線を見合わせ、そして顔を横に振った。
「ニャンニャン様の信仰が揺らいでいるなど、そんなことはないですよ!」
「おうおう! そんな話、ちいとも聞いちゃいねえです!」
ありあとキリコが声を大にそう言って、アントニオとロンポウがウンウン頷く。
「皆、ニャンニャン様のことが大好きでっせ!」
「そうですよ! ニャンニャン様のことを悪く言ってる人間なんて、おれたち見かけてすらいません!」
ニャンニャンはおずおずと一同を見回した。
「ほ、本当に……?」
「本当です!」
4人の声が揃う。
そうすると、女神はへにゃっとした笑みを浮かべて胸を撫で下ろした。
「そっか~~~~よかったぁ~~~~……よかったぁ……」
女神のちょっと泣きそうな笑顔に、4人は優しい笑顔を返した。
しかしながら、疑問が残る。ロンポウはあごをさすった。
「でも、信仰のせいじゃないなら、どうしてニャンニャン様のお力が揺らいでしまったんだ……?」
「む、む、他の神々もなんだか調子が悪いとの噂じゃ。世界中で神々の力が弱まるなんて……どういうことなのじゃ?」
ニャンニャンにも心当たりはないらしい。
4人と1柱は考え込み――
その時だ。
ふと、ザンプディポの空が薄暗いことに気付く。
何事かと見上げれば――雨雲が日照りの空を覆い始めて。
そして、ぽつ、ぽつ、振り始めた雫は……やがて、優しい雨となる。
「雨……」
ニャンニャンがぽつりと呟き、そして――
「雨……雨! ザンプディポに雨が! 雨が降ったぞおおおお!」
誰よりも大声で喜んだのは、ザンプディポ暮らしのキリコだ。
雨乞いの為に大蛇討伐へ赴き、アートマンの心臓を雨神パルジャニヤに献上したキリコにとって、この雨はとても感動的な光景だったのである。
「パルジャニヤ様がうまいことやってくれたのかぁ!? よかった……よかった!」
大喜びしているキリコ。彼の様子に、他国の民ながらもアントニオ達は「よかったよかった」と肩や背中をポンポンとたたいてあげた。
そんな中でニャンニャンが、雨の空を見上げて目を細く、唇を震わせていた。
「パルジャニヤ、おまえ……まさか……」
――この雨の真実を4人が知るのは、もう少し後のことになる。
[[第三章 グランドオープニング]]<image src=https://kamuinotami.works/creators/rpg/img/wakoku2.png width="80%" height="80%">
[[断腸の思いで]]●断腸の思いで
山神ヤマツミの禁足地より出土した秘宝、アートマンの瞳。
それは無事にナギへと届けられ、ナギは大地を鎮める祈祷を行った一一。
――しかし、再びワコクを地震が襲う。
それだけでなく、地震は、日ごとに 頻度と震度が増していたのだ。
とうとう地震で大きな被害が発生しはじめる。
山が崩れ、建物が壊れ、火事が起き、大波が起き、大地が出鱈目に隆起して、あるいは地割れを起こし、町村や 田畑、街道が滅茶苦茶に……。
ワコクの民は怯えていた。
地震や各地の凶事のことはもちろんだが、不安のせいか
『よもやナギ様がわざと祈祷を 失敗し、自分達を滅ぼそうとしているのではないか』
そんな与太話すら、まことしやかに囁かれるほどだ。
ヨミは焦燥していた。
父神へ民が募らせる不信に、地震が収まらぬ現状に、聞こえる破滅の足音に。
そうしてナギ のもとへ『何かお力になれませんか』と赴いたところ 彼は亀の腹甲を手にしていた。
「お父様、それは……」
「ああ、ちょうど亀トをしていてね。どうにか解決策がないものかと」
それは古くヤンシャオから伝わった、亀の甲羅の亀裂で占うというものだ。
ナギの手の甲羅には既にヒビが入っていた。
「それで……占いではなんと?」
「サンプティボだ。アートマンの心臓が必要らしい」
「しかしサンプティホでは······かの秘宝を用いても日照りが収まらなかった、と」
「それでも、可能性があるのなら試した方がいいだろう。ヨミ、忙しいところ悪いね。人を集めてくれないか」
「……御意に」
[[断腸の思いで②]] 遥かなる地へはヨミが虚船で送ってくれた。
帰りも迎えに来てくれると言う。
ザンプディポに降り立った君達は、その日照りの強さにたじろいでしまうことだろう。
渇ききった死の世界が広がっ ている――。
陽射しに顔をしかめつつ前を向けば、雨神パルジャニヤの神殿が見えた。
ワコクの人間からすれば 『異国情緒』 の漂う、美しい建造物だ。
到着はほどなく。
出迎える神官達は、異邦人の来訪に少し驚いた様子だ。
君達は彼らへ事情を話したことだろう。
すると神官達は顔を見合わせ――一斉に、君達へ這いつくばって頭を下げた。
「お願いします!どうかワコクの『アートマンの瞳』を、ザンプディポへお貸しいただけますか!」
神官達は言う。
アートマンの心臓を手に入れ、雨神パルジャニヤが祈っても、ザンプディボに雨は降らなかった。
パルジャニヤは過労で倒れ、日照りは続き、水も食料もなく、この国は滅亡の危機に瀕している。
「こう申し上げると失礼なことは承知しております。しかし、ワコクには食料と水が豊富にあり、まだ人間が生きてい ける状態です。ザンプディポはもう……こんな状況が続けば、おしまいです。みんなみんな、飢えと渇きで死んでし まいます……!」
「お願いします、雨が降ったら必ずお返ししますから……どうか私達を助けてください!」
彼らの言葉には道理がある。
しかし。
ワコクとて、決して穏やかならざる状況。
今この瞬間も大地が揺れて、波のせいで海沿いにはもはや近付けず、いつ山崩れや落石が起こるか分からぬゆえ 山にも立ち入れない。
建物は次々に倒れ、田畑が割れて収穫も減り、大地の隆起や陥没で街道が壊れて物流も乱れている。
これ以上の地震が起きれば、それこそとんでもない被害が出る。
多くの死者が出て、多くの者が家を失い、路頭に迷うことだろう。
容易く――『わかった』とは、言えない。
言えないのだ。
どれだけ心が苦しくても。どれだけこのザンプディボを憐れんでも。
一体、何が正解か。
瞳を取るか。心臓を取るか。
[[第二章ワコク編 リプレイ]]
這いつくばる神官。
ワコクからの使者4人は驚き、たじろぎ、互いに目を合わせた。
「ご事情、深く受け止め申した。……パルジャニヤ様にお会いしても?」
そう切り出したのは侍のカツモトだ。柔らかな物言いの提案に、神官らは「しかし」と渋る。
「パルジャニア様はご体調が優れず……」
「ええ。ワコクのアートマンの瞳をお貸しするとしても、パルジャニヤ様がご万全でなければ雨乞いも難しかろうと存じます。幸い、ここに薬膳に精通した料理人と薬師がおります。パルジャニヤ様の快方に協力させてはくれませぬか」
「こういう時こそ、皆で助け合いですよ!」
この場が暗い空気に飲み込まれてしまわぬよう、イシュが緩やかな笑みでそう重ねた。
ワコクもザンプディポも逼迫した状況だからこそ、協力し合わねばならぬ。
神官らは顔を見合わせた。
他国の協力を借りるなど面子が……なんて見栄を張っている場合ではない。
既に五体投地までしてみせたのだ、できることはなんでもしなくては。
『よろしくお願いします』と、彼らはパルジャニヤの寝台へと案内してくれた。
――一同が謁見したパルジャニヤは、医者でなくとも『衰弱している』と分かるほどに弱っていた。
医術に精通している薬師ヤシコは、ただの過労ではないことも直感する。
「ご体調が優れないところを、申し訳ございません」
「話は聞こえていた。遠路はるばるすまないね」
頭を下げるヤシコ達に対し、パルジャニヤは重そうに上体を起こした。
立ち上がる元気はなさそうだ。
そんな雨神に対し、ヤシコが「少々失礼を」とその容態を診る。
料理人のヨメゼニも、診察は本職に任せて心配そうに見守った。
……結論から言うと。
パルジャニヤは疲弊した状態ではあるが、ヤシコが直感したように『ただ疲れているだけ』ではない。
つまり寝て食べて休めば治る、というものではない。
「もっと根本的な……命の量そのものが減っている、ように感じます」
こんな症例は初めてだ。
ヤシコはどうしたものかと困惑する。
しかし何もしないわけにもいかない、できることを尽くそう。
ヤシコがヨメゼニに診察結果を伝えれば、料理人は揚々と胸を張ってみせた。
「パルジャニヤ様のお腹も心も満たしてみせます。わたし、料理人ですから!」
神に人間用の薬や薬膳がどれだけ効くかは分からない――それでも、真心を込めることはできる。
薬師ヤシコ監修のもと、ヨメゼミは神殿の台所を借りると、調理を開始する。
食欲がない雨神の為に粥だ。
水はワコクから持ち込んだ、ワコクの豊かな山から湧き出た清水を。
米はそこの水で育ったものを。ワコクの薬草、そしてザンプディポの種々様々なスパイスを合わせたそれは、両国協力の証でもあった。
身体が芯から温まり、気を巡らせて高めてくれる、とっておきの逸品である。
良薬口に苦しというが、そこは料理人ヨメゼニの腕の見せ所、さっぱりとして病床でも口にしやすい味わいに仕上げてみせた。
献上された薬膳粥に、「おお」とパルジャニヤは目を丸くした。
笑んだヨメゼニが一礼する。
「ささ、どうぞ召し上がってぇな! まず最初にこちらの薬酒をぐいっと」
食前に臓腑の働きを高めてくれる薬酒もご用意。
ヤシコが持ち込んだとっておきの薬酒を、ヨメゼニが薬草の花の蜜と山羊の乳を合わせて甘く飲みやすいものに仕立て上げたものだ。
お猪口に一口分、勧められるまま雨神はそれをぐっと飲み干す。
甘いまろやかさの中にピリリと薬酒の風味――体を奥から温めてくれる。
「うん、いただこう」
臓腑が温まれば、パルジャニヤは匙を手に取った。
ほこほこと湯気を立てる薬膳粥を口にする――味わいは当然として、そこに込められている人々の想い、願いを、優しさと誠実を感じて――「おいしい」、と雨神は微笑んだ。
ここのところ具合が悪く何も口にできなかったパルジャニヤにとっての、久方ぶりの喉を通る食事だった。
ヤシコとヨメゼニの奮闘の間、イシュは神官達と会話をしていた。
「この生地は日除けにちょうどいいんですよ。素材と織り方は――」
自分達の得意分野で、出来る限りの支援を。
そう思い、イシュは生地屋としての知識や技術を惜しみなく神官達に伝えていく。
「こっちは通気性が良くて、肌触りもヒンヤリしてて、暑い時に着るととっても快適なんですよ。羽織ってみて」
「おお……本当だ、風が通って涼しい」
仕立ててきたローブを神官に羽織ってもらい、イシュはニコリと微笑む。
「そちらの羽織、差し上げます。型紙もどうぞ~。それからさっきの日除け用の生地も」
「そんな、いいのですか? このような上質な布を……」
「人の命より上質なものなんてない、そうでしょ?」
民を救うことに役立ててほしい、とイシュは真っ直ぐ伝える。
その慈愛に、神官達は俯き声を震わせる。
「すみません、何から何まで……アートマンの秘宝を寄越せとまで願い出てしまった私達に、こんな……」
「いいえ。だって、自分の国が大事なのは誰だって同じだから」
イシュは涙ぐむ神官の肩を優しくさすった。
「ザンプディポは大丈夫。雨神様が必ずなんとかしてくださるよ」
もし雨が降れば、ワコクの使者らはザンプディポのアートマンの心臓を借り受けるつもりだった。
その為にはパルジャニヤの力で雨が降らねばならぬ。
……しかし雨が降らなかったら?
いいや。そうやってよくない方へ考えて、パルジャニヤへの信仰を霞ませてしまってはダメだ。
だからこそ、カツモトは時間の許す限り、借り受けた馬でザンプディポ中を駆け、『もう一度パルジャニヤ様を信じて欲しい』と鼓吹して回った。
彼自身も強く、雨の神を信じた。
――信じよう。
――雨は降る。
――必ず、願いは天に届く。
雨神パルジャニヤは、神ゆえに、人の願いの声が聞こえる。
ザンプディポ中から声は響き、雨神の心へと届いていく。
神としての命――マナが減りつつある身なれど、それは確かに聞こえていた。
同時に。
ワコクからの使者らが信じてくれたからこそ、信仰を通して彼らが抱く願いも聞こえる。
彼らの故郷の惨劇が、悲しみが、不安が、見える。
皆が、救いを求めている。
「儀式の準備を」
信仰という人の願いの力を得て、パルジャニヤはよろめきながらも立ち上がった。
呼びつけられた神官達『そのようなご状態では』『どうかお休みを』と困惑するが、雨の神はただ微笑んだ。
「簡単なことだったんだ。人が願う先に神が居る、だから神が人の願いに応える。ただ、それだけのことだったんだよ」
パルジャニヤはアートマンの心臓を触れて、祈る。
世界中で苦しいことが起きている。そんな時に奇跡の一つ起こせずして何が神か。
最早、ザンプディポの雨はザンプディポの為だけに非ず。
世の平和が、この国の雨に懸かっているというのなら。
――この命など惜しくはない。
ふと――
ザンプディポ中の人間が、空が薄暗くなっていることに気付いた。
誰もが空を仰ぎ、そして、雲を見た。上を向いた顔に、雫がひとつ、落ちてきた。
――雨が――
優しい雨が、ザンプディポに降っている!
「これは……」
行脚中だったカツモトは馬上で空を見上げ、安堵の笑みを浮かべた。
よかった。やった! これでザンプディポも、そしてワコクも救われる。
カツモトは馬を走らせ、パルジャニヤ神殿へ急ぎ戻る。
「皆、雨が……!」
馬から飛び降り、濡れた着物のままカツモトは神殿へ駆けこんだ。
息を弾ませ外を指さし――しかし、その笑みがふっと強張り静まっていく。
神殿の空気があまりにも沈痛として、誰も彼もが泣き濡れていたから。
「カツモトさん……パルジャニヤ様が」
潤んだ瞳で仲間を迎えたイシュが、わっと両手で顔を覆った。
――パルジャニヤは。
己の命を、自らに残ったわずかなマナ全てを使い尽くして――アートマンの心臓を媒介に、その身そのものを雲へと変えて天に昇り、雨と化した。
パルジャニヤはその命を、ザンプディポを……そしてワコクを、世界を救う為に、捧げたのだ。
この雨は、パルジャニヤの命そのものである。
「そんな、」
カツモトは唇を震わせた。
ワコクの他の3人も悲痛に俯いている。
――自分達がパルジャニヤを焚きつけてしまったから、雨の神は命を引き換えに奇跡を起こしてしまったのか?
「違います!」
神官達が、ワコクの使者らの顔を上げさせた。
「あなた達のせいではありません。パルジャニヤ様はそう仰っておられました。『私はただ、神として人の願いに応えただけ』『ありがとう、お粥ごちそうさまでした』――そうお伝えするようにと、お言葉を……賜りました」
言葉終わりに、神官は崩れ落ちて嗚咽を上げた。
君達は誇るべきだ。
本来、この国に雨は降らなかった。
今起きていることは、奇跡だ。
君達は決してパルジャニヤに死を選ばせたのではない。
パルジャニヤが使命の為に生き抜くことを自ら選んだのだ。
雨の神は、誇らしく在った。
人を救い、笑顔にする為、雲となり雨となった。
『これを』と4人はアートマンの心臓を神官達より託された。
パルジャニヤの遺志が宿ったこの宝石は、きっとワコクの惨劇をも祓ってくれるだろう。
それを受け取り――4人は、神殿の外に出る。雨の神の慈雨が、一同を包んでいる。
今、ザンプディポ中で喝采が沸き起こっていた。多くの命が救われた。
長く降り続く雨は、きっとザンプディポを救うだろう。
そしてワコクもまた、きっと救われるはず。
喜ばしいことだ。
だが、どうして――
「どうして、涙が出るんやろね」
ぽつり、ヨメゼニが呟く。
堰を切ったように、料理人は雨の空へ叫んだ。
「死に急がせる為に、わたし料理を作ったんやない!」
「ッ――パルジャニヤ様のばかっ! 私の薬だって生かす為のものなんですよ!」
同じ思いをヤシコもぶちまける。
……カツモトは言葉を飲み込んだ。
『誰のせいでもない』というパルジャニヤの願いも、二人のままならない思いも、両方分かっているから。
しばしの沈黙の後――雨で煙る空の向こうで、何かが銀色に光った。
ヨミの虚船だ、4人を迎えに来たのである。
「……私。しばらくザンプディポに残ります。雨が降ったとはいえ、干ばつで弱った人がたくさんいると思うから」
向かってくる虚船に対して踵を返し、ヤシコが言う。
「ほな、うちも!」
その隣に並ぶのはヨメゼニだ。
イシュは仲間達の背中を見て――そして、頷いた。
せめて二人の背中を押すように、涙を押し込み笑みを浮かべて。
「じゃあ、わたし達はアートマンの心臓を届けてくる。ワコクのことは任せてください」
「……そう、か。パルジャニヤ様が……」
虚船の中、イシュとカツモトから報告を受けたヨミは静かに頷いた。
「ザンプディポに雨が降っているから何事かと思ったが……そんなことが」
「ヨミ様、俺達は――」
『これでよかったのでしょうか』そんな言葉をカツモトが言う前に、ヨミが毅然と先んじた。
「おまえ達は最善を尽くした。そして、パルジャニヤ様も最善を尽くした。それだけだ。恥じるな、悔やむな、誰もが自分にできる最善を選んだことは、胸を張るべきことだ」
――虚船の窓からは降り続ける雨が見える。
雨が上がれば虹が出るという。
だが、まだこの雨には――降り続けていて欲しかった。
虹はまだ、見たくはなかった。
[[第三章 グランドオープニング]]<image src=https://kamuinotami.works/creators/rpg/img/yansyao2.png width="80%" height="80%">
[[野盗と秘宝]]●野盗と秘宝
「しかし何だろうな、あの宝石」
「さあ? でもあれだけデカいんだ、あたしたち大金持ちだよ!」
砂の岩場、その庭が野共の根城であった。
戦利品として置かれているのは美しい橙色の、五指にも見える突起を有した、一抱えほどの宝石で。
「生け捕りにした連中はどうするんで?」
リーダーに野盗の一人が尋ねる。
「奴隷として闇市で売っぱらうに決まってるだろ。ガタイのいい男と、顔のいい女もいるしな。もう一人はあんまり金にならなさそうだが……ま、臓器袋程度には役立つだろ」
「ヒューッ、親分残酷ゥ!闇市への出発はいつです?」
「風がヒリついてる……砂嵐が来るな。それが止んだら出発だ」
「応!」
[[その頃牢獄では]]
●その頃、牢獄では
「砂嵐が来るでおじゃる」
天候予測に長けた玉子が、ひゅるりと吹いてくる風の不穏さからそう察知する。
「砂嵐が止んだらわたし達、奴隷送りみたいです」
調査技術に長けるシャオミンが耳を澄ませ、風に乗って聞こえてくる野盗らの会話を仲間に伝えた。
「脱出の刻限は砂嵐が過ぎるまでか……。どうにか、砂嵐に紛れて脱出できんやろか?」
シロセカが小声で呟いた。
尤も、脱出の為にはこの牢をどうにかせねばならないが……。
「任せるでおじゃる」
に、と玉子が笑んだ。
脱出に関する技能が彼にはあった。
牢の格子には劣化している箇所があったのを彼は見つけていたのだ。
ここを壊せば隙間から脱出できそうだ。
が、今すぐ破壊すると物音を怪しまれて脱出がバレてしまう。
洞窟は出入り口が一つしかない為、野盗と鉢合わせる可能性も高い。
何か機会をうかがった方がいいだろう。
3人は諦めずに待った――砂嵐の気配と共に。
[[救助隊、進む]]
●救助隊、進む
ヤンシャオ皇帝エイセイより、君達は二つの任務を仰せつかった。
ひとつ、『アートマンの手』の奪取。
ひとつ、前任部隊である玉子、シャオミン、シロセカの救出。
かくして君達はラクダに乗って、夜の砂漠を進んでいる。
厳密に言うと――砂嵐の中を、進んでいた。
激しく風が吹き荒れ砂塵が容赦なく舞い上がるが、それらは君達を魔法のように避けていく。
それもそのはずだ。
君達にはナージャの加護が授けられていた。
風と砂が避けていくのはナージャの天候を司る権 能によるものである。
「我はヤンシャオの都を護る。だから君達はどうか、ヤンシャオを救う為にアートマンの手を。そして、ヤンシャオ を護らんとする同じ志の勇士らの救出を」
都から出立する際、ナージャより賜った言葉を、君達は思い出すことだろう。
この砂嵐は今、君達の味方だ。夜と砂嵐に乗じて、野盗らを奇襲し、秘宝と仲間を取り戻す。それが君達の作戦だった。
ほどなく、野盗らの根城が見えてくる。
砂嵐の夜だ、流石に入り口に見張りはいない。
が、ほんのり奥から灯りが見えるので、内部には見張りがいるのだろう。
さてどう攻め入ろうか。
君達が目線を交わした――その時であった。
「あっ! テメエらどうやっ――ムギャー!」
洞窟より聞こえてきたのは男の怒鳴り声、悲鳴。
直後、飛び出してきたのは3人の人物――玉子、シャオミン、シロセカ。
彼らは自力で牢から脱出すると、内部で見張りをしていた野盗を一人はったおし、急いで洞窟から出てきたのである。
「救助か!? おーい!助けてくれーっ!!
君達を見つけたシロセカが叫ぶ。
『怪我人がいるんだ』と。
君達はすぐ彼らのもとへ駆けつけることだろう。
「ごめんなさい……ご迷惑をおかけして」
「アートマンの手じゃが、奴らの根城のどこかにあるはすでおじゃる」
シャオミンが眉尻を下げ、玉子が秘宝について話す。
「すまん、『手』まで持ってこられへんかった」
シロセカが申し訳なさそうに言う。
怪我人がいる状態で、一抱えほどある重い宝石まで持ち出すのは無理難題ゆえ仕方のないことだ。
――ここで、洞窟から4人の野盗達が飛び出してくる。
その中の一人、矮躯の男はシロセカ達の脱出の際に頭を殴られ、顔をしかめて後頭部を擦っている。
連中は殺気立ち、君達に対して武器を構えることだろう。
――野盗共は、丸腰で負傷者もいるシロセカ達をも平然と狙おうとするだろう。
なので君達は、要救助者を護りつつ (あるいは逃がしてもいい)、野盗達を『どうにかして』、アートマンの手を 奪取せねばならない。
幸いにして砂嵐が君達の味方をしている。野盗達は吹き荒れる砂に顔をしかめて前が見づらそうだ。
ナージャの加護は――カの悪用は決してしない正義の神の祝福は、君達にこそある。
さあ、いつの世にだって、悪の栄えた試しなし。
[[第二章ヤンシャオ編 リプレイ]] ――砂嵐が吹き荒れる――
「俺のラクダを貸す、ナージャ神の加護があるから砂嵐の中でも大丈夫だ」
急げ、とクロセカはシロセカと――彼が肩を貸している怪我人の玉子、シャオミンを一瞥した。
「すまん……おおきに!」
シロセカは頭を下げると、怪我人がラクダに乗るのを手伝って、最後にひらっとその背に乗った。
3人乗りは些か窮屈だが、四の五の言っていられない。
それにシロセカは騎乗術が巧みだ。問題はない。
「其の方も無事で……!」
「絶対に……皆で帰りましょうね!」
玉子とシャオミンが、助けに来てくれた一同へ声を張った。
最後に手綱を握ったシロセカが目礼し、ラクダを走らせはじめる
――蹄の音は、砂嵐に巻かれてすぐに聞こえなくなった。
姿もまた然り。
「あッ! アイツら逃げますよ親分!」
「なにい!?」
野盗のリーダーは彼らを追おうとするも、砂嵐に阻まれ、もう方角も分からない。
舌打ちする彼らに、タトゥーモヒカンayazeniが声を張った。
「おまえ達のお宝は、逃がした仲間に持たしたからな~!」
ブラフだ。
『「手」まで持ってこられへんかった』とシロセカがさっきayazeni達に言っていたように、
彼らは秘宝を持ち出せてはいない……が、野盗達はそのことを知らない。
なので彼らはギョッとした。
「なにぃ!? クソッ、連中を追うぞ! 2人は怪我人だ追いつきゃどうとでもなる!」
そう指示するリーダー、応と答える野盗達だが――行かせまいと、4人が立ちはだかる。
クロセカは無言ですらりと抜刀し、ayazeniはヌマンガの骨で作ったお手製のブーメランを構え、チキン佐々木と琴葉もグッと決意の表情を見せた。
「……キョンシーをいっぱい召喚できたらよかったんだけどなぁ」
ポツリと琴葉は呟いた。
彼女は魔術を勉強している身で、理想を言えばキョンシーを召喚して現状打破を狙いたかったのだが……。
「どうする?」
剣を構えたままクロセカが言葉少なに仲間へ問う。正直、武力による正面突破は難しいだろう。
クロセカは剣術に覚えがあるが実戦経験は少なく、チキン佐々木と琴葉は白兵戦に自信があるタイプではなく、ayazeniも旅人として自衛程度はできるも職業武人ではない。
「私が野盗達の気を引いてみるチキン……!」
説得し、うまくいけば誰も傷つくことなく……とチキン佐々木は考えた。
殺気立つ野盗達へ声を張る。
「私が代わりに人質になりますチキン! リーダーさんとお話しさせてチキン〜!」
「……交渉か? 話だけなら聞いてやろう」
「ここで大声で話し合うのも……砂嵐がキツいですし……洞窟の中でじっくりと……どうチキ?」
あの洞窟内に『アートマンの手』が――奪還対象があるのだろう。
首尾よく潜り込んでその隙に、とチキン佐々木は考えていた。
「ほう。じゃあこっちに来い」
リーダーが顎で示す。
チキン佐々木は緊張しつつ――仲間達から心配と応援の目を向けられつつ――砂の上を鶏の足で歩いた。
そして洞窟入り口の傍へ、つまり野盗達と至近距離になった、その時である。
唐突。
リーダーの腕が、チキン佐々木を掴んで捕まえ――ナイフが、羽毛に包まれた首元に突き付けられた。
「オラァ! 逃げた奴とお宝を持ってこないとコイツを殺して焼き鳥にして食ってやるッ!」
「チキィイイイイイイイ!? 謀られたチキンーーーーーーッ!!」
両手を挙げて震えるチキン佐々木。
こんな逼迫した状況で1対1の交渉に応じるほど、野盗達は穏便な考えをしていなかった。
『部下を残してどこかに行く』ことのリスクを悪賢いリーダーは理解していた。
……もっと条件を揃えればあるいは応じたかもしれないが、野盗達の悪意を前にチキン佐々木はカモを背負ったネギ状態だった。
カモではなくニワトリだが。
「ヘッ! 俺達がのんびり『お喋り』をしている間に、部下をボコっちまおうとでも考えたか? あるいは逃げた連中を逃がす為の時間稼ぎか? ナメられたモンだぜ、えぇオイ!?」
捕まえていたシロセカ達に逃げられ、ayazeniの騙りでお宝も盗られたと思っているリーダーはキレている。
鋭いナイフの切っ先でチキン佐々木の頬をグリグリつつく。
「ひいいい! チクチクしないでチキンッ! いたっ! いたたたたっ! 鳥肌たっちゃううううッ!」
ハンズアップ状態で涙目のチキン佐々木。元から鳥肌やんけ。
「く……」
クロセカは仲間を人質に取られ、動くに動けない。内心で苦く眉根を寄せた――リーダーを分断させて、その隙に残りを叩く作戦だったが、想定通りにはいかなさそうだ。
だが野盗の言いなりになるつもりはない。
玉子とシャオミンは怪我をしているし、シロセカだって精神を摩滅している。
彼らを連れ戻して野盗共に突き出すなんて絶対にできない。
その思いはみんな同じだ。
なのでayazeniがもう一度ブラフに賭ける。
「……わいらが4人だけやと思うなよ。ここはもう包囲されとる」
鋭く見据えて威圧する。
その凄みに野盗達は緊張した様子で砂嵐に警戒を張り巡らせた。
分厚い砂のカーテンは視界が悪く、ayazeniの言葉の真偽を隠す。
野盗達は半ば彼の言葉を信じて、不安げにリーダーを見た。
リーダーは返す刃のようにこう言う。
「その言葉がマジなら、俺はコイツを道連れにするまでだ。おまえの言葉がマジなら、どうせ多勢に無勢でとっ捕まって縛り首なんだからな?」
ナイフの刀身でチキン佐々木の頬をペチペチと叩く。
このリーダー、なかなかに切れ者だ。
そう返されてしまえばayazeniはグッと言葉を詰まらせた。
リーダーのいない野盗達だけならば言葉でどうにかできただろうが、コイツの存在がブラフや言葉の罠を看破する。
「大勢いるなら最初から姿を見せて俺達の戦意を削がせたはずだ。それをしないってこたぁ……おまえ達だけなんだろ?」
「っ……」
ayazeniは顔をしかめた。
その様子でリーダーは彼の言葉が嘘だと確信したようで、ニヤリと笑う。
「たった4人、しかも1人は人質に取られて、4対3だなぁ?」
せせら笑うリーダーはチキン佐々木を、そしてayazeniを、クロセカを見て――
……あれ? 一人、足りない? 確か女が一人いたような……。
砂嵐で見えにくいのかとリーダーは目を擦った。が。
――やっぱり一人いない。
「おい! あの女は――」
どこに行った、と質問しようとしたその時。
「召喚術(物理)~~~~~~ッ!」
リーダーの背後、つまり洞窟の入り口から飛び出してきた琴葉が、両手に持ったアートマンの手――美しい橙色の、五指にも見える突起を有した、一抱えほどの宝石――で、リーダーの後頭部を「ゴッ」。
「ぶッ!」
マジカルでもシャーマニズムでもなんでもない、だがどんな人間でもデケエ石で後頭部をどつかれたらブッ倒れる。
しかもアートマンの手はトゲトゲしていた。
シンプルに頭をどつくには凶器そのものだった。
「おやぶーーーーーーん!!」
野盗達が仰天する。
「す、隙ありチキーーーー!」
チキン佐々木はリーダーを振りほどくと、その走行術で猛ダッシュ、琴葉と共に野盗達から離れ、仲間達と無事に合流。
「よし……よくやった」
アートマンの手を抱えた琴葉を背後に護りつつ、クロセカは口角をつった。ayazeniは『よかったぁぁ』と安堵の息を吐いた。
「うまく気ぃ引いてくれてありがとなぁ!」
乙女は得意気にVサイン。
――チキン佐々木が人質(鶏質?)に取られて野盗らが男衆に気が向いている隙に、琴葉が砂嵐に紛れて身を隠し、こっそり洞窟内へ忍び込んでいたのだ。
そうして見つけたアートマンの手を運び出し……というワケである。
「いってえええ……野郎共やっちまええ!」
頭からダクダク流血しつつ、立ち上がるリーダーは怒りの顔で怒鳴った。
途端、その怒りに呼応した野盗達が襲いかかって来る!
「律儀に全員のしちまう必要もない……防戦しつつ撤退するぞ」
躍りかかって来た女野盗の青龍刀を刃で受け止め、クロセカは仲間達に下がるよう指示する。
一番武術に精通している彼がしんがりを務めるつもりだった。
「生かして帰すかヴォケエエエ!」
「生きて帰ることが仕事なんでな」
砂嵐の中、刃と刃が切り結ばれる銀の閃光。
女野盗が砂嵐で動きが送れた瞬間、クロセカは刃をかちあげ相手の腹を蹴り飛ばす。
が、スイッチするように巨漢の野盗が襲いかかる――これもまた砂嵐の妨害で狙いが大雑把だ。
クロセカは横にすり抜けつつ、その脂肪で包まれた胴を掠め斬る。
そのまま駆けて、砂のベールに身を隠す。
「いでッ……ごの!」
巨漢はすぐに顔を上げてクロセカを探すが、砂嵐に阻まれてよく見えない。
「どこだァ!」
「あっちだ!」
矮躯の野盗が砂の向こうの人影にナイフを投擲する――しかしそれは、ayazeniのブーメランが打ち落とした。
「ナージャ神の怒りを知れッ!」
戻って来たブーメランを、ayazeniは矢継ぎ早に投擲。
バヂッ、と矮躯の野盗の顔面に直撃させる。
「がふぇっ!」と鼻をやられた矮躯の野盗が顔を押さえた。
「ち、畜生、なぜ砂嵐の中をこんな自由に……」
リーダーは狼狽した。ayazeni達はナージャ神の加護で砂嵐をものともしないことを、彼らは知らない。
渦巻く砂塵の暴風は、まるでナージャ神の唸りの如く――轟々と吹き荒れ、悪しき者らを威圧する。
それ以上先へ、進ませない。
「これに懲りたらもう悪いことはしちゃ駄目チキン!」
「お宝も人質も、キッチリ返してもらうからなぁ!」
チキン佐々木が砂の向こうから野盗を叱り、琴葉はその騎乗術でクロセカの元へ駆ける――ラクダを救助対象へ貸した彼へ腕を伸ばせば、その手を掴んだクロセカをラクダの上へ引っ張り上げた。
駆けるラクダの足音も、足跡も、野盗共の怒りの声も、全ては砂嵐に掻き消される。
こうして4人は無事に戦線を離脱し、シロセカ達と合流。今は近隣の村で身を休めている。
村の医者に診てもらい、玉子とシャオミンは改めて治療を受けた。
命に別状はなく、体に傷や障害が残ることもなさそうだ。ホッとした途端、シロセカがぶっ倒れる。
気を張り続け、玉子とシャオミンの傷を案じ続け、ほぼ寝ることもなく、ずっと極限の緊張状態にあった彼の心労はとうの昔にオーバーフローしていたのである。
医者曰く、ゆっくり寝て休めば治るとのことなので、そこは安心だ。
さて、4人はすぐに王都へ発つ準備を始めた。
ここからは砂漠ではないのでラクダから馬に乗り換える。
そこへ、シャオミン達が見送りに現れた。
怪我人である彼らはもう少しここで休むことになっていた。
なおシロセカはここではなく、宿屋の布団の中にいる。
「助けて頂いて……本当にありがとうございました」
「アートマンの手、まろ達に代わってよろしく頼むでおじゃる」
シャオミンが改めて頭を下げ、玉子は馬の背に積まれた秘宝から仲間達へと視線を移した。
「これは必ず皇帝の元へ届けよう。心配するな」
「みんな無事でよかった……どうかお大事に。シロセカさんにもよろしく伝えといてなぁ」
荷物の最終確認をしていたクロセカが控えめの声量で言い、琴葉はニコリと微笑みかけた。
「これでヤンシャオの異変も収まるといいチキねぇ」
「きっと大丈夫や! 皆こんなに頑張ったんやもん」
ラクダに乗りつつ呟いたチキン佐々木に、ayazeniは明るく言った。
――鳥獣や虫のいないヤンシャオの空は不気味なほど静かだ。
だがこれも今日までなのだ。
そう信じて、4人は王都へと馬を走らせる。
[[第三章 グランドオープニング]] 変転と渾沌
━━━━━━━━━━━━━
雨の降るザンプディポ。
喜びで満ちていた空気から一転、涙と悲しみで包まれているのは、
民らが雨の真実を――雨神パルジャニヤの犠牲と献身を知ったからだ。
――パルジャニヤ神殿には、ザンプディポ中の民と神が集っていた。
静かでしめやかなのはザンプディポらしくない。
雨の神への感謝と弔いを捧げるべく、これより歌と踊りの盛大な宴が開かれることになっていた。
今は東も西もない。
ガネーシャ、ハヌマーン、そしてシヴァにパールヴァティ、彼らのヴァーハナと、ザンプディポ中の神々もそこにいる。
「はぁ……」
神の為の御座に座したパールヴァティが物憂げに息を吐く。
隣のシヴァは気遣うように妻を見た。女神の溜息の理由は、わざわざ尋ねるまでもないだろう。
この場にいるどの神も、同じ思いを抱いているのだから。
シュメルでは――
「なぜ、なぜだ!」
神殿の中、地母神イナンナは苛立たし気に頭を掻く。
イナンナはアートマンの腕を用いて、一度は不作のシュメルに恵みを取り戻させたのだが――再び、シュメルの地が不作に陥り始めていたのだ。
これはどういうことなのか、助けて欲しい、と詰めかけてくるシュメルの民の応対は、神官に任せている。
だがイナンナの中に焦燥は募り続ける。
「イナンナ」
ちょっと遠巻き、八つ当たりされないよう柱に半身を隠しつつ、夫神ドームが彼女を呼んだ。
「なに!」
余裕がないイナンナはキッと夫を睨んでしまう。
が、慣れた様子のドームは怯むことなくこう言った。
「お茶会でもしないかい、まあ気晴らしにとでも思って」
「……お茶会?」
「静かにすごせるところがあるんだ、一緒に行かないかい」
「……」
確かに神殿では、遠くから民の嘆願がずっと聞こえてくる……溜息を吐き、地母神は夫の方へと歩み出した――。
ワコク――
式神によってヨミ達の帰還を知ったナギは、自らの御殿でヨミを待つ。
ヨミ達がザンプディポへ向かっていた間も、ワコクでは地震が頻発していた。
ナギはその力を以て揺れを少しでも小さなものへと抑えていたが、神の尽力を嘲笑うかのように揺れの頻度も大きさも増してきている……。
ナギも、そしてヨミも、限界が見えていた。
急がねばならなかった。
ヤンシャオ――
斉天大聖は筋斗雲に乗り、この世界の空を飛び回っていた。
その過程で彼は、各国で起きている災禍をその目で見た。
(まったく夢も希望もないな……)
どちらかというと斉天大聖は気まぐれで自分本位な神だ、慈悲だの施しだの……といった性格ではない。
だがそんな彼ですら、各国の惨状には鼻白む思いだった。
ゆえにこそ、彼は世界を飛び回っている。
これは他ならぬヤンシャオ皇帝エイセイからの頼みであった。
最初こそ皇帝に頭を下げられいい気になっていた斉天大聖だが、世界を巡る内に「これは本気でどうにかしないといけないな」という使命感が湧き上がっていた。
びゅうびゅうと風が通り過ぎていく音――斉天大聖の眼下に、ヤンシャオの王都が見える。
斉天大聖は、ある重大な情報を持ち帰っていた。
[[「フフフ……世界を救うのはやっぱ! このオレ様ってなぁ~~~~!」]]
(align:"=><=")+(box:"X=")[NFT-RPG Fujiwara Kamui Verse ~Antiqua Reincarnation ~
【人と神とを繋ぐモノ】変転と渾沌
第三章、開幕。]
[[第三章 ワコク編]]
[[第三章 ヤンシャオ編]]
[[第三章 シュメル編]]
[[第三章 ザンプディポ編]]<image src=https://kamuinotami.works/creators/rpg/img/wakoku3.png width="80%" height="80%">
[[気高き責務]]<image src=https://kamuinotami.works/creators/rpg/img/yansyao3.png width="80%" height="80%">
[[希望の欠片]]●気高き責務
ザンプディポへ赴き、雨神の『覚悟』を見届けたヨミは――
ワコクへ戻ってから休む間もなく、虚船を大神ナギのもとへと走らせていた。
ヨミの表情は引き結ばれ、眼差しは険しい。
船に積まれているのはザンプディポの雨神パルジャニヤより譲り受けたアートマンの心臓だ。
それには、かの雨の神の遺志が、決意が、宿っている。
――何に代えても、これはナギ様のもとへ届けなければ。
ヨミの決意は固い。
各国の人が、神が、死力を尽くして日常を護ろうとしているのだ。
しかし、そんな時であった。
「……? なん、だ……」
虚船の様子がおかしい。
速度も高度も下がりつつある。
「っ……! 駄目だ、そんなことは……! くそっ――」
ヨミは慌てて制御せんとする。
だが虚船は、そんなヨミを嘲笑うかのように制御が利かず――落ちて――いく――
「駄目だ、駄目だ、そんなの駄目だ! アートマンの心臓を……届けなければならないのだ、私は! 託されたのだ、皆の想いを! 動け! 動け! 動け動け動け――」
船が傾き、大きく揺れて、ヨミは制御席から放り出され、壁にぶつかる。
かひゅ、と肺から空気が乱暴に押し出された。
どうにかしようと思うのに。
体が、全く、動かない。
まるで力が、命が、薄れていくような。
(こんな時に……、それでも……私は……!)
揺れる船の中、ヨミはアートマンの心臓に手を伸ばした。これだけは、何が何でも――護らなければ――失ってはならない、大切な――……
――銀色の船は、沼地へと墜落する。
そして、ワコクの大地が大きく揺れた。
[[驚天動地]]●驚天動地
「おまえたち! 大変なことになったぞ!」
雷鳴が轟き上を見上げた君達の視界に、雷神ニャンニャンが映った。
なぜワコクの神ではない彼女がこんなところに。
不思議がる君達に女神はこう言う。
「……ザンプディポの雨はワコクと縁があると聞いてな。ザンプディポに赴いたニャンニャンに、民らが『どうかワコクをお守りください』と言ってきたのだ」
それよりも!とニャンニャンは急ぎ本題を口にする。
「ヨミを乗せた虚船が彼方の沼地に墜落した! ……アートマンの心臓と共に、じゃ!」
その言葉に、君達は衝撃を受けたことだろう。
「それも……どうやらヨミの『アートマンの心臓を護りたい』という想いに秘宝が過剰に呼応してしまったようでな、どえらいことになっておる……だがそれはヨミの命を削りつつある『暴走』じゃ。すぐにどうにかせんといかん。――今からニャンニャンが沼地へ送ってやる。おまえたちっ、ヨミとワコクを救うのじゃ!」
女神は不思議な雷雲を造り出すと、君達を乗せてくれた。
雲はすぐさま現場へと飛び出すことだろう。
一方、ニャンニャンは地震で混乱している民を助ける為にと君達とは別方向へ飛んでいった。
――かくして君達は沼地に到着する。
そこには――不思議な、一軒家ほどある、白銀の繭のような球体が存在していた。
遠目に見れば満月のようなそれは――凄まじい神気を放っている。
繭の中には薄らと、アートマンの心臓を抱き締めたまま気を失っているヨミが見えた。
君達はすぐさま近付こうとしただろう。
だが、『バヂッ』と火花が散るような音と共に、君達は弾かれるように押し返される。
あの繭のような球、あれはアートマンの心臓とヨミの想いとマナが過剰に呼応したことによる『マナの暴走』とでも形容すべき現象だ。
「護らなければ」というヨミの想いが強力な結界となり、何人たりともを近付けさせぬ神秘の力場を形成している。
どうすれば――?
――あれが想いが成したことならば、同じく想いをぶつけるまで。
君達には心がある。
言葉がある。
神のような膂力、速さ、神秘の術を持たずとも――時にはそれを凌駕する奇跡の力を、内包している。
信じるのだ。
自らの心の力を、そしてヨミの想いを。
希望は、ある。
救えるはずだ。
神も、この国も、この世界も。
[[ワコク編第三章 リプレイ]]●希望の欠片
ヤンシャオ皇帝エイセイよりの御勅命、という理由で召集された君達。
その目の前には説明役の役人ではなく、斉天大聖が得意気に立っていた。
「――ってな具合で、オレ様はその魔物をドガーンと……」
さっきから斉天大聖の武勇伝を延々と聞かされている……
「おい聞いてるのかぁ?」
「よそ見するなよ!」
だのちょいちょい言われるので、君達は気を付けの姿勢を崩せず『拝聴』するしかない……役人、早く来てくれ。
さて斉天大聖の話している『武勇伝』とは、彼が皇帝より依頼を受けて世界各国を飛び回っていた時の出来事だ。
ではその『依頼』とは。――皇帝は世界各国で同時発生した災禍を「一つの因果に起因するものではないか」と考察。
斉天大聖に畏み頼み、かの神が各国で情報を集め回ってきたのだ。
そして斉天大聖がヤンシャオに帰還したということは、収穫があった証拠で。
「シュメルでオレ様は古い古い神殿を見た……『前の世界』の遺物だろうなぁ。そこには妙な窪みが4つあった。『4つ』だ。そしてその形はアートマンの心臓、腕、瞳、手と同じ輪郭をしていた――これがどういうことだか分かるか?」
そこにはめ込む?
君達が返した言葉に、『そう!』と斉天大聖は声を張る。
「きっと何かが起こるに違いない!いや~こんなすごいこと見つけちゃったオレ様、マジ救世主だよな!」
斉天大聖は自慢げに顎を擦り、そして君達を見る。
「てなワケで、おまえ達は『遣い』だ。各国にこのことを伝えて、アートマンの秘宝を例の神殿に納めよって連絡する為のね」
ついでにオレ様の偉業も伝えてこい、だの言われて、斉天大聖の武勇伝はまだまだ続いた……。
[[トーデストリープ]]●トーデストリープ
そんなこんなで、君達の一団はワコクへの道を歩いている。
斉天大聖が集めた情報をまとめた書簡を、ワコクの大神ナギへと献上するのが君達の旅の目的だ。
道中は静かなものだった。
やはり鳥も、魚も、虫もいない。
もともと飼われていた馬や犬などは消えていないが、野生のものはヤンシャオの地から完全にいなくなっていた。
だがこの混乱も、君達の持つ情報によって解決されていくはずだ。
そんな希望を胸に、君達は馬に乗って街道を進み……日も暮れてきた中、小さな村が見えてきた。
今夜はあそこで世話になるとしよう。
皇帝勅命の証明書を有する君達を邪険にする民はいない。
宿に案内され、ささやかながらも歓待され、君達は心地の良い眠りに就いた……。
……。
……。
――「首を吊って死のう」。
真夜中の真っ暗の中だった。
そんな思いが、衝動的な感情が、君達の心から湧き上がる。
君達は屍鬼のように、無意識の中で寝台より身を起こしていた。
ゆらゆら、ふらふら。
君達は忘我のまま、首を括る為、帯紐や縄を手に取った。
――死のう。死のう。死んでしまおう。死ぬべきだ。死なねばならない。
死の衝動に衝き動かされ、かくして、君達は――……。
[[ヤンシャオ編第三章 リプレイ]]<image src=https://kamuinotami.works/creators/rpg/img/syumeru3.png width="80%" height="80%">
[[何でもない日に]]●何でもない日に
「ダメだ……全然思いつかない……どうしたらいいと思う……?」
冥界より生還したしばちー、ルドミラ、サファイア、瑞希よりの報告――エレシュ神の力が弱まっていることを知ったドーム神は頭を悩ませていた。
もはや一柱の神だけで事態を収められる状況ではない。
ゆえ、シュメルの地母神イナンナと冥界の女神エレシュが協力しあうべきだ、が、この姉妹女神、壮絶に不仲でして。
「おいしいものを食べれば、ちょっとは気持ちがホッコリするかもー……?」
「確かに、宴席でもてなして商談を有利に進める方法は有効ですわね」
しばちーの言葉に、商人ルドミラが頷く。
「女神様二人きりだと気まずくなるかも……周りに誰かいた方が……」
「いっそ皆でおもてなししながら楽しく遊んじゃう!?」
サファイアの提案に、瑞希が声を弾ませる。
そしてドーム神は閃いた顔でこう言った。「じゃあこうしよう」――
そこから日が経ちまして。
シュメル某所、麗らかな昼下がり。
「……ドーム、どこまで行くのだ?」
夫神の神使である羊の背に二人乗り、イナンナは木漏れ日の林の中を夫と共に進んでいる。
「そろそろだよ」
ほら、と木々の合間を抜けて――麗らかな日の注ぐ開けた原っぱ、カラフルな絨毯と飾り付けがされた空間。
絨毯の上にはナツメヤシのケーキ、香しいハーブのお茶。それはお茶会の光景で。
だがイナンナの表情が強張ったのは……
「遅かったな愚妹、姉を待たせるとは時間の概念すら忘れたか?」
「エレッ、シュうううッ……!?」
座っていたのは、冥界の女神エレシュ。
地母神イナンナが唯一頭の上がらない存在で。
「ドオオオオオオム! なぜッ! エレシュがッ! いるーッ!」
ドームの胸倉を掴んでブンブンブン。
夫は首をガックンガックンさせながら「まあ聞いてくれ」と『弁明』を始めた。
「君、ここのところ体調不良気味だったろ。心も疲れ切ってて。……エレシュ神も最近は具合がよくないんだそうだ、君のようにね」
「……エレシュも?」
夫を離したイナンナが片眉をもたげた。
「そうだ。各地で神の力が弱まりつつある……だからこそ、シュメルを護る為に、君達に協力して欲しいんだ。そう思って、話し合いの場を設けさせてもらったよ。堅苦しいと気を張っちゃうだろうから、こうやって楽しくお茶会をね」
ほら、デーツのケーキもあるよ。ドームはナツメヤシの実を混ぜた焼き菓子を見せる。
ニコ。
「……」
「……」
イナンナとエレシュは、デーツの焼き菓子から互いの顔へと視線を上げた。
「で? わらわに何か申し上げることがあるんだろう、イナンナ。冥界の女主人たるわらわは、あまり長く冥界を空けておくことはできんのだ、手短に済ませろ」
「冥界の女主人だろうが、地上(こっち)はわらわの領分。地母神たるわらわが主人ぞ。ならば先にこうべを垂れるのはおまえの方ではないか、エレシュっ」
「ふふっ……」
「何がおかしい!?」
「いや。あんまりにも必死すぎて健気だなあと」
「おまえなーーーーッ」
一触即発すぎる。
思わず息を飲む君達を、ドームが肘で突っついて小声で囁く。
「ほら、がんばって……二人の仲を取り持って、お茶会を楽しくするのが目的なんだから……」
――そう、それが君達のミッション。
ひとつ。
イナンナ・エレシュの仲を取り持ち、シュメルの為に協力体制を結ばせる。
イナンナとエレシュが直接やりとりすると剣呑なムードになりかねないので、各女神の言葉を聞き、あるいは引き出し、時には説得し、適切な言葉に変換して相手女神に伝える、いわゆるクッション役・伝言役になること。
ひとつ。
話し合いを円滑に進める為にお茶会を盛り上げる。
これはいわゆる空気作り。
芸をするとか、歌や踊りを披露するとか、音楽を奏でるとか、料理やお菓子を振る舞うとか、適度に女神へ空気が緩むような話題を振るとか。
そういうわけで。
シュメルの未来は、君達に懸かっている!
[[シュメル編第三章 リプレイ]]<image src=https://kamuinotami.works/creators/rpg/img/kc/04-b.png width="50%" height="50%">
<image src=https://kamuinotami.works/creators/rpg/img/kc/23-b.png width="50%" height="50%">
<image src=https://kamuinotami.works/creators/rpg/img/kc/24-b.png width="50%" height="50%">
<image src=https://kamuinotami.works/creators/rpg/img/kc/25-b.png width="50%" height="50%">
死――
死――
――その『違和感』に最初に気付いたのは、看破技術を持つシロセカだった。
「はぁっ!?」
縄を首にかけようとしていた自分自身に驚愕、縄を慌てて投げ捨てる。
同時に、この『状況』は魔獣学者としてどこかで聞いたことがあるような……と思い当たる。
(せや……ヤンシャオの妖怪『縊鬼』! コイツの仕業に違いない!)
それは生者を縊死させんとする亡者の妖怪。生者への怨念で動く危険な存在だ。
縊鬼の術を看破したことで、シロセカはやつの妖術の発生地点の方角に気付く。
窓から身を乗り出してそちらを見れば、遠く、古びた大木が見えた。
おそらくあの辺りだろう――と目星をつけた直後、宿の外をふらふらと歩いていた村人が一人、ぐるりとシロセカへ振り返った。
虚ろな表情で掴みかからんとしてくる――
「うおぉ!?」
思わず跳び下がり、慌てて窓板を閉める。
間一髪だった。
村人が窓板を叩く音がする。
村人のあの様子もまた縊鬼の妖術の仕業だろう。
そして目の前の子の村人一人だけが操られているとは思えない――おそらく、村全体が。
(せや……アヤゼニとありあは!?)
宿の部屋内へ振り返る。
そこにはさっきまでのシロセカのように、虚ろな表情のまま、自分の首を絞めようとしているタトゥーモヒカン・アヤゼニと天ケ谷ありあの姿があった。
「うわああああやめいやめいやめい!」
思わずアヤゼニの頬に平手打ち。
そのまま胸倉をつかんで乱暴に揺さぶる。
「アヤゼニしっかりせえ! これは妖怪縊鬼の仕業や! しっかりせえ~~~!」
「うう…… はッ。わいは一体!?」
再度のシロセカのビンタで、アヤゼニは我に返った。
赤い頬をポカンとした顔で擦る。
「説明は後ッ――」
呆然としているアヤゼニをひとまず置いて、シロセカは次いでありあへ。
アイドル志望のありあの顔面を叩くことは憚られたので、肩を掴んで「しっかり! しっかりしてください!」と必死になって呼びかける。
状況を飲み込んだアヤゼニも「正気に戻って!」と加勢してくれたことも相まって、ありあもまた縊鬼の術を克服することに成功した。
「っ……うう~~~、頭が変な感じです……なんで私、こんなことに?」
「それはかくかくしかじか……」
シロセカは、縊鬼が原因である旨を二人に知らせた。
「それでこないなことに……勝手に人の気持ちをいじくりおって、腹立つ~~」
「村人さんも様子がおかしいんですよね? どうしましょう……」
アヤゼニは顔をしかめ、ありあは不安げに二人を見た。
――かくして3人は原因調査をすべきだという結論に至ったのだが――
ここで致命的なミスを犯していた。
既に事態の原因が縊鬼であると看破できている以上、それ以上の理由を深掘りする必要はなかったのである。
一同は「催眠にかけられたのではないか」と思っているのだが、実際は催眠ではなく妖術の仕業だ。
また、村人はあくまでも縊鬼に操られているだけであり、村人側に原因は一切ない。
ゆえにこそ、だ。
「うーん……」
宿の台所に忍び込んだアヤゼニは首を傾げていた。
食事に原因があるのではといろいろ探ってみたが、怪しい点は何も見つからなかった。
見つかったのは明日以降の分の食糧や、朝食用の仕込み、調理道具などである。
もし食べ物が原因なら危険なので口にしないように、と仲間には言ったけれど……
(……小腹空いたな~……)
調べようがないし、という訳で干し肉を一口。
鳥獣がいないヤンシャオでは現在、肉や魚は貴重品も貴重品だった。
塩気があっておいしい。
噛み締めるほどに肉の味が染み出してくる。
「うーんうまい!」
なんて、のんきにやっていたその時だった。
暗闇の背後、迫る村人が、自我のない表情のまま包丁を振り上げており――
ずぎっ、と熱いような痛みのような鋭さがアヤゼニの右肩を襲った。
「うぐ ――!?」
振り返る。
宿屋の主人がアヤゼニの肩にヤンシャオ伝統の中華包丁をめり込ませている。
分厚い刃は骨を砕き肉を砕き、刃は深々とアヤゼニの肩に沈んでいた。
「うぎあああああああっ!」
状況を把握した途端に、襲いくるは激痛。
アヤゼニは遮二無二、宿の主人を振り払い、後ずさる。
ずる、と傷から刃が抜けた途端、おびただしい出血が起きる。
縊鬼の支配下にある宿の主人の顔に表情はなく、言葉もなく、ただ、血濡れた包丁をゆらりと構えた。
相手は彼だけではない、主人の妻や家族もまた、アヤゼニを襲わんと現れる。
(ま、まずい……!)
アヤゼニ達3人は今、それぞれの思惑で別々に行動していた。
独りでいるところを複数人で襲われるのは非常に危険だ。
……今の状況のように。
(皆のところに行かないと……!)
右腕が全く動かない。
血が溢れる傷を手で押さえ、脂汗を浮かばせて、アヤゼニは辛うじて厨房から、そして宿屋から脱出した。
今の悲鳴を聞きつけたか、外にもまた村人が、アヤゼニに攻撃の意志を見せて迫りつつあった。
幸いなのは動きが緩慢であること、武器らしい武器で武装していないことか。
(たしかシロセカさんは一番大きい家を調べてみるって言ってたな……)
血痕を大地に残しながら、アヤゼニは気力を振り絞り、夜闇に見える大きな建物へと走り出した。
[[ヤンシャオ編第三章 リプレイ②]]「うわあっ!? うわわ、うわああーーーー!?」
シロセカもまた、村人達に襲われていた。
一番大きな建物、すなわち村長の家は、それだけ住民も多かったのだ。
隠密や機知の技能などで工夫をすれば鉢合わせなかったかもしれないが、残念ながらシロセカはかくれんぼは得意ではなかった。
ゆえに、状況は残念ながら調べものどころではなくなっていた。
逃げるので精いっぱいだ。
腕っぷしには逆の自信しかないシロセカは、襲い来る村人を物理的にねじ伏せることもできない。
「ひいいい! すいません! すいません! 堪忍してぇや~~~~っ!」
泣きそうになりながら屋敷の裏手から転がり出る。……アヤゼニと合流したのはちょうどその時だった。
彼が重傷を負っているものだから、シロセカはヒュッと息をのむ。
「ちょっ……アヤゼニ!?」
「すまん油断した……!無事でよかった……」
「うわああああその傷ッ……」
「中華包丁でザクッと……右手が完全に動かん……これどうなってますの?」
「し、止血、とにかく止血せんと……うわ、骨までいわされてもうとるやないか……!」
手近な藪に隠れ、上着を脱いで裂いて作った急ごしらえの包帯で、シロセカはアヤゼニの応急処置をする。
医術の技能が役立った。
これで一先ずは血が流れ続けて行動不能になる危険性は減ったが、それでも予断は許さぬ状態で。
「これでよし……急いでありあを探さんと」
「村人をどないかでけへんか試してみるって言うてはったね」
ならば、と二人は村人に襲われないよう気を付けつつ、往来へと向かい始めた。
一方のありあは――
縊鬼の術にかかっている演技をして、村人をやりすごしていた。
おかげでどうにか襲われずに済んでいる。が。
(うう~~~ん、うまくいかないです……)
逆に村人を催眠できないかと、演技が崩れない範囲でさりげなく自分の魅力をアピールしているのだが、これが全くうまくいかない。
ありあの魅力が足りないから、ではなくて……純粋に、これが魅了や洗脳の類ではなく、呪術の類ゆえだ。
村人は縊鬼の術下にあり、彼らを正気に戻す為には、呪術の知識や説得の為の話術技能が必要である。
だがそこから更に(あるいは正気に戻すプロセスを飛び越えて)自分の魅了下に置く・催眠し洗脳するとなると、それこそ超自然的な魅了技術や、カリスマ的な話術・演説センスが必要となってくる。
とはいえ、襲われて負傷していないだけでも御の字か。
しかしこのままでは埒が明かない。
どうしたものかと途方に暮れつつ、さりげなく村人から距離を取り物陰へ……。
(ひとまず、皆と合流するべきですかね……?)
きょろ、と辺りを見回す。
そうすると「おーい」と物陰から小声で呼ばれた。
振り返れば、シロセカとアヤゼニが隠れている。
「シロセカさん、アヤゼニさ――……お怪我を!?」
アヤゼニの傷にありあは仰天する。
それもなかなか深い傷のようで、夜でもありありと見える血の色に、おろおろ眉尻を下げる。
「どっ、どど、どうしましょう、どうしたらいいですか?」
焦るありあを、「大丈夫落ち着いて……」と苦笑するアヤゼニがなだめる。
そして「どうしよう」の言葉に対する返答はシロセカが担った。
「正直……不利やな。この状況の根本的な解決は、縊鬼を退治することやろうが……」
一応、護身用として持たされた武器があるにはある。
だが、唯一の戦闘技能持ちであるアヤゼニは御覧の通り負傷しており、シロセカも
ありあも戦いに関する技能は持ち合わせていない。
正面から挑んだところで村人達に物量差で負けてしまうだろう。
――村人達をどうにか正気に戻し、こちらの戦力に引き込み、村人達に村人を正気に戻してもらいつつ、皆で協力して縊鬼を倒す、といった手段もあっただろう。
だが、今からのリカバリーは難しく、そもそも3人は、致命的なことに、戦闘を全く想定できていなかった。
しかし幸いなことに。
3人のそもそも役割は、今ここで縊鬼を倒すことではない。
――ワコクへ、かの国の大神ナギへ、皇帝エイセイの書簡を持っていくことだ。
村人達を、縊鬼の術下に置いたまま見捨てていくのはとても心苦しいが……仕方がない。
「……行こう、縊鬼まで出てきて脱出できなくなってもうたら、それこそ本末転倒や」
苦々しく言うアヤゼニに、シロセカは苦渋の頷きを返す。ありあは何度も村人達の方へ振り返りつつ……「分かりました」と弱々しく呟いた。
かくして3人は、夜闇に乗じて村から早急に脱出する。
追手はなかった。
薄ら寒い、死の気配を孕んだ冷たい風が、ひゅるりと足首を撫でていった……。
かくして、一同は無事にワコクに到着した。
アヤゼニについては重傷を負ってしまっていたので、道中の村の医師に預けて(命に別状はなく、ちゃんと治療すれば障害なども残らないとのことだ)、シロセカとありあでナギへの書簡を献上する。
ヤンシャオ皇帝エイセイからの書簡だ。
ナギが自らの手で、二人の手より受け取る。
「ご苦労だったね。大変な中、ありがとう」
「いいえ。ナギ様もご多忙な中……」
ありあはそう答えつつ、あの村での出来事を言うべきか悩んだ。
言ったら、ただでさえ大変な事態になっているワコクに更に迷惑をかけてしまうのではないかと思ったのだ。
それに、縊鬼のいる村はヤンシャオ国内だ。
ワコクの者らへ助けを求めるのは良くない気がする……。
「どうかしたか?」
「あっ!いえ……!」
ナギに問われ、ありあは笑顔で首を横に振った。
――歓待は受けず、急ぎの用事があるゆえと、シロセカとありあはとんぼ返りでヤンシャオへ帰還する。
あの死の村は、今も村人達が傀儡となり、旅人を待ち構えては死に誘っているのだろうか。
苦い帰路。鳥獣のいないヤンシャオの、墓場のように静かな道。
「死のう」と思ってしまった忌まわしい冷たさだけが、心の根っこにこびりついている。
[[第三章エピローグ]] 煌々と、沼地に落ちた『月』が、相対する者達を照らしている――。
「これは……、簡単には近付けなさそうですねえ」
ビリビリとした神気に後ずさりつつ、チャツネは「どうする?」という意図を込めた眼差しで仲間達を見る。
「どうにかヨミ様自身に目を覚ましてもらうしかないのう」
「でも、遠くからじゃ声も届きにくいで……?」
ミヤコとヨメゼニは白銀の繭の眩さに目を細める。
その輝きは美しいが、拒絶の力場だ。
だが、ここで退くわけにはいかない。どうにかヨミを目覚めさせねば。
「皆で頑張ろう」
イシュは仲間達を見回し、決意を込めて言い放つ。
ここにはワコク生まれもザンプディポ生まれもヤンシャオ生まれもいる。
今は国境など関係なく、心をひとつにする時だ。
――イシュの脳裏に過ぎるのは、ザンプディポに降った優しくも悲しい慈雨の景色。
正直、あの一件からまだ立ち直っているとは言い難い。
それでも……イシュは深呼吸をひとつ、気持ちを切り替え、前を見澄ました。
「今は私たちのできることを! ヨミ様を復活させるんだ!」
その気持ちはチキン佐々木も同じくだ。
「私に任せるチキン! ヨミ様の意識に届きそうなところがないか見てみるチキン!」
そう言って、彼はヨミを包む繭を凝視する。
ムムムムム……と集中して観察し、その看破技術で分かったことは、時おり力場の層が薄くなる箇所は確かにあるが、それは揺らぎ移ろい一定ではないということだった。
だがチキン佐々木が力場の観測を続ければ、ぐっとヨミに近付きやすくなるだろう。
では次にと、一同はどうすればヨミの心に言葉が届くかを考える。
「わしは小さな頃からずっと、神に捧げる舞や唄を教わってきた。音と踊りにはきっと力がある……神々の心をも動かせるはずじゃ」
提案するのはミヤコだ。神楽師である彼女は、誰よりも音と踊りの力を知る。
ならばとイシュが力強く頷いた。
「わたし、衣装を作ります。とびっきりの!」
「……今ここで、ですか?」
この状況でそんなことができるのかとチャツネは片眉を上げる。
「できます。いいえ――やってみせます。わたし、プロですから」
凛然とイシュは答え、既に生地と裁縫道具とを取り出していた。
アイデアはもう思いついている。
「私も手伝うチキン!」
「わしも、できることがあれば言ってくれ」
得意気に胸を叩くチキン佐々木、真剣に身を乗り出すミヤコに、イシュは「ありがとうございます」と笑顔で答え、手伝いを頼んだ。
「あ……佐々木さん、羽根を少しもらってもいいですか?」
「どこでも持ってくチキよ!」
「助かりますー! それと……チャツネさんは宝石商でしたっけ?」
チキン佐々木のもっふりとした尾羽を少しわけてもらいつつ、イシュはチャツネを見た。
「そうですけど……」と手の中で透明な宝玉を転がしている彼に、イシュはパンッと両手を合わせて頭を下げた。
「お代は後でどうにかしますからっ……宝石、ちょっと貸していただけませんか!? 衣装の装飾に使いたくてっ……」
「……。高くつきますよ~?」
冗句っぽく笑って(まあ半分は冗句ではないが)、チャツネはイシュに宝石を貸すことを了承する。
――そうして。
魔法のような手際。
糸と針と鋏が生地という舞台で踊り、美しく荘厳な衣装ができあがる。
動きに合わせてチキン佐々木の羽根が揺れ、散りばめられた宝石がキラキラ輝く、まさに舞踏者の為の礼装だ。
ヤンシャオ民のチキン佐々木の羽根、チャツネが持ってきたザンプディポ産の宝石、それをワコク民であるイシュが服に仕立てるという、三つの国の合作的芸術でもある。
「おお……ピッタリじゃ!」
着付けてもらったミヤコは感動に目を輝かせ、その場でくるりと回ってみせる。
「かように美しい礼装は初めてじゃ……この服に恥じぬ舞を奉納せねばのう」
これはただの服ではない、イシュの想いが込められた芸術品だ。
ミヤコも身が引き締まる思いである。
「すっごいチキ! 綺麗チキン~~~~!」
チキン佐々木はぱふぱふ翼で拍手をして感激している。
(……すっごく高く売れそう~……)
一方、根っからのあきんどであるチャツネは職業病的にそう思ったが、今はグッと言葉を飲み込んだ。
さて。
衣装をまとったミヤコ、イシュはヨミへと向き直る。
「ナビゲートは任せるチキン!」
チキン佐々木の看破術を頼りに、ミヤコとイシュは互いに頷き合うと、息を合わせ――神楽を舞い始める。
ワコクに伝わる、神への感謝を捧げる歌を、高らかに声を調和させて歌う。
ミヤコの神楽技術を、舞踊と変装が得意なイシュが完璧にトレースする。
一糸の乱れもそこにはない。
「――♪」
羽衣がたゆたい、天女の如く。
歌が響き、鈴が鳴り、大地を踏む音すらも音色となる。
乙女二人の声は美しく、天上の至高の調べ。
神の心へ訴えかけるそれは神秘の力となって、跳ねのけんとする繭の反発を和らげる。
チキン佐々木も、二人を引き立てるように羽を広げて舞い踊った。
彼もまた舞踊は得意であった。
その看破の技術で反発の弱いところを見極めて、仲間達を導いていく、さながら風見鶏か。
チャツネは、舞いながらヨミへ近付いていく仲間を見送る。
ヨミの繭が放つすさまじい光を逆光に、シルエットだけ見える3人は、神秘的に美しかった。
まるでこの世のものならざる幽玄の、金で価値をつけられぬ光景で。
さて、ボーッと見ているワケにもいかない。
舌先と審美眼で生きているチャツネに踊りの自信はないが、できることはある。
宝石商は大粒の宝石をひとつ取り出した。
不純物のほとんどない、それは見事な宝石だ。
それをヨミの繭の光にかざす――きらきら、ちかちか、反射させる。
それは光の反射を用いた信号だ。
輝きは言葉となり、彼方のヨミへメッセージを届けんとする。
近付かなければ届きにくいが、そこはトライアンドエラーだ。
短いメッセージを何度もヨミへと繰り返す。
一方で――
ヨメゼニは持参した道具で料理を作っていた。
彼女もまた、イシュと同じくパルジャニヤの献身を見届けた者だ。
あれ以降、ザンプディポの民の為に炊き出しを行っていたのだが、飛来したニャンニャンよりワコクの緊急事態を知り、今こうしてワコクの地に居る。
彼女が小鍋で作っているのはニンジンのスープだった。
ヨメゼニは料理人だ、ミヤコのような神楽技術も、チャツネのような話術も、イシュのような服飾技能も、チキン佐々木のような端広い器用さもない。
だからヨミに近付くことも、説得もきっと難しい。
それでも――
(わたしは料理人……これしかないから、これを貫く!)
ザンプディポから持ってきたスパイス。
ワコクで採れた食材各種、特にニンジンはとっておきの甘いもの。
――水は、パルジャニヤがその魂を引き換えに降らせた奇跡の雨雫。
そこに、ヨメゼニは想いを込める。
料理は愛情、真心、誰かの「おいしい!」という笑顔の為。
パルジャニヤの一件があるだけに、ヨミまで喪ってしまっては――とヨメゼニは強く想っている。
ザンプディポから持ってきた雨神の恵みである水がほこほこ煮立っているのを見つめながら、その湯気を顔に浴びながら、ヨメゼニは願う。
(パルジャニヤ様……どうかヨミ様を護って……!)
[[ワコク編第三章 リプレイ②]] ヨミの意識は、微睡みの中にあった。
こんなところで眠っている訳にはいかないのに――
雨神パルジャニヤの遺志を無駄にする訳にはいかないのに――
もっとがんばらないといけないのに――
ワコクの皆を護らねばならないのに――
せめて、せめて、このアートマンの心臓だけは、護りきらねばならない。
たとえ自分の命を引き換えにしたとしても――……。
――。
だけど。
「それは駄目だ」と、声が聞こえる。
「そんなことをしないで」と、願いが聞こえる。
「目を覚まして」「大丈夫だから」「あなたは独りではないから」――
「――いつもありがとう」
優しく、寄り添い、あたたかい、声。
音色と共に、歌となって、心の中に染み込んでいく。
それから漂ってくるのはいい香り。
スパイスの効いた、食欲をそそる、素敵な……おいしそうな香り。
ヨミは目蓋を薄らと開けた。
ちかちか、その目に届くのはかすかな光。その光は言葉だった。
「ワレワレ人間モ共ニソノ荷ヲ背負ウ」――遠く、宝石が伝えるメッセージ。
「ヨミ様~聞こえてる~? 早く起きてや~! みんな待ってんで~!」
更に聞こえる、そんな声。
カンカンとオタマで鍋を叩く、食事に誘う料理人の声。
ヨミは瞳を開いた。
その視界いっぱい、彼女を覗き込んでいたのは、一羽の鶏。
にわとり。
なぜ鶏がここに。ヨミが面食らって目を丸くした瞬間。
「おはコケええええええええぇぇぇい!!」
チキン佐々木の大きな声が、ヨミの意識を覚醒させた。
「っ!?」
驚いて跳び起きるヨミ。真ん丸な目で見回せば、すぐ傍にチキン佐々木、ミヤコ、イシュがボロボロの姿で彼女を覗きこんでいた。
「ヨミ様、ご無事で……!」
「よかったー……!」
ミヤコとイシュがほっと安堵の笑みを浮かべる。
ヨミは上体を起こしたまま状況を把握して――ミヤコ達が、ヨミの神気に傷つきながらも傍まで来て、自分を目覚めさせてくれたことを知る。
途端、神は不甲斐なさと申し訳なさで顔を歪めた。
「っ……すまない、こんなにボロボロになって……私のせいで……!」
「ボロボロなのは……ヨミ様も同じではないですか」
ミヤコはそっと微笑む。
ヨミがワコクの為に粉骨砕身尽くしてくれていることを知らぬワコクの民はいない。
「ヨミ様が無事でよかった……よかったですぅう~~~~……!」
イシュは安心したら涙がこみあげてきて――パルジャニヤのことがあったから猶更――その場に座り込んで、わあっと泣き始めてしまった。
ミヤコはその肩を抱いて喜びと安堵を分かち合う。
イシュの仕立てた衣装は、ヨミに近付く最中にボロボロになってしまったが、それは奮闘の証。
見窄らしいどころか、誉の証であった。
「ヨ~~~ミ~~~さ~~~ま~~~!」
そこへ小鍋を手に走って来るヨメゼニ。
はあはあと息を弾ませ、鍋の中身をよそった椀と匙を差し出した。
「こちらをどうぞ!」
それはニンジンのスープだ。
ヨミはおろおろしつつ、だが差し出された料理を無下にする訳にもいかず、民らも期待の目で見ているから、思わず匙を手に取っていた。
「い……、いただきます」
ふわり、いい香り。
そっと、口に運ぶ。
優しくて、あたたかい味。ニンジンの甘味を引き立てた、極上の味。
「……、」
ぽろ、とヨミの目から涙がこぼれた。
ありがとう。
すまない。こんなに傷ついて。
こんなに一生懸命になってくれて。私は神なのに。不甲斐ない。申し訳ない。
色んな気持ちが込み上げてくる。
ぐるぐるして言葉にならなくて――そんなままならない気持ちを、おいしいスープが優しく包んで、すっと鎮めてくれて。
「おいしい……」
こんなにおいしいものがこの世にあるなんて。
ぽろぽろ、ヨミは涙をこぼしながら、優しいスープを頂いた。
何度も「ありがとう」、と口にしながら。
見守る民らもまた、笑みを浮かべる。
――神は孤独ならず。
――人は無力ならず。
支え合い、共に歩めば、きっと……その先には、光があるはずで。
[[第三章エピローグ]] お菓子にお茶、かわいい飾りつけにぽかぽか陽だまり、ふかふか原っぱ。
――これだけなら、「なんて素敵なロケーション!」と喜べたのに。
「え~~~~っ……とぉ~~~……」
瑞希は笑顔をひくつかせた。
隣に居るしばちーも似たような表情だった。
2人の視線の先にはシュメルの偉大な姉妹神がいる。
地母神イナンナ、冥界の女主人エレシュである。
向かい合うように座した二人の女神の間には、お菓子やお茶が置かれており、距離も離れていないのだが……そこには久遠の隔たりがあるように感じた。
睨み合った姉妹間の空気は冷え切り、凍てつき、容赦なく火花が散っている。
つまりは、物々しい。胆の小さい者であれば、空気感だけで胃痛がして倒れていただろう。
だが――
(ここでエレシュ様とイナンナ様を和解させて協力させないと、シュメルが危ない~……!)
しばちーはグッと息を呑んで覚悟を決める。
瑞希へアイコンタクト。
彼女もコクリと頷いた。
「えーと……まずは一杯! 飲みましょうよ! とっておきのハーブティーをご用意したんですよっ」
瑞希は錬金術師だ。
薬草や調合は得意分野である。
その知識と技術を総動員させて調合したのが、今回のお茶会のハーブティーだ。
ふんわりと花の香りが漂う華やかでゴージャスな逸品である。
黄金色の水面には花の蜜をひとたらし、更に砂糖漬けの花を浮かべ、見るだけでも素敵な気持ちになれる一杯に仕上げた。
「茶器は私が見繕いました、シュメルの市場で見つけた掘り出し物ですよー」
言葉を継ぐのはしばちーだ。
ミステリーハンターとして研ぎ澄まされたお宝発見審美眼で発掘してきた代物である。
ヤンシャオから伝来したそれは、うっとりするような白磁に、ヤンシャオ情緒を感じさせる美しい文様が色鮮やかに描かれている。
シルエットも優美そのもの、その曲線のなんと妙なることか。
花びらのように薄く仕上げられた技術には舌を巻く。
「……」
「……」
イナンナとエレシュの沈黙が重なった。
お互い、先にがっついた方が負けだと思っているし、相手が先にがっついたら皮肉の一つでもブッ刺してやる心算だった――が。
「うん! すごくおいしいねえ! 華やかな香りと染みわたるようなスッキリとした味わい……それでいてコク深い……流石だねえ!」
ドーム神が先んじてお茶を飲み、あえて空気を読まない朗らかな笑顔を浮かべる。
「イナンナも飲んでごらん、おいしいよ」
あくまでも夫として妻においしいものを勧めたというていで、イナンナへ促す。
となれば空気的にもイナンナは断ることができず――「う、うむ」とお茶を一口。
「……む、!」
ふわりと鼻と喉へ抜けていったのは、まるで花畑に吹く優しいそよ風のような。
眉をもたげたその仕草で、イナンナが美味と感じたことは明白だった。
よし。
――瑞希は心の中でグッと拳を握り込む。
ここで女神の口に合わぬものを出したら命はなかったろう、多分。
「そのお茶はですね! リラックス効果のあるハーブで作ったんですよ。スッキリしてホッとするでしょう?」
「うむ……いいお茶だ。心が安らぐ……まるで花畑で寝そべるかのような」
「ふふふ!そうでしょうそうでしょう!ささ、よかったらナツメヤシのケーキも!シュメル特産のデーツをたっぷり混ぜ込んだんですよっ。こっくりとした甘みはきっとお茶にも合いますよ!」
ここぞと瑞希はイナンナの傍で笑顔を振りまく。
彼女に促され、イナンナは四角く焼かれたナツメヤシのケーキを一口。
しっとりとした生地はシンプルな味わいながら、デーツと砂糖のコク深い甘みと味わいが素敵だ――お茶がすっきりとしているから、ケーキの甘さが嫌にならない。
「おいしい! 見事な味わいだ!」
イナンナは表情を華やがせた。
瑞希としばちーは嬉しそうにする。
接待だからではなく、自分達が丹精込めて作ったものをおいしいと喜んでもらえるのは、素直に嬉しいのだ。
「ケーキは二人で一緒に焼いたんですよー。ドーム様にレシピを教えて頂いて……エレシュ様もいかがですー? がんばって作った自信作なんです、是非ともー!」
しばちーはエレシュへパスを送る。
姉妹間で口喧嘩が起きないよう、イナンナと瑞希がシュメル地方のハーブの話で盛り上がっている今の内だ。
「……頂こう」
神として、人間からの善意の供物は無下にできない。
冥界の女主人はそっとハーブティーに口をつけた。
しばちーはドキドキした緊張でエレシュを見つめる。
一口をゆっくりと飲んだエレシュは、カップを置いて――
「うん、おいしい」
柔らかな声音で言う。
しばちーはホッとした。エレシュは厳格ではあるが、人間に対し理由もなく残酷という訳ではないのだと確信する。
「そこのおまえ」
そんなエレシュから急に話しかけられ、しばちーは「はい!?」と背筋を伸ばした。
「何か噺の一つでもないか?」
「噺――では、私がミステリーハンターになった理由である、ヌマンガについて……」
――あの日、しばちーは巨大なヌマンガを見た。
「ぬぅまんがぁー!」の鳴き声で飛び起きた視界に、山が映って――いいや、山ではなかった。
山のように巨大なヌマンガだったのだ。
その時のしばちーは遠く離れていたのだが、『遠く離れても』なお、ハッキリと見えるほどそれは大きな姿をしていた。
なんでも、ヌマンガは通ったところの草木を食べてしまうという。
だがフンをして、そこは肥沃な大地となる。
そのヌマンガはシュメルの大地に上陸し、とある牧草地で折り返したらしい、そこには光るものがあったとか……。
なおヌマンガの尻尾は美味である。
それに、尻尾はすぐに生えてくるんだとか。
「他にもですね――」
好きな分野、好きな話題となると、ついつい前傾姿勢で早口になってしまうのはマニアのサガ。
目をキラキラさせて楽しげに話すしばちーの様子に、エレシュは柔らかな眼差しで相槌を打っていた。
「全く……」
そんなエレシュを遠巻きに、イナンナはケーキを頬張りつつ溜息を吐く。
「なぜ人間にはマトモに対応できるのに、わらわにはあんなにもトゲトゲしくて可愛げがないのだ」
「う~ん……お姉ちゃんってそういうもの、なんですかね?」
こう、身内だからこそ厳しく当たってしまう、みたいな……と瑞希はろくろを回すような仕草をしながら言う。
「もしかしたら、エレシュ様のイナンナ様への言動は、期待の裏返しってことなんですかね?」
「わらわ褒められて伸びるタイプだ!」
「イナンナ様にも立場というものがありますもんね、いくら妹とはいえ……」
「そうだそうだ!」
イナンナはプンプンしているが、おいしいお茶とケーキ、そして聞き役のおかげで感情が爆発まではしていない。
瑞希はチラッとエレシュの方を窺い見た。
イナンナの愚痴は聞こえていたようで――まさに地獄耳――冷然とした目がイナンナの方へ向けられている。
やばいかも、と瑞希は血の気が引くような心地がした。
きっとエレシュはイナンナに何か言うに違いない、「褒められたいならそれ相応の振る舞いを」だのなんだの――
(どうしようどうしようどうしよう)
慌てて、焦って――気が付いたら、瑞希は声を張り上げていた。
「あの!! お二人はっ!! なんで仲良くできないんですかっ!?」
瑞希は楽しいことが好きだ。
ギスギスした空気は嫌いだ。
思わず、その想いを言葉にしていた。
エレシュが、イナンナが、目を丸くする。
瑞希の方を見る。
「わ、私はっ……お二人が仲良くしてる方が、嬉しいですっ」
言ってしまったのだ、もう言いたいことを言ってしまえ。
それで姉妹神からとやかく言われようと、瑞希は『そう』思ったのだから――心は、神にだって止められないのだから。
「……」
「……」
姉妹神は口を噤み、互いを見た。
先んじたのはエレシュだった。
「と、この民は申しているが?」
「……エレシュがいつもわらわに棘っぽいことばかり言うから」
「民に夫に十二分甘やかされているだろう、飴ばかりではおまえは傲慢さを助長させる。だから妾はおまえの鞭になっているのだ」
「……」
「傲慢の果てにかつておまえが冥界で働いた狼藉、忘れてはおるまいな?もしシュメルの生と死の均衡が崩れたら、この国はどうなっていた?」
「ウグ……だがあんまり厳しすぎるといくら正論でも聞きたくなくなる! 飴と鞭の理屈は分かるがバランスってのがあるだろう!」
「はぁ……。まあ、一理ある。言いたいことは分かる」
エレシュがここで反論をグッと飲み込んだのは、傍らに居る民らの気遣いと努力に免じてだ。
それはイナンナも同様。
これ以上まくし立てることはせず、額を押さえて感情を鎮める。
「どっちが悪いとか、どっちが謝るべきだとか、そういう追及するのは野暮だよね」
うまく間を取り持ったのはドーム神だ。
しばちーと瑞希に感謝の笑みを向けてから、彼は続けた。
「今話し合うべきことは、シュメルの現状についてだ。各国でそうであるように……君達姉妹の力にも異変が起きている。そしてシュメルの大地にもだ。神として現状を看過はできない、そうだろう?」
「ああ、全くだ。此度の事態、流石に妾一人でどうにかするのは不可能だな」
エレシュが素直にそう言い、眼差しをイナンナにやる。
妹神も、寸の間のあとに「わらわも同感だ」と頷いた。
「なら、必要なのは君達の協力じゃないかな」
ドームが姉妹を見比べる。
女神らは、正面の女神を見据える。
そして。
「だ、そうだ。どうするイナンナ?」
「決まってる。――地母神イナンナとして申し出る。冥界の女主人エレシュよ、わらわを手伝うのだ」
「……ふん。まあ、及第点だ。いいだろう」
言葉振りこそこうではあるが、その表情と眼差しに鋭さも険しさもなかった。一柱の神への敬意が合った。
――エレシュ・イナンナ姉妹女神が、協力の意を示したのだ。
「……!」
しばちーと瑞希は互いに視線を合わせ、パッと笑顔を浮かべた。
次いで心にどっとあふれる安心に、やれやれよかったと息を吐く……。
かくして女神達の話し合いが続き、夕暮れが近付いてきた頃、お茶会はお開きとなった。
しばちーと瑞希はドーム神の遣いである羊に乗せられ、銘々の家へと送られている。
「はあ……どうにかなりましたねー」
シュメルの地平線に向かっていく太陽に目を細め、しばちーが言う。
「本当に。これでシュメルは大丈夫になってくのかな? なってくといいな!」
瑞希もニコリと笑みを浮かべ、声を弾ませた。
――エレシュとイナンナは、力を合わせてマナをシュメルの大地に送ることを決定した。
これでしばらくはシュメルの大地が不作に苦しむことはないだろう。
だがこの手段は永遠には続かず、神の生命力たるマナを送り続ける関係上、二神はほぼ拘束されることになる。
根本的な解決を見つけねばならないが……この措置は、それまでの生命維持だ。
さて、茶会の中で、エレシュがこんなことを言っていた。
それは創造神が眠りにつく星辰の話。
噂程度の知識なので詳しくは分からないが、各国の凶事はそれが関係しているかもしれないらしい。
解決は未だ。しかし、前進は確か。
明けぬ夜はないと、人間達は前を向く。
[[第三章エピローグ]] 日照りが続いたザンプディポに、優しい雨が降り続ける。
(まさか、こんなことになるたぁな……)
雨の中、木こりのキリコは森の中を歩いていた。
(久々だな、雨のザンプディポを歩くのは……)
空を見上げる。
この雨は不思議なもので、濡れても体が冷えて具合が悪くなることがない。
まさに神が成した奇跡の雫であった。
しばし――上を向いてその顔に雨を浴びて。溜息をひとつ。
キリコは担いでいたまさかりをその手に持った。
彼がいるザンプディポの森は、長らく続いた日照りのせいで大打撃を受けてしまっていた。
多くの木が枯れ、土も荒れてしまった。
ゆえに彼はここのところずっと、枯れてしまった木の伐採を行っている。
森の手入れという木こりの大切な仕事だ。
――死んでしまった木を切り倒していく。
まさかりを振るい、熱がこもっていく筋肉を、神の雨が心地よく冷やしてくれる。
まるでパルジャニヤが労うように。
「……、」
パルジャニヤからアートマンの心臓を取って来て欲しいと頼まれたあの日のことが、つい昨日のように感じる。
大蛇を倒し、仲間と共に重い宝玉を担いで……。
あの時は、こんなことになるなんて思いもしなかった。
――今日はパルジャニヤの弔いの為の宴が開かれるそうだ。
しめやかなものではなく、ザンプディポらしく歌と踊りが盛大に開かれるという。
東も西もなく神々も集まり、それはきっと賑やかなものになるだろう。
だが、キリコには仕事が山積みだった。
枯れた木が倒れて誰かがケガをしては困る。
荒れた森を放置して、残ったものまで失われては困る。
森は人々の生活の基盤だ。木と人間の調和を取り持つ者、それが木こりである。
「ふーーー……」
キリコは一つの木を切り倒し、呼吸を整える。
パルジャニヤのおかげで、木が全て枯れることはなかった。
生き残った木は、きっとパルジャニヤからの賜りものだ。
護り抜いていかねばならぬ。
キリコは森を護る為にも『仕事道具』を振り被った。
それこそが、かの雨神に対するキリコの最大の敬意にして弔意であった。
こーん、こーん――
まさかりの音が、雨の音の中で響く――……。
ワコクの薬師ヤシコは、薬研を用いて薬草を粉にしていく。
ごりごりと薬研の音と共に、窓の外から聞こえるのは柔らかな雨の音。
不思議と、ただの雨よりも心地よく耳に響く音。
彼女はワコクの民だが、パルジャニヤの『あの一件』以来、ザンプディポに滞在し、薬師として民らに尽くしていた。
雨が降ったとはいえ、長らく続いた日照りはザンプディポの民を弱らせていた。
病を治すだけが薬ではない、体の調子を整えるものだってある。
それにヤシコは医術にも精通していた。
滞在から長い時間が経っているわけではないが、それでもヤシコは受け入れられ、民らから深く感謝され、ヤシコ自身もザンプディポの日々に馴染み始めていた。
現在、彼女はパルジャニヤ神殿最寄りの村で空き家を貸してもらい、そこでささやかな診療所を開いている。
「ワコクのセ~ンセ」
部屋にひょっこり現れたのは、この村の少女だ。
脱水で衰弱しきっていた彼女は、ヤシコのおかげで家族もろともすっかり元気になっていた。
「はぁい?」
もうすっかり「ワコクのセンセ」がヤシコの呼び名として定着していた。
ヤシコは優しい笑顔で少女に振り返る。
「そろそろ神殿行こおーってみんな言うてるよー」
「ああ―― そっか、『今日』だったね」
手元の道具を片付けながら、ヤシコは小さく笑った。
今日はこれから雨神パルジャニヤを弔う宴が神殿で開かれる。是非とも来て欲しい、と民や神官達から強く希望されたこともあり、ヤシコもそこへ赴く心算だった。
[[ザンプディポ編第三章②]]
それらの少し前のこと。
ニャンニャンは雨のザンプディポを複雑な心境で飛んでいた。
雷の制御ができなくなったニャンニャンが、ザンプディポの民に救われたのはつい先日のことだ。
ゆえ、彼らのザンプディポにお礼をしようと思っていたのだが……悲愴な空気に、女神は目を伏せる。
それでも、何もしないわけにはいかなくて。
民らが雷に打たれる危険や恐怖を乗り越えて、自分を救ってくれたように。
「……なにか、ニャンニャンにできることはないか?」
ひらりと濡れた大地に降り立ち、女神は問う。
そうすると、民らは顔を上げてこう言った――
「どうかワコクをお守りください」
ニャンニャンは目を丸くした。
「なぜワコクなのだ?」
ここはザンプディポ。
なぜここでよその国の名が出てくるのか、ニャンニャンにも予想がつかなかった。
女神の問いに、民らはこう答えた。
――この雨は、ワコクの民らが「もう一度パルジャニヤ様を信じて欲しい」とザンプディポの民を鼓舞し、その願いが雨神に届いたからである。
彼らがいなければ今も雨は降らず、ザンプディポ中に干からびた死体が転がっていたに違いない。
それだけでなく、一部のワコクの民は今もなお、ザンプディポの為に身を粉にして尽くしてくれている。
されてばかりでは申し訳が立たない。
自分達も何か、彼らにお礼がしたい。
ゆえにこそ――彼らの故郷であるワコクを、どうか守って欲しい。
「……わかった。おまえたちの願い、しかと聞き入れた」
ニャンニャンはしっかと頷くと、再び空へ。
女神はその途中でザンプディポに残っていたワコクの民・ヨメゼニも拾い、ワコクを目指して天を駆けた――。
●
鮮やかに飾られたパルジャニヤ神殿。
雨音を伴奏に、楽士達が銘々の楽器を奏で始め、民らが濡れた手足を躍動させて踊り始める。
ザンプディポらしく、そのリズムはしめやかで哀しいものではなく――賑やかで愉快で楽し気で――それはまるで、天のパルジャニヤに「私達は元気だから心配しないで」「あなたのおかげで私達はこんなにも生きている」とメッセージを伝えるような。
そこに東も西もない。
老若男女、信仰の違いもない。
手と手を取り合い、同じリズムで、大地を踏めば濡れた大地が飛沫を散らす。
色鮮やかな衣装をまとう人々が踊るその景色は、まさに千紫万紅の花畑。
天の神にもこの色彩が届くように。
――嗚呼、亡きパルジャニヤに感謝を。
ハヌマーンはその光景を眺めながら、注がれる酒を口にしていた。
(さーて……どないしたもんかな……)
ハヌマーンは兄弟分である斉天大聖――ヤンシャオにて皇帝エイセイの頼みで動いているとか――より、ある情報を知らされていた。
曰く、シュメルの地に不思議な神殿があるという。
そこにアートマンの宝石を収めるのだろう窪みがあるのだとか。
そこに各地の宝石をはめれば、何かが起きるやもしれぬ。世界的な災禍が鎮まるやも。
……といった情報だ。
なんとかそこに一枚噛むことができれば、今後の神々の中でイニシアチブが取れるのだが……上手く恩を売ったことにすれば、ザンプディポの東西統一だって夢ではないはず……等とハヌマーンは画策している。
とはいえザンプディポは今のところ平和になったし、ヤンシャオでは斉天大聖が既に活躍しているし。
何かしら介入をするとしたら比較的隣国のシュメルか、今回の一件で縁ができたワコクか……さて、どう動いたものか。
(うわ~~~……アレ絶ェッ対悪だくみしとる顔やろ……)
ガネーシャの巨大な杯に酒を注いでやりながら、ムシカは遠巻きにハヌマーンを見て、内心で溜息を吐いていた。
(パルジャニヤ神が死んでもうたってえのに不謹慎なやっちゃな……)
これは主たるガネーシャに一言忠言しておいた方がいいのだろうか。
だが「折角の酒の席で!」だの怒鳴られるのは面倒臭いし。
(まあ……とりあえず今は……)
パルジャニヤを偲ぼう、この雨を喜ぼう、それが今すべきことだ。
ムシカはそう結論付け、彼の為に用意されている小さな小さな杯で酒をぐっとあおった。
一方のシヴァ――この宴の場で最も位の高い御座に座している――は、隣のパールヴァティを何度も横目に窺っていた。
パールヴァティは用意された馳走にも酒にもほとんど手を付けず、目の前で繰り広げられる踊りに参加することもなく、どこか気だるげな眼差しで、頬杖を突いてぼうっとしている。
そうしてたまに溜息を吐く。
最初こそ――シヴァは、妻がパルジャニヤが死んだことを憂いているのかと思っていたが。
どうも、そうではないような気がしてきた。
では、パールヴァティの憂いの理由とはなんだ?
(……オレ、なんかしたっけ?)
シヴァはパールヴァティ第一で動いている……少なくとも本人はそのつもりだ。
妻の機嫌を損ねるような変なことをした心当たりはない。
いや、あるっちゃある、ガネーシャの頭の件か?
いやでもそれを今更?
ストレートに「どうして憂いているのか」と尋ねるのも憚られる。
女というのは察してあげないとダメなのだ。
男は解決を求めるが女は共感を求める、というのはなんか神官だか民だかが言っていたような気がする。
ここで一手をミスればパールヴァティはますます辟易することだろう。
ぐぬぬぬぬ。シヴァは考えた。考えに考えた。
そして。
「パールヴァティ、我が最愛よ、……踊るか?」
そっと立ち上がり、妻に片手を差し出した。
後ろではザンプディポらしい賑やかで楽しげな音楽が奏でられて、人々が歓声を上げて手拍子している。
シヴァの作戦はこうだ。
一緒に踊っていい感じのムードを作って、それとなく憂いの理由を聞き出す、あるいは憂いそのものをどーにか有耶無耶にしてしまう。
だがここで「ンな気分じゃねーんだわ」と手を払われたら一巻の終わりだ。
シヴァは努めてなんてことない顔をしているが、内心心臓バクバクであった。
かくして。
「ああ、――ええそうね、パルジャニヤの為だもの」
よその男の為に……というのは気に食わんが、とりあえずセーフだ。
シヴァの手を取ったパールヴァティの手を引き、破壊神は安堵と共に宴の真ん中へ――偉大なる夫婦神の来訪に、宴もわあっと盛り上がる。
二人の為の場所が開く。
そうして夫婦神はリズムに乗って踊り始めた――滅多に見られぬ光景だ。
原始と根源を感じさせる神秘の舞踊。
生命力に満ち溢れた雄大なる躍動。
人々の目がそこに集まる。
喝采が増していく。
夫婦は目と目を合わせ、微笑を交わした。
だが、その時であった。
唐突に、パールヴァティの体から力が抜ける。
「おい――おい、どうした!?」
驚いたシヴァが妻を抱きとめる。
肩をゆすり、必死になって呼びかける。
だが女神は目を閉じたまま、起き上がることはなく。
生きてはいる、だが眠りに落ちたまま目覚めないといった様子だ。
音楽も止まり、辺りには動揺とざわめき。
シヴァの顔にもどんどん狼狽が広がった。
「これは……なんということだ……パールヴァティのマナがほとんど失われているではないか……!」
マナとは神々の血や生命エネルギーのようなものだ。
もしや全国的な神々の弱体化とは、マナの欠乏に起因するのか。
だとしたら――もしかしたら――衰弱したパールヴァティが、雨神のように死んでしまう可能性も?
「パールヴァティ……パールヴァティ……――うおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
破壊神の慟哭の怒号が、ザンプディポの空気を地鳴りがするほど震撼させた――
[[第三章エピローグ]] シュメル。
お茶会を終えて、エレシュ冥界神は冥界へ、イナンナ地母神は地上の神殿へと戻る。
エレシュは地下から。イナンナは地上から。
それぞれが、シュメルの大地へとマナを通わせ始める――自らの生命力の一端を、シュメルという国に満たし始める。
かくしてシュメルの大地は『延命』された。だがそれが『永遠』ではなく、女神達にとっては身を削る行為であることは、しばちーと瑞希によってシュメル国民へと伝えられる。
では具体的な解決策とは。そんな折に、ヤンシャオより書簡を持った使節団がやって来た。
使節団には、しばちーと瑞希がお茶会で聞いた情報が共有される。
それは、創造神が眠りにつく星辰の話――。
ワコク。
ここでも、シュメルのように神が儀式を行わんとしていた。
大神ナギの眼前には、ヨミによって無事に届けられたアートマンの瞳と心臓が並ぶ。
ナギの手がそれらに触れた――遥かザンプディポの、雨神のマナの残滓を。
愛娘ヨミのひたむきな想いと人間への感謝を、感じ取る。
大いなる神は隻眼を閉じた。
秘宝からマナを、神々と人々の想いを抽出し、それを自らの力へと変えていく。
その力をワコク全土へ。震える大地を、鎮めていく――。
儀式に専念しているナギに代わり、ワコクを取り仕切るのはヨミだ。
ミヤコ、チャツネ、イシュ、チキン佐々木、ヨメゼニより鼓舞を受けた彼女は、凛然とワコクの為に尽力する。
ザンプディポ。
パールヴァティがマナ欠乏で昏倒して以来、シヴァは彼女の傍から離れない、動かない。
他の神や神官が声をかけても「ならば我が妻を目覚めさせる方法を持ってこい!」と音圧でぶっとばされるほど怒鳴るので、迂闊に近付くこともできない。
東部のガネーシャは困り果てたが、父神が不能になっている今、ザンプディポの頭領は己だ。
そう自らを叱咤する彼は、まさに今、ヤンシャオより届いた書簡に目を通していた。
「なるほど、シュメルに妙な神殿が……そこにアートマンの秘宝を持って行けと……急ぎ用意をさせろ!」
「いやでもガネーシャ様、ザンプディポにはアートマンの秘宝はありまへんで……」
ムシカのおずおずとした言葉に、ガネーシャは「なにっ」と足元のヴァーハナを二度見する。
「どういうことだ!?」
「だって……ワコクに貸してしまいましたやん、心臓……」
「……。あ!」
そういえばそうだった。ポンと手を打つ。
「じゃあ俺達は一体どうすれば」
「う~ん……よその国を手伝って恩を売れば、今後ええ感じになるんとちゃいます?」
……奇しくもそれは、西側も同じだったようで。
「ほほ~! ヤンシャオで危なっかしい妖怪が出たと! おっしゃ任せときぃ! このハヌマーン様がパツイチのコロリでいわしてきたりまっさ!」
兄弟分たる斉天大聖伝手に、ヤンシャオに発生した妖怪『縊鬼』の話をいち早く聞いたハヌマーンは、ヤンシャオとの国交を有利に進めるべくの一手として討伐隊の派遣を決定していた。
さて、噂のヤンシャオは慌ただしく動いていた。
無事に都へ帰還したシロセカ、タトゥーモヒカン・アヤゼニ、天ケ谷ありあは、ハヌマーンがザンプディポより援軍を派遣するとの知らせを聞き、まずは安堵する。
だが懸念はあった。
他の三国は自国の災禍を祓ったり、あるいは一時的に食い止めたりできたが、ヤンシャオだけそれができていない。
幸いにしてワコク経由で各国の食料が届くので、飢饉こそ発生していないが、国の威信としても「ヤンシャオだけダメ」では示しがつかない。
……そこで立ち上がったのがニャンニャン神であった。
「ニャンニャンの考えたさいきょうのさくせんがあるのだ。きっとヤンシャオを救ってみせようぞ!」
――渾沌の中、少しずつでも人と神は前進する。
悲劇と惨劇を乗り越えて、その先には何が待つのだろうか。
【人と神とを繋ぐモノ】アートマン事変
第三章 了
[[第四章 グランドオープニング]]【人と神とを繋ぐモノ】
サンダーディスコフィーバー
<image src=https://kamuinotami.works/creators/rpg/img/yan4.png width="80%" height="80%">
[[我踊るゆえに我在り]]【人と神とを繋ぐモノ】
巨大ヌマンガ、襲来
<image src=https://kamuinotami.works/creators/rpg/img/wakoku4.png width="80%" height="80%">
[[これがシュメルの洗礼なのか?]]「よ~し。おまえたち、よく集まったな」
君達は今、ヤンシャオ王都の宮殿敷地内広場にいる。
公的な祭事が行われる時にも使用される広い広い場所だ。
そんな君達が見上げる先には、女神ニャンニャンがふよふよと漂っている。
そして女神は、ビシッと君達を指さして。
「突然だが今からおまえたちには踊ってもらう!!」
な、なんだってー!?
一体どういうことですか!?
「……うむ。そうか。まずは説明からだな……」
経緯をすっとばしとったわい、とニャンニャンは不思議な紙を取り出した。
楽譜のようだ。しかしキラキラと美しい光をほのかに放っており、それがただの紙切れではないことを物語る。
「これはPiya Piyaの歌の楽譜だ。ザンプディポのガネーシャ神から借りてきたのだ」
ニャンニャンは、この歌にまつわるザンプディポの伝承を君達に伝える。
――はるか昔、ザンプディポは男と女が共に歌って踊る、愛と尊敬に満たされた国だった。
特に村一番の狩人マーバと村長の娘シータの歌「Piya Piya(愛しい人、愛しい人)」は女神パールパティの口から零れた奇跡と言われるほどに美しく、ふたりの歌は幾世代も歌い継がれ、民の友愛と連帯の象徴となっていた。
ある日の午後、白猿の神ハヌマーンが昼寝をしていると、男女の嬌声で起こされた。
それは村の子供が練習していた「Piya Piya」の歌だった。
昼寝の邪魔をされ怒ったハヌマーンは人々から歌を奪い、バラバラにし、各地に隠してしまった。
ハヌマーンは満足して昼寝に戻り、歌の事は忘れたが、国の男と女達は歌と踊りを忘れ、お互いに尊敬する心をなくしてしまった。
「で、断片となったPiya Piyaの歌だが、ちょっと前にめでたく元に戻ってな。それがこれというわけだ。……この歌には面白いチカラがあってだな?」
ニャンニャンがPiya Piyaの歌を天にかざし、マナを込めた。
すると、だ。
楽譜がひとりでに宙に浮かび上がり、光り輝いて――賑やかな音楽が、楽士もいないのにズンチャカ流れ始めるではないか!
それはヤンシャオ民からすれば異国情緒を感じる、ザンプディポらしい力強く瑞々しい、命の躍動に溢れたリズムだ。
生きること、歌うこと、愛すること、その情熱、美しさ、夢、希望がこもった、命と自由への賛歌である。
――そして君達は、音に聞き惚れていると、体が勝手に動き出すことに気付いた。
「どうだー! 踊りたくなってきたろ!? さあ、全てに身をゆだねて踊るのだ!」
ニャンニャンはお先にと言わんばかりに、空で楽しげに踊っている。
……ですがニャンニャン様、こんな状況で踊ってどうなるというのです!?
「いい質問だ! おまえたちは踊って踊って、人を集めて更に踊って、皆で踊って、このダンスを超~盛り上げて、楽しい~という想いで心をひとつにしてもらう! 心の直列回路だ!そうして増幅した想いをニャンニャンに捧げよ!おまえたちの信仰によって生まれた膨大なマナで――ヤンシャオを覆っている災禍をぶっ飛ばすのだ!」
楽しく踊って、災厄を祓う。なんとも素敵なことではないか。
ならば心をひとつに。
生きる喜びを女神に。
このグルーヴこそが、ヤンシャオを救うのだと信じて!
「さ~~~~! レッツパーティーだっっっ!!」
稲妻が楽しげに爆ぜ、花火のように空を彩る。
君達のリズムに合わせて、不思議な歌はヤンシャオを更に包んでいく。
――あつい眼差し交わす夜
シヴァも止められない
ミロバランの木の葉揺れて
ひびく女神のうた
サプネ(夢)希望の陽
サプネ(夢)かがやいて
ピヤピヤ 分かちあう喜び
ダヤルータ(優しさ)捧げよう
ダヤルータ(優しさ)永遠に
さあ愛の光で満たして ピヤピヤ
[[サンダーディスコフィーバー]] 今、ワコクの地は安定している。
大神ナギが、アートマンの瞳・心臓に込められたマナを用いて大規模な術式を展開したからだ。
――ゆえに、今、君達が運んでいる『瞳』『心臓』は、いわゆるマナの抜け殻ではある。
遥か極東ワコクからシュメルを目指して歩いている君達は、ナギとヨミより重要な 使命を授かった一団だ。
使命の内容は、シュメルの神殿へとアートマンの瞳・心臓を届ける、というもの。
なんでも、ヤンシャオ皇帝エイセイの願いで世界各国を調査していた斉天大聖が、シュメルの地に「アートマンの秘宝を収めると思しき神殿」を発見したという。
何が起きるかは分からないが、そこにアートマンの秘宝を収めれば『何かが起きる』のは明白だ。
それにしても……
長旅である。
なにせワコクは極東。
正直、ヤンシャオ以外の国は全て遠い。遠すぎる。
ナギが大地を鎮めている間に大船でワコクを出港し、ヤンシャオやシャングリラに寄港し補給をしつつ、右手に遠くセカイジュを見ながら、テーチス海を遥々超えて世界の中央を目指し、西方ゴンドワナ大陸にようやっと到着。
「世界が平面ではなく球体なら、もうちょっと楽なのかもね」とは、誰ぞが言った言葉だったか。
さて観光に来たのではない。
少しでも急がねばならぬ。
君達は荷物をまとめて船を降りる。
ここからは陸路だ。
近場の村に立ち寄る。
既に話はついており、ワコクの使節団は歓迎された。
以降は現地民の案内で神殿を目指すこととなる、頼もしい限りだ。
道中携帯食として振る舞われた干しデーツ(ナツメヤシの実)を齧りつつの行進――ワコクの民は、この干しデーツの味にデジャビュを覚えた。
餡子の味によく似ている。君達は、少し、母国ワコクが懐かしくなった。
――そうしてとうとう辿り着きたるは、シュメル北西が巨大湖、アルムルーク湖だ。
海のように広く大きな湖である。
ワコクにはここまで大きな湖はない。
水平線が見えるほど大きいから、何も知らずに見たならば海と勘違いしてしまうだろう。
シュメルの者らが船を用意してくれていた。
それに乗り込み、対岸を目指す。立派な船だ。
なんでも、この湖にはヌマンガというシュメル特有の原生生物がいるという。
ヌマンガがぶつかっても壊れないように、この船は頑丈な造りなのだと船頭は笑った。
……そんな時である。
なんだか、湖の水面が荒れていることに君達は気付く。
風も強くないし、海でもないのに、なぜだろう?
そう思った直後――更に船が、大きく揺れた。
「何かがいる!」と船頭の声。
君達もそちらを向いたことだろう。
そこには――水の中には――何か――黒い影が――すごくとてもかなり巨大な何かが――
ズ、と水面を割って、せり上がる。跳び上がる。
それは、想像を絶するほど巨大な、ヌマンガであった。
「グゴオォオオーーーーーーーッッ!!!」
超巨大ヌマンガの咆哮がアルムルーク湖に響き渡る。
ビリビリと空気が震える。
跳び上がったヌマンガの着水。
凄まじい波が、船を襲う!
「な、な、なっ、こんな大きなヌマンガがいるなんてっ」
船頭の驚いた声から、これがシュメルの日常茶飯事ではないことがワコクの君達にも分かった。
つまりこれは――緊急事態だ!
しかもどうやら、巨大ヌマンガは気が立っているようだ。
これも世界で起きているマナ不足に起因する災禍の一つなのだろうか。
ギョロリと、巨体に見合った巨大な目玉が君達を睨む。
唸るヌマンガが迫り来る――このままでは海の藻屑ならぬアルムルーク湖の藻屑だ。
ど、どうする……!?
[[巨大ヌマンガ襲来]] シュメル。
ヤンシャオから書簡が届いたという話は、シュメルに広く知れ渡っていた。
なんでも、シュメルの奥地、森の奥の奥の奥に、旧い旧い旧い神殿があるという。
曰く『この世界』ができる前の遺物だとか……。
現地を調査した斉天大聖によると、その神殿には、おそらくアートマンの秘宝4つを収めるのだろう台座があるそうだ。
そこに秘宝をはめこめば、何か起きるかも……というワケで、今、世界各国のアートマンの秘宝がシュメルに向かいつつあった。
何が起きるんだろう?大丈夫なんだろうか?
とにわかにシュメルのあちこちは色めきだっている。
しばちーもそんなシュメル民の一人で――小高い丘よりアルムルーク湖をボンヤリ眺めつつ、シュメルの未来に想いを馳せる。
畔が賑やかなのは、どうやらほどなく、ワコクからの使節団が船でこの湖を渡ってくるからだとか……。
ワコク。
ヨミがずっとそわそわしているのは、シュメルへ向かった使節団が気がかりだからだ。
心配してもどうにもならない、彼らを信じるしかない……そうは分かっているのだが、それでも、心配なのは心配だ。
(怪我でもしていないだろうか……野盗や妖怪に襲われてはいないだろうか……)
本日幾度目かの思案に、ヨミはぶぶんと顔を横に振った。
今、ヨミはナギに代わってワコクを取り仕切る身。
ナギがワコクの大地を鎮め続けているおかげで、ここのところワコクの大地は一度も揺れていない。
被害状況の確認や指示や支援など、やることが山のようにあった。
(今は私にできることを……!)
ザンプディポ。
雷鳴が鳴ったかと思えば、ガネーシャの目の前に雷神ニャンニャンが現れる。
唐突な女神の登場に、流石のガネーシャ神も像の顔で面食らった。
「ニャンニャン神! いきなり何だ、」
「ガネーシャ! ちょっと頼まれてくれんか」
どうやらニャンニャンは大急ぎでここまで来たようだ。
ちょっと息が上がっている。
「いっしょ~~~のお願いだ!PiyaPiyaの楽譜をちょ~~っぴ貸してくれんか!?」
パンッ、と両手を合わせて頼み込んでくる。
ガネーシャは目を丸くした。
「PiyaPiya……あの不思議な歌の楽譜か?なんでまたそれを……」
「ヤンシャオを救う為だ!あとヤンシャオちょっと今いろいろ忙し~から、ついでに秘宝運びも手伝ってくれんか!?」
「……まあ拒否する理由はないが、なぜうちに?」
「だって暇じゃろ」
ザンプディポにはアートマンの秘宝がないし、パルジャニヤのおかげで災禍も鎮まった。
パールヴァティが眠り続けているという懸念はあるが、それはよその国がアートマンの秘宝をどうにかしてくれたらどうにかなるかもだし。
ぶっちゃけザンプディポは今、やることが特にない。
「……」
図星に肯定の沈黙。
だがせめて神らしくあらねばと、ガネーシャは咳払いの後にこう言った。
「時にニャンニャン神、この世界的災禍の原因は何だと思う?」
「噂話だがの、創造神が眠りにつく星辰……が関係して、神々のマナが失われているようだ」
だから自分は急いでいるのだとニャンニャンは言う。
「もしかしたら明日にも、ニャンニャンもおまえたちも、マナ欠乏で動けなくなるやもしれん。今の内にできることをできるだけやっておかねば」
ヤンシャオ。
(『アートマンの手』を持った使節団は無事に出発した……妖怪『縊鬼』の討伐はザンプディポのハヌマーン神が請け負って下さった……秘宝運びに関してもガネーシャ神が人員を派遣してくれるという……食料はワコク経由で各国から届きつつある……炊き出しの場所と予定は……人員……予算……)
ヤンシャオ皇帝エイセイは、卓上に所せましと広げられた書類に目を通しつつ、ふう……と息を吐いた。
連日、ほとんど休む間もなく働き続けている。
皇帝とは優雅で贅沢な日々を送っていると多くの者は思っているかもしれないが、少なくとも今、ヤンシャオの皇帝はこの国で一番の働き者であった。
「皇帝よ!」
そこへ更にお願いを持ってくるのが、女神ニャンニャンである。
窓からひらりと天女のように現れて、目をキラキラさせて、執務中の皇帝の肩をゆさゆさした。
「ニャンニャン神、おやめください、ガネーシャ神への書簡の文字が……」
「そんなもん『しぇいしぇ~い☆』とだけ書いておけばいいのだ」
「……。それで、ご用件は」
「うむ。今から民をできるだけたくさん集めてほしいのだ!」
「……なぜですか?」
「見ればわかる。ついでにおまえもくるのだ」
「朕もですか……!?」
[[第四章 次へ]](align:"=><=")+(box:"X=")[ NFT-RPG Fujiwara Kamui Verse ~Antiqua Reincarnation ~
【人と神とを繋ぐモノ】足並みをそろえて
第四章、開幕。]
[[第四章プロローグ ヤンシャオ編]]
[[第四章プロローグ ワコク編]]
[[第四章 シュメル編]]
[[第四章 ザンプディポ編]]「グゴオォオオオオオーーーーーーーーーッッ!!!」
超巨大ヌマンガの咆哮が、シュメル・アルムルーク湖に響き渡る。
ビリビリビリと空気が震える。
跳び上がったヌマンガの着水。
その大質量に見合った凄まじい波が船を襲い、一同は激しい揺れに「わあっ」と悲鳴を上げて船にしがみついた。
「ぬ、ぬまんが……これが噂のっ……」
ワコク生まれのイシュにとって、シュメルのヌマンガとは噂には聞いていたが見たことのない生き物だった。
こんな状況でなければ「わあ!アレが噂の!」と喜べたんだろうが……。
「子供ヌマンガの尻尾は、『ファティラトゥ・ヌマンガ』っていう伝統料理らしーけどっ……」
流石の料理人。
yomezeniはワコク人であるが、シュメルの伝統料理にも詳しい。
ヌマンガの幼体は再生力が強く、尻尾を切ってもすぐに生えてくるそうで、その様はシュメルでは成長と繁栄の象徴として重宝されており、子供の誕生祝いによく食べられている。
……といううんちくを、こんな状況でなければ話してくれたのだろうが……。
「このヌマンガの尻尾でお料理作ったら、シュメル全国民が満腹になっちゃいそーだねっ!?」
シュメル現地民の瑞希は『ファティラトゥ・ヌマンガ』を食べたことがある。
こんな状況でなければ、「あの時は母さんがね……」なんて、実際に食べた時のことを懐かしみながら話してくれたのだろうが……。
――そう、今はそんなところではないのである!
「ヌマンガってこんなに凶暴な生き物なんですかっ……!?」
揺れる船から放り出されないよう耐えながら、イシュはシュメル民の瑞希へ目を真ん丸にした。
瑞希は首を左右にブンブン振る。
「たっ、確かにちょっと前、すっごい大きいヌマンガが上陸してなんやかんやあったんだけどっ……!こんな、明らかに敵意を持って人間を襲ってくるなんてありえな―― きゃああっ!」
振り下ろされたヌマンガの大きなヒレが、船の真横の水面を叩いた。
船が再び大きく揺れ、水しぶきが一同に土砂降りに降りかかる。
「どどどどないします!?水中の機動力はあっちが上やで!」
全速でもヌマンガを追い抜くことは難しいだろう。
ましてや真っ向勝負も難しい。
yomezeniは仲間達を見る。
乙女達は幾つか相談をして――速やかに結論を下した。
――少し落ち着かせて隙を作って、ちょっと悪いけど、ガツンとやって追い払おう。
「船頭さん!帆とか――この船の布、ありったけお借りしても?」
イシュは船頭へ振り返り声を張った。「もっもちろんです」と了承を得たので――
早速、イシュは裁縫道具を広げて作業に取りかかる。
「ワコクのお嬢さん、何をする気でっ……!?」
「大きな一枚布を作ります!」
喋りながら、そして揺れる船内で、しかし針と糸を持ったイシュの手さばきは疾風迅雷。生地屋としての集中力で、凄まじい速さで布と布とを縫い上げていく。
イシュの『作品』が完成するまでの時間稼ぎは、yomzeniと瑞希が請け負った。
……この時代は、まだ人間が魔法を容易く扱えず、火薬というものが発明されていないがゆえ爆弾や銃といった兵器がない時代。
ゆえに瑞希が思い描いた「雷を発するなにか爆ぜるものがあればなあ」というモノは実現には至っていない。
が、その代わりに。
「瑞希さん、これをっ」
yomezeniが差し出すのは、香辛料を包んだ紙だ。
「薄荷とか……落ち着ける香辛料をつめたやつです!これをヌマンガの顔に――できるだけ鼻面にぶつけてください!」
「わかったよ!がんばるねっ」
瑞希はそれを受け取ると、yomezeniと共に迫るヌマンガをキッと見やった。
船の操作は船頭らプロに任せる。
この船は頑丈に造られているとのことなので、一、二発程度の被弾では沈まないだろう。
……とはいえ!
「ううううう水中からデッッッカイのが迫って来るのってなんかこうなんかこう!」
「ぞわぞわぞわ~ってするううぅうう~~~!ひええぇえええ~~~~っ!」
本能的な恐怖がオゾゾッと……確実に何かしらの『ナントカフィリア』がありそうな気がする。
アルムルーク湖の透明度が高いだけに恐怖感も倍増である。
しかし怖じ気る訳にはいかないのだ。おっかないのをこらえて、できるだけ引き寄せて、引き寄せて、確実に当たる距離まで引き寄せて――ぞば、っとヌマンガが水面をもたげ割りながら鼻面を出したその瞬間――
「ここやーっ!」
「くらえーっ!」
yomezeniと瑞希がミント爆弾を投擲する。
ぱふっ、とそれは巨大ヌマンガの鼻先に着弾した。
粉末状のミントが「ばふぁっ」とヌマンガの鼻先で飛び散る。
途端、ヌマンガの動きがビタリと止まって――
「!……ファッ――ムガ――ムガゴゴゴ――……ヴァッッ キシッッッ!!!」
おそらく創世以来初ではなかろうか。
……ヌマンガのクシャミを人類が観測したのは。
巨大なだけに爆音で、クシャミの風圧(?)もすさまじく。
「わああーーーっ!」
甲板に放り出されるyomezeniと瑞希。ヌマンガを研究する学者がいれば興奮していたであろう歴史的な瞬間に、感動している暇はない。
一同はすぐさまヌマンガの様子を確認する。
ヌマンガはビタンバタンもんどりうっている。
「や、やったか!?」
「効いて……効いてる!? ミントの効能てよりもスースーしてウギーッてなってるっぽい!?」
瑞希の言う通り、ヌマンガはスースーする粉を鼻にぶつけられてえらいことになっているようだ。
ちょっとリラックスとは真逆の状態になっているが、船を攻撃するどころではない状態にできたのはラッキーか。
とはいえあの巨体がビタンバタンと悶絶するだけでも水面が大きく揺れてうねる。
偶発的に尻尾でも直撃すれば大惨事だ。
あの状態のヌマンガに近付くとちょっと危ないかも……だがしかし。
料理人として魚に後れを取る訳にもいかない、そんなプライドがyomezeniを衝き動かす。
「それ以上、船に近付いてみい! 三枚におろしてしまうぞ~~~~!!」
包丁片手に啖呵を切る。
ヌマンガに人間語がどこまで伝わるかは謎だが……気迫は伝わった、ハズ。
ちなみにもしもの時は包丁も投げるつもりだが、これは料理人の魂たる道具、これを投げてしまうのは本当に最後の最後の手段ということにしよう。
さてそんなこんなしている内に、イシュの『作品』が縫い上がった。
おそらく現時点で、シュメルで一番大きな一枚布である。
「よーし……いってきまーす!」
イシュはその大布を手に、船の縁に足をかけると、胡蝶の如く軽やかに跳躍――湖の岩場をぴょんぴょんと跳び回ると、ヌマンガが水面から顔を出した瞬間を狙い、ばおっと大布を投網の要領で広げ投げた――大きな布で、ヌマンガの顔面をすっかり覆ってしまう。
「ムガーーー! ムガオーーーーー!」
鼻をやられ、今度は視界を覆われ、ヌマンガは焦る。暴れる。
のたうっているので頭部を狙って攻撃する……のはちょっと難しそうだが、今、ヌマンガは完全に人間達の方に気を割いている暇がない。
見えないし嗅げないので追うこともできない。
ならば! 今こそ、逃げるチャンス!
「い、今の内に岸へ急ぎましょう!」
船頭が声を張れば、イシュがしゅたっと船へ舞い戻った。
「そうですね、ヌマンガさんをいたずらに傷付けてしまうのも可哀想ですし……行きましょう!」
船頭とイシュの声に、yomezeniと瑞希も異論はない。
彼女らの目的は、あくまでもワコクより遥々運んできたアートマンの『瞳』『心臓』を、シュメルの神殿まで無事に届けることである。
……特にアートマンの心臓は、ザンプディポより借り受けたとても大切なもの。
このままアルムルーク湖の底に沈めてしまう訳にはいかない、絶対に。
帆はイシュが対ヌマンガに使ってしまったので――イシュとyomezeniと瑞希は櫂を手に、他の船員とも力を合わせて全身全霊で船を漕ぐのであった……。
[[巨大ヌマンガ襲来2]]「はぁ……はぁ……ふうぅ……」
「う、腕がっ……パンパン……」
「つ、か、れ、たぁ~ッ……!」
無事に岸につきまして。
イシュ、yomezeni、瑞希は大きく息を吐いた。
全力で船を漕いだので、乙女達の腕の筋肉は限界を迎えていた。
船に大の字になっている……。
「まさかヌマンガが襲ってくるなんて……うう……普段のシュメルはこんなんじゃないんだよ?」
筋肉痛に効く薬を薬箱からゴソゴソ探しつつ、瑞希がやれやれと息を吐く。
仲間達にもおすそ分けを。
「こ、今度シュメルに来る時は……普通のヌマンガに会いたいなあ……」
yomezeniはグッタリしたまま空を仰いでいる。
「なんにしても……皆さんケガもなくてよかった……」
イシュはそう言って……「あ、それから」とどうにかこうにか身を起こし、船頭らへと頭を下げた。
「すみません、船の大事な帆を使わせて頂いて……」
「いいよいいよ! あんな状況だったんだ、命に比べりゃ安いもんだ」
それに、と船頭は言葉を続けた。
船の中の会話で、イシュがワコクの生地屋だと知った船頭は、帆に良い生地がないかイシュに尋ねる。
それならばとイシュは目を輝かせ、あれやこれやと生地屋トークを展開しはじめた。
弁償の代わりにワコクから最高の生地を送ります、と約束する。
「あ!そうそう……」
会話が一段落したところで瑞希も体を起こす。
彼女は修理技術にはちょっと覚えがあった。
ヌマンガ騒動で痛んでしまった船の修理を手伝います、と申し出る。
「いやいやそんな、何から何まで……」
「お世話になったんです、お礼ぐらいさせてくださいよっ」
いいから、と瑞希はウインクをした。
「ほなわたしは――あったまる汁物でも作ろかな!」
そう言ったのはyomezeniだ。
なんと!ワコクから持ってきた味噌がある。
全員ビショ濡れなので、すっかり体が冷えてしまっていた。
かくして船の修理を済ませ、火にあたって服を乾かしつつ、yomezeni特製のあったかい味噌汁を頂いて、英気を養って……。
ワコクの一同は、シュメル奥地の神殿を目指して出発する。
ラクダに乗って、陸路を進む。
シュメルは荒野や砂漠が多い。
そうして長い旅路の果て、鬱蒼と緑の茂る原生林へと辿り着いた。
件の神殿はこの先にあるという。ゴールまであと少しだ。
シュメルの現地民が神殿までの道を整備してくれたので、一同は苦労せず秘宝を運ぶことができた。
そして――
「ついた……ここが……」
イシュは神秘的な神殿を見上げ、万感の思いで息を吐く。
「長いようで、あっというまの旅やったなぁ……」
隣のyomezeniがしみじみと言う。
思えばイシュとは、この旅より以前から、秘宝を巡って共に歩んできた仲間だ。
「これで、シュメルもワコクも……きっと元通りになるよねっ!」
声を弾ませる瑞希も、シュメルの為にずっと頑張ってきた者の一人だ。
世界の災禍、そしてアートマンの秘宝。
一連の事件も、ようやっと収まるのだろうか。
「さ、一緒に行こうっ!」
秘宝を背負い直し、瑞希は国境を越えた仲間達へと眩しく微笑み、神殿への階段に足をかけるのであった――。
[[第四章グランドエピローグ]]――あつい眼差し交わす夜
シヴァも止められない
ミロバランの木の葉揺れて
ひびく女神のうた
サプネ(夢)希望の陽
サプネ(夢)かがやいて
ピヤピヤ 分かちあう喜び
ダヤルータ(優しさ)捧げよう
ダヤルータ(優しさ)永遠に
さあ愛の光で満たして ピヤピヤ
それはPiya Piyaの歌。
遥か西方、ゴンドワナ大陸のザンプディポよりやってきた、異国情緒にあふるる歌。
ヤンシャオ生まれのシャオンにとっては馴染みのない不思議なリズムだった。
しかし――
「なんて命の力に溢れた、美しい歌……」
静かに目を閉じ、シャオンはその歌に聞き入った。
彼女はヤンシャオではちょっと名の知れた、王宮の催しにも呼ばれることもあるほどの踊り子であった。
生業ゆえに様々な音楽を聴いてきた彼女だが、この歌はなにか、普通の歌とは違う。
魂から活力や喜びが込み上げるような力に満ちている。
なんでも女神パールパティの口から零れた奇跡だとか――それならば納得だ、と煌めく化粧を乗せた目蓋を開く。
「ならば……女神の歌に恥じぬ踊りを献上せねば、なりませんね」
シャオンの表情は静かだが、胸に秘めた情はあたたかい。
彼女ほどの踊り子となれば、リズムの方が「どう踊ればいいのか」を教えてくれる。
ならばそれに従うのみ。
優れた舞踊技術を以て、美しい衣装を翻し、シャオンは艶やかに活き活きと踊り始める。
リズムは遥かザンプディポのもの。
しかし楽しい踊りに国境はない。
美しいものに、民族の違いによる貴賤はない。
シャオンはPiya Piyaの歌に身も心も委ねる。
女神のような微笑が自然と表情に浮かぶ。
大地を踏みしめる一歩、空をなぞる指先の細部の機微に至るまで、女神がこぼした歌が宿る。
それは見る者がほうっと我を忘れてしまうほどだ。
思わず見とれていた一同だが――いかんいかん、やるべきことをやらなければ。
「よっしゃ、ほなワイは皆を集めてきまっさ!」
シロセカはそう告げると、馬に乗ってヤンシャオの大通りへと「はいやっ」と駆け出して行った。
騎乗の術には覚えがある。
「では俺は広場の装飾を」
次いで動き始めるのはkatだ。
こういうのはロケーションが大切である。
一人だとちょっと無理だったかもしれないが……幸いにして宮殿内敷地広場ゆえ、飾りつけの為の道具や櫓の設営はどうにかなる、状況ゆえに人手も協力を仰げるし許可も得られる。
ヤンシャオ宮殿の役人達にお願いし、この広場を速やかに飾り立てていく。
かくして――お立ち台や、華やかな飾り布、楽士の為の場所や楽器も速やかに用意されて。
設営はこれでいいだろう。
だがまだkatにはやるべきことがある。
踊りはシャオンというプロがいるので彼女に任せて……katはヤンシャオ伝統の腰太鼓を構えると、Piya Piyaの歌に合わせてリズムを取り始めた。
そうすれば王宮お抱えの楽士達も銘々の楽器を演奏し始める――ザンプディポ伝統のリズムをヤンシャオの楽器が奏でると、旋律は国境も民族も距離も時空も超えて調和する。
ヤンシャオとザンプディポの奇跡のコラボレーションだ。
知らない音色。
なのに懐かしくて、楽しい。
Piya Piyaの歌はうんと賑やかになって、王宮広場からもあふれ始める――
「さあさあ!寄っておいで踊っておいで!遥か西方ザンプディポより、楽しい楽しい歌がやって来ましたよ!」
katは呼び込みを行いながら演奏技術を用いて太鼓を奏でる。
声を張り上げる。
――楽しげな音色は、馬を乗り回してヤンシャオ王都を駆けているシロセカの耳にも届き始めていた。
「皆~!王宮広場に集合や~!歌って踊ってヤンシャオを救うで~!ニャンニャン様が呼んではるぞ~!王宮広場に集合集合~~~!」
シロセカが馬上から声を張り上げれば、聞こえてくる楽し気な音色も相まって、なんだなんだと人々が顔を出す。
「歌って踊って?」「ヤンシャオを救うってどういう……」「ニャンニャン様が?」「楽しそう!」「行ってみよう!」
声に誘われ、音色に誘われ、ガヤガヤと人々が王宮広場へ集まっていく。
そうして集まったヤンシャオ民らは、宴もかくやと飾られた王宮広場に目を見開くのだ。
広場には既に複数名の民らが集まり、Piya Piyaの歌に身をゆだねて楽し気に踊っていた。
その中には天ケ谷ありあの姿もあった。
アイドルとして、歌も踊りもお手の物。
空で舞う女神ニャンニャンの踊りや、奏でられる音楽、Piya Piyaの摩訶不思議な楽譜より溢れ出す音色に合わせて、全身をめいっぱい使って楽しそうに元気いっぱいの笑顔で踊るのだ。
「――♪」
笑顔のまま、声を弾ませ歌うのは、Piya Piyaの歌のバックコーラス。
その踊りに、歌声に、「共に歌い、楽しみましょう」という想いを込める。
そして――「楽しもう」という想いは、自分が楽しんでないときっと相手の心には届かないから。
だからこそ、ありあは心からPiya Piyaの歌を楽しむのだ。
「さあ一緒に、楽しいですよ!」――新しくやって来た民らに、そう言わんばかりの笑顔を向けて。
飛び跳ね、手招き、さあ一緒に。
そうしてグルーヴの波に合流させてしまえばこっちのもの。
手を取り合って一緒に踊ったりしながら――後はPiya Piyaの歌が、人々の心を導いてくれる。
――でもやっぱり、どうせ踊るならしっかり踊れた方が楽しいでしょう?
そんな民らのお手本となる為に、シャオンはひときわ目立つお立ち台で踊りを披露している。
普段、踊りなんてしない人でも踊れるような簡単な、子供にもわかりやすい、それでいて様になるダンスだ。
ありあがそれを引き立てるように歌い、さあ一緒に!と率先して踊り始める。
そうすれば人々も、それに倣って共に踊るのだ。
跳び、地面を踏みしめる音が。
わ、と声を揃えて上げる手が、重なる。熱狂は熱狂を呼び、ヤンシャオの都を華やがせる。
そうすれば更に人が集まり――Piya Piyaの歌の力は、高まって昂っていく。
「いいぞいいぞいいぞ~~~! 盛り上がってきた~~~~~っ!」
空で踊っていたニャンニャンも、この楽しい空気にたまらず飛び込んできた。
シャオンの手を取り、きゃいきゃいハシャいでぐるぐる回り――次はありあへ、テンションのままポーンと上空へ放り投げ、「わ~~~~~っ!?」と驚いたありあを
空中で姫抱きに抱き留めると、人々の上へありあをダイブさせる――踊る人々の手に支えられ、ありあはワイワイとクラウド・サーフ。
イエーイ、サイコ~!
「おーーーい!おまえたちも踊れ踊れ踊れ~~~~!」
空のニャンニャンは、広報に勤しむシロセカの頭上へひらりと飛んでくる。
馬上のシロセカの首根っこを掴んで飛ぶと――シロセカは「どわーーーー!」と驚いた――そのままシロセカも人々の上にそ~~~~い。
クラウド・サーフ再び。
「あはははは……いえ~~~い!」
こうなっちゃったからには乗ろう。
シロセカもまた、踊りの熱狂の中へと、Piya Piyaの歌へと、魂を任せていく。
「kat~~~~~~おまえもじゃ~~~~~!」
ギランとニャンニャンが振り返る先にはkat。
ひえっ、とkatは苦笑する。
「いえ俺は呼び込みを……」
一応、katの本業はスパイである。
そんな歌って踊ってワイワイして目立って浮かれてしまってもいいんだろうか……なんて思っていたのも束の間、シロセカのように持ち上げられて、ビューーンと会場上を飛び回られ、ポイポイ空中に投げられてはキャッチされ、最終的にクラウド・サーフの刑。
わ~~~。
宴はますます熱を帯びて、人を集めて。
――その賑やかさは、王宮で執務に追われていた皇帝エイセイの耳にも届き始めていた。
「ニャンニャン様の目論見はうまくいっておられるようだな」
「ええ、これならきっとヤンシャオは元通りになるはずです」
エイセイの言葉に、傍に居た臣下は安堵の顔で頷いた。
ムシカ達ザンプディポ隊に託した『アートマンの手』も、無事にシュメルへ向かいつつある。
ハヌマーン達による妖怪『縊鬼』討伐も、つい先ほど成功した旨の連絡が届いた。
村人は全員無事だそうだ――縊鬼に生気を吸われて衰弱して昏睡しているが、幸いなことに命に別状はないという。
このまま全てが順調にいけば……エイセイが未来の希望を願ったところで、「どわあっ」と臣下の素っ頓狂な声を聞いて思わず振り返る。
窓の向こう――そこには女神ニャンニャンが、にや~~~~っとエイセイ達を覗き込んでいた。
「おーい。おまえ達も来るのだ」
「えっ……いえ、しかし、我々には執務が……」
「いいから来るのじゃ~!くらえ電磁パワ引き寄せ」
びびびびび。
引き寄せられる皇帝達。
わ~~~~っ。
そして。
「ヤンシャオのおまえ達~~~~~!見ろ~~~~!皇帝つれてきたぞ~~~~~!」
ニャンニャンおおはしゃぎ。
皇帝をお立ち台にスッ!と設置。わ~~~~~!と盛り上がるヤンシャオ国民達。
音楽と踊りの前では身分や生まれの貴賤はないのだ。
「陛下ー」「わ~エイセイ様~」と楽しそうにしている。
「ああ……」
執務がまだいっぱいあった皇帝だが、もうここまでされちゃってはどうしようもない、マジモンの神の思し召しというやつだ。
「陛下、よろしければ」
そんなエイセイの御前に、シャオンは恭しくかしずく。
どうか共に踊る栄誉を、とこうべを垂れる。
「うむ、これもヤンシャオの為だ」
ふ、と皇帝は小さく笑ってそれを許した。
――かくして宴はますます盛り上がる。
王宮広場に収まりきらないほどで、今やヤンシャオの大通りや路地裏までもがダンスフロアと化していた。
誰もが声を揃える。
リズムを揃える。
心を揃える。
ヤンシャオ王都中の人間の心が今、一つとなっていた。
「うむ、感じるぞ……!皆の心が、想いが、Piya Piyaの歌でひとつになっておる――」
ニャンニャンは歌を通じて、人々の喜びを感じ取っていた。
Piya Piyaの歌を介したその想いは、女神の心にも流れ込んでくる。
想いの力はますます高まり――女神はその身が薄らと輝くほどの電気をまとう。
「これだけのマナがあれば……!」
ぱん、と両手を合わせる。
ゆっくりと離せば――ばちばちばち、白く輝く電光がその掌の間に――女神はそこに願いを込める。
ありったけ、災禍を祓う祝福を込める。
「悲しいことはこれで仕舞い! それ~~~~っ!」
解き放つ――光は空へ、ゴロゴロゴロと雷鳴を轟かせ、ヤンシャオ中の空へと走った。
ヤンシャオの空が真っ白に染まる――だがそれは優しい光で――女神の加護は、ヤンシャオ全土を覆った。
するとどうしたことか。
これまで不気味なほど静かで鳥獣の気配がなかったヤンシャオに、生き物の気配が、命の躍動が戻ってくるではないか。
「――これで! ヤンシャオは元通りだ! 喜べ皆の者~~~~~~~っ!!」
ニャンニャンの声に、ヤンシャオの一同はワアッと声を上げ手を上げる。
その熱狂は、「じゃあこれにて一件落着」で済むはずもなく。
踊り疲れて夜が明けるまで、力の限り、躍動する命のままに、楽しく楽しく続いていった。
――そうして、踊り疲れて眠ってしまったヤンシャオの民は。
久方ぶりに、鳥の鳴き声で朝を知ることになる。
[[第四章グランドエピローグ]]~進め!シュメル探検隊~
――シュメルより招集された民らの目の前に広がるのは、鬱蒼と茂る原生林であった。
「未開のっ……ジャングルっ……ミステリーハンターの血が騒ぎますねー!」
大きな荷物もなんのその、しばちーは目を輝かせて広大なる緑を見つめていた。
彼女の言う通り、ここから先は完全に未開拓で、人の手が一切入っていない未踏の地である。
この場にはいないが、斉天大聖曰く――ヤンシャオ皇帝エイセイからの依頼で、世界中を調査していたとのこと――このジャングルの先に、例の、アートマンの秘宝を収める摩訶不思議な神殿があるという。
飛行できる斉天大聖はひとっとびだったろうが、人間はそうもいかない。
地上から、地道にこの原生林を抜けて、件の神殿へと辿り着かねばならないのだ。
……今、シュメルには続々と、各国からの遣いがアートマンの秘宝を手に集まりつつある。
彼らが無事に神殿に秘宝を運びきる為にも、神殿への安全なルートを探さねばならない。
そこで、こうしてしばちーのような民が集められたワケだ。
この原生林を探索し、危険な場所はないか、より安全な道はないか、安全に野営できる休憩地点はないか、事前探索と神殿までのルート確立が彼らの役割であった。
もちろん、ただ道を探すだけではない。
後続の為に地図を作る、藪を切り開いておく、ルートに邪魔な木があれば倒す、川を渡す為に丸太をかける、崖を超える為に縄梯子を垂らす、危険な生物がいれば対処するなど、そういったことも必要になってくる。
……彼らの仕事は、いわゆる『縁の下の力持ち』だ。
華々しい表舞台での、ヒロイックな活躍では、決してない。
汗にまみれ泥にまみれ、時には怪獣に追われたりしながら、歩き回って歩き回って、泥臭く道を調べて時には整備する、それだけだ。
しかし、世界はヒーローだけでは回らない。
彼らを支える存在だって、必要である。
彼らこそは未来への先駆け。
彼らこそが、希望の鏑矢。
世界の命運が、この探索隊にかかっているのだ。
「シュメルの……そして世界の命運がかかった大事業。絶対に成功させなくては……」
シュメル民のルドミラは大きな責務に身が引き締まる思いだ。
万全を期する為、出発を前に、彼女は荷物の最終確認を行っていた――護身の為の武器、数日分の携帯食料と水、地図を作る為の紙とペン、ロープ、松明、野営用の道具、工作用のナイフや藪を払う為のマチェット、エトセトラ。
必要な道具は全て揃っている。ヨシ。
「さて……危険を承知で最短コースを探るか、多少遠回りでも安全なコースを探るか……悩ましいですわね。これだけ広大だと、どこから手を付けたものか……」
思案気なルドミラの一方――
「一番槍、しばちーいきまーす!」
「ああっ! ちょっとお待ちになって!」
好奇心が抑えきれず、意気揚々と出発したしばちー。
そんな彼女を、ルドミラは慌てて追いかけるのであった……。
いざ進め! シュメル探検隊!
[[進めシュメル探検隊2]]ザンプディポ、奮闘す
斉天大聖曰く、シュメルに謎めく神殿あり。
そこにアートマンの秘宝を収めれば、何かが起きるやもしれぬ。
……が、ザンプディポで発見された秘宝『アートマンの心臓』はワコクに貸し出し中であり、それはそのままワコク民らがシュメル神殿へ運んでくれるとのこと。
つまり今、ザンプディポはやることが……ない!
が、それでも何もしないでグウタラするのも、『統治者達』の面子的にはよろしくないので。
先んじたのは西のハヌマーンであった。
兄弟分たる斉天大聖伝手に、ヤンシャオに発生した妖怪『縊鬼』の話をいち早く聞いたハヌマーンは、ヤンシャオとの国交を有利に進めるべくの一手として討伐隊を派遣。
更に威光を示す為に――ザンプディポでやることがなくて暇だからなどとは言ってはいけない――ハヌマーン自ら部隊を率いてヤンシャオの地に降り立ったのだ。
軍隊を率いて他国へ降り立つことが許されるのもまた、ハヌマーンと斉天大聖が兄弟分の間柄ゆえである。
「ハヌマーン様のぉ! ご征伐なりぃ~~~~!」
金色の雲に乗り、ハヌマーンの軍旗を高々と掲げ、従神たる猿神が声高にのたまう。
これ見よがしと煌びやかに武装した猿神達が、ヤンシャオ某所の小さな村へと進軍する。
「人間はいちお~殺したらあきまへんで、四肢をもぐのもナシや。流石に他国の民をいわすのは問題になりまっさかい。気絶さして簀巻きにして転がしとけばよろしおす」
神輿に担がれたハヌマーンが、頬杖を突いたまま悠々と命じる。
「ハッ!」と猿神達が声を揃えた。
やがて件の村が見えてくる。
町はずれの古い大木、そこに潜む妖怪『縊鬼』はただならぬ気配を感じていた。
だが、と妖怪は考える。
このところ神々はマナ欠乏で弱っており、逆に自分は人々の不安から力を増している。
ここでハヌマーンを返り討ちにし、そのマナを血肉ごと喰らったら、己こそ神になれるのではないか。
――なんと浅はかなる増長。
その判断を、縊鬼はすぐに後悔することとなる。
すぐにでも逃げ出せば、まだ助かったのかもしれないものを。
「かかれぇい!」
ハヌマーンの一声で、猿神達がワアッと村へなだれ込む。
縊鬼の術で操られた村人が迎え撃つが――なんとも容易く取り押さえられ、拘束され、縄でぐるぐる巻きにされた状態で、村の一か所へポイポイ放られ集められていく。
いかに縊鬼に操られていても人間は人間、ハヌマーン直属の猿神達に適うハズもなく。
「あれが根城かいな」
神輿に座したままのハヌマーンが一瞥するのは、村はずれの大木だ。
配下をあっという間に無力化された縊鬼が――そこより飛び出し、骸骨の亡霊じみた青白い巨体を晒すが――
「はいドーン」
ハヌマーンが指鉄砲の仕草で「ドーン」とした瞬間、縊鬼の頭部がボッと消し飛んだ。
圧倒的な力量差を見せつける。
おおっ、と猿神達の歓声が上がった。
「流石はハヌマーン様!」「あれほどの妖怪を一撃で……」「素晴らしい御神力!」
取り巻きのそんな称賛を、ハヌマーンは文字通り『猿山の大将』として心地よさげに受け入れている。
が――
(……やっぱアカン、前よか全然パワーが出まへんがな)
何事もない涼しい顔をしているが、内心、ハヌマーンは焦燥していた。
――上半身を消し飛ばすつもりだったが、首を吹っ飛ばすことしかできなかった。
シヴァの神妃パールヴァティがマナ欠乏で昏睡したように、ハヌマーンもまた自らのマナ欠乏を痛感する。
なんでも、創造神が眠りにつく星辰が関係しているとかなんとか。
……神輿から降りないのも『そういうこと』だ。
コイツはいよいよマズイかも、とハヌマーンは心の中で顔をしかめる。
(シュメルの例の神殿……うまいこといけばええんやが)
ふと空を見る。
彼方のシュメルに想いを馳せる。
[[ザンプディポ、奮闘す2]] 西のハヌマーンの『先手』に、東のガネーシャはどうしたものかと悩んでいたが。
まさに天からの助けと言わんばかり、彼の元へ訪れたのは雷神ニャンニャン。
ガネーシャは彼女に頼まれた通り『PiyaPiyaの楽譜』を貸し出すと、「ヤンシャオちょっと今いろいろ忙し~から、ついでに秘宝運びも手伝ってくれんか!?」と乞われたので、ヤンシャオへ協力隊を派遣することにした。
「しかしザンプディポからヤンシャオはなかなか遠いでっせ」
ヴァーハナのムシカがガネーシャにそろっと尋ねる。
ガネーシャはフンと鼻で笑った。
「問題ない。おまえがいるではないか、ムシカ」
「…… はい?」
「おまえの足ならすぐだろう。行け」
「はッ……ぉ……了解でーす……」
――人使い荒すぎやろ!!
そんな愚痴を心に秘めて。
ムシカは駆ける。
神輿のような小舟のような『乗り物』を掲げ持ち――その上には、二人の人間が乗っている。
「うわー! すごー! 早いですねえー!」
荷台の上、タトゥーモヒカン・アヤゼニは声を弾ませた。
景色がビュンビュン通り過ぎ、彼のモヒカンも風に揺れる。
「アートマンの秘宝……拝見が楽しみですねえ……」
乗組員はもう一名、ザンプディポの宝石商チャツネだ。
宝石商としてアートマンの秘宝を一目見れる(しかも触れる)と聞いて、早くもヤンシャオにある『アートマンの手』に想いを馳せていた。
……という感じで、ムシカ、アヤゼニ、チャツネの3人はザンプディポよりヤンシャオに向かっていた。
彼らの任務は、ザンプディポの代表として、ヤンシャオのアートマンの手を無事にシュメルの神殿まで送り届けることだ。
「のんきなモンでんなあ! ワイになんかあったら、どないかするの人間のあんたらでっせ!」
小さな体で疾風のごとく疾駆しつつ――びゅうびゅうと風が耳元を通り過ぎていく――ムシカはやれやれと声を張った。
「もちろんでっせ! これでヘタこいてしもたら、ザンプディポとヤンシャオの国交がどえらいことになってまいますからね! 気合入れていきますよっ」
アヤゼニはキリッと言い、たまにムシカへ「給水で~す」と水筒を手渡している。
「しかしヴァーハナというのも大変ですねえ」
チャツネがしみじみと言う。
ゴンドワナ大陸のザンプディポより、ローラシア大陸の果てヤンシャオに着いたら、そこからまたゴンドワナのシュメルへ向かって、そしてザンプディポへ戻る……という此度の旅、誇張抜きで世界一周ぐらいの距離がある。
ムシカの脚がなければなかなか大変なことになっていただろう。
「……自分メッチャ他人事で話してまへん!?」
チャツネの声音に対してムシカが思わずつっこむ。
「いや全然、そんなことないですよ本当に、ムシカサマバンザイ」
「おざなりな信仰ハラタツ~~~~~!」
「わいはほんまに応援してますよ!」
アヤゼニがすぐさまフォローに入るが、
「本命誰か言うてみい!」
とムシカから言われれば、数秒……アヤゼニは目を彷徨わせた後……
「……ヨミ様……」
「かああ~~~~っ!」
そんなこっちゃろと思たわい!ムシカはいろんな思いをギリ~ッと噛み殺し、今は四の五の言わず走るしかないで、ひたすら駆けるのであった。
「つーかほんまぁ! 地の果てまで走れッてえ! しかも往復てえ! キッ……ツイわああああ~~~~~~!!」
わあ~、わあ~、わあ~……と、ムシカの嘆きが木霊する……。
……そんなこんなで無事に到着しました、ヤンシャオ。
一同はヤンシャオ皇帝エイセイより、アートマンの秘宝の一つ『アートマンの手』を託される。
「ザンプディポより遥々ご苦労であった。シュメルまで長い旅路となるが……よろしく頼んだぞ」
本来ならばしっかりと歓待したいところだが、とエイセイは小さく苦笑する。
「代わりに、世の混乱が収まったらいつでもヤンシャオへ。その時は熱く出迎えよう」
「勿体なきお言葉っ! ……、」
深く頭を下げるアヤゼニだが、心の中では縊鬼と遭遇した際に逃げるしかなかったことを心苦しく思っていた。
もっとうまくやれていれば、あの場で討伐だってできたかも……。
「あの……皇帝陛下」
「どうした、西の民よ」
「先日はッ、すいませんでした!」
ガバッと平伏するアヤゼニ。
「縊鬼の件か」とエイセイはすぐに納得がいった。
「面を上げよ、アヤゼニ。……そもそもが、縊鬼の討伐はおまえたちに命じたものではなかった。危険な旅路で命を落とさずに本来の使命を果たした、それでよい。大義であった」
「こ、皇帝陛下~……!」
「さあ、新たな使命だ。此度も無事に果たし、生還せよ」
「ははぁっ!」
[[ザンプディポ、奮闘す3]]「――ワイはよう知らんが、なんやよかったなあ」
王宮より出ながら、ムシカがコソッと小声でアヤゼニへ。
安心で泣きそうになりつつアヤゼニはコクコク何度も頷いた。
「いや本当に。状況が悪かったらセップクでしたでしょうね――あ、セップクはワコクの方のケジメのつけ方でしたっけ? 小指をはねるんでしたっけ? なんでしたっけ」
物騒なことをチャツネが言う。
「縁起でもない!」とアヤゼニは顔を蒼くするのであった。
かくして一同はヤンシャオで一晩休み、道中用の食料や水などを賜って、今度はシュメル目指して出発だ。
もと来た道を途中まで辿る――荷台の上ではチャツネが、宝石商の性分ゆえ、アートマンの手をじっくりじっくり楽しそう~に拡大鏡で観察している。
「いやはや……これまで見たどんな宝石とも異なる……不純物が一切ない……一体どうやってこのような……興味深い……ウグッ」
「どないした!?」
「酔いました 気持ち悪い」
「荷台の上で細かいとこなんかじっと見てるから~~……!」
お水飲んで遠いとこ見ぃ、とアヤゼニはチャツネの背中をさすった。
「おいおい……ゲベ吐かんとってくれよなあ……」
荷台を駆け運ぶムシカは溜息一つ。
はあ。
チャツネは具合の悪そうな顔をしながら遠くを見た。
水筒の水を一口……ちょうど地平線の辺りにセカイジュが見える。
「そういえば、なんですけど」
おもむろに、気になったことをふと。
「アートマンの秘宝って肉体だけなんですね」
心臓、腕、瞳、手――言われてみればそうだ。
「魂とか……感情とか、心とかはないんですかねえ」
「そういえば下半身もないなあ」
そんな人間達のやり取りに、ムシカが。
「アートマンのアレコレって、旧世界の遺物なんやろ~?旧世界は何かしら……行き詰まりとか創造神の『なんかちゃう』のせいでリセットされたとかなんとか……そんな『失敗作』の遺物で、ほんまにどないかなるんかなあ?」
シュメルの神殿にこの秘宝を収めればどうなるかは、まだ何も分からない。ムシカの言葉に一同は「うーん……」と考え込んだ。
と、そんな頃合いで。
「……あ~~~~しんどっ!ちょっと休憩、休憩や!」
ムシカが一時停止して、荷台を大地に下ろした。「足パンパンやでも~」と原っぱに大の字。
ぜえはあ。
一方のアヤゼニとチャツネは――日に日に、ムシカの休憩スパンが短くなっていることに気付いていた。
速力も少し落ちている。
やはり神々の力が弱まっている。
このまま全ての神が力を失ってしまったら……この世界はどうなってしまうのだろう?
「お疲れ様です、脚マッサージしますよ!」
「えーっと……お水飲みます?それとなにか栄養も口にした方がよろしいかと」
とりあえず、今は目の前の神を労うことにしよう。
アヤゼニはムシカの小さい脚を揉みさすり、チャツネは積み荷をごそごそ探るのであった。
[[第四章グランドエピローグ]]――シュメル、地母神イナンナ神殿。
現在シュメルでは、地母神イナンナが地上から、冥界神エレシュが地下から、それぞれシュメルの大地へマナを通わせることで、この地の『作物が実らない』という災禍を抑え込んでいた。
だが二柱の女神はその儀式でつきっきりになってしまう。
文字通りの不眠不休で――神であるからこそできることだ――神殿にこもったイナンナは、集中し続けている。
と、そんな時であった。
『――イナンナよ』
マナを介した厳かなる声が、イナンナの心の中に響いた。
目を閉じていた女神は、薄く目蓋を開く。
「その声――エレシュ? どうしたのだ」
『ただの業務連絡だ。……先日話した、星辰のことは覚えているか?』
「ああ……創造神が眠りにつく星辰の話」
『冥界には旧い死者もいる。冥界には旧い記録が数多ある。ゆえに各国の冥界神に使いを送ってな、こちらの方で調べたのだが』
「うそ!いつのまに!?ずる!」
『……』
「あ。はいはい。話を続けてどうぞ」
『はぁ。……やはり噂は真だった。天の星がとある列を成す時……創造神アンマは深い深い眠りに就く。我々が想像するような微睡みではない、もっと深いものだ。存在の希薄化とでも形容しようか……』
創造神アンマはこの世界の心臓にして、世界を乗せた掌だ。
アンマが特殊な眠りに陥り、存在が希薄になることで、この世界もまた、抽象的な表現だが『存在が薄く』なるという。
さて、この世界の根幹的なモノとはマナだ。
人間でいうところの血液といった生命に直結する非常に重要なモノである。
『この世界の存在が薄くなる』こととは即ち、世界的なマナの希薄化を意味する。
人間でも、貧血になると様々な体調不良が発生するように――この世界もまた、マナの欠乏によって『不調』が発生した。
それが、各国で起きた災いだ。
「ではアンマ神さえお目覚めになれば、全ては解決すると?」
『理論上はな。だがアンマ神の目覚めを悠長に待っている猶予はない』
「……アートマンの秘宝を例の神殿に納めたら、アンマ神はお目覚めになるのだろうか」
『さあ?』
「さあって……」
『だが旧世界の遺物たる件の神殿は、どうもアンマ神への供物を捧げる場所であったらしい。何かは、起きるはずだ。……未知ではあるが、絶望には未だ早いだろう』
「……。民らは、無事に秘宝を神殿に送り届けられるだろうか。今はどの神も……マナ欠乏で倒れたり、手が離せなかったりで……わらわたち神は、人間よりも強くて人間を護らないといけないのに……こういう時に限って、人間に頼ることしかできないなんて」
『……そうだな。だからこそ、今は彼らを信じるしかないだろう。彼らがいつも、妾達のことを信じてくれるように』
「うん……」
『きっと。大丈夫だ。シュメルの美しさはこれからもずっと続いていく。誰も、何も、損なわれたりなんかしない』
「……。まさかあなたに慰められるとはね」
『勘違いするな、おまえの為ではなくシュメルの為だ。おまえが潰れたらシュメルの大地が枯れてしまうからな』
「はいはい」
――神殿を介して伝わってくるのは、シュメルの民の祈り。
シュメルをどうかお守りください、そんな人々の儚くも切なる願い。
ならばそれに応えずしてなんとする。
我はシュメル地母神、偉大なるイナンナなり。
女神は再び目を閉じ、己のマナを――命の一端を、愛するシュメルの大地に惜しみなく注ぎ続ける。
姉にも気遣われたのだ。
神には神のできることを、最善で尽くす。
[[一方、シュメル探検隊は]]一方、シュメル探検隊は――
「この藪を切り開けば近道を作れそうですわね。できればそこの木を伐採して……」
ルドミラは几帳面に、白紙にマッピングやメモを書き込んでいく。
「なら、その伐った木を橋にできませんかねー?」
藪をマチェットで切り開きつつ、しばちーが言う。
この先には深くて流れの速い大河があった。
人の手が入っていない場所ゆえ、橋などはない。だがこの川の向こうに例の神殿があるのだ。
「川幅が細い場所がありましたわね……そこなら丸太を渡すことができるかも」
「それじゃあやってみますかー!」
シュメル探検隊は彼女ら二人だけではない。
大人数での人海戦術が実施されている。
連絡用の狼煙を上げれば、手近な者らが集まってくる。
やはり議題は、このジャングルを横断する大河をどう渡るか、だ。
「流れが速いから船は難しそう――」
「泳ぐにしたって、アートマンの秘宝を持っていかないとだし――」
「この川幅が狭いポイントに橋を――」
「ちょうどルート確保の為に伐採予定の木が――」
「とりあえず簡易なモノを作って、その先の探索をしている間によりちゃんとした橋を――」
話は迅速にまとまった。
かくして、一先ずの仮として、川幅が狭い地点にて丸太が渡される。
しばちーやルドミラをはじめとした探索隊が川を越える――緑の向こうには例の神殿が見える。
目視ならそう距離はないように見えるが、実際はジャングルの中を歩くので決して容易い道にはならないだろう。
……そんな懸念が的中するように。
「わ゙あああああああああ」
「い゙やああああああああ」
しばちーとルドミラは半泣きでジャングルを全力疾走していた。
二人の後ろ――木々を薙ぎ倒し牙を剥いて追いかけてくるのは、ずんぐりと巨大な魔獣だ。
牡牛のような巨大な角に、禍々しい爪、鱗の生えた肉食獣めいた体をしている。
見るからに凶暴である。
どうやら神殿周りがコイツの縄張りだったようで……しかもかなり執念深く、縄張り意識の強い魔獣だったようで……。
「ミステリーハンターとしてはぁ!未知の生物との遭遇は!嬉しいんですけどー!」
「ミステリーハンター知識でどうにかなりませんことー!?」
「いやちょっと初めて見る魔獣なので分かんないですねー!あ!いやでも一つだけ分かることがー!」
「なんですの!?」
「追いつかれたら死にますねえええ!」
「そうですわねえ知ってますわああああ!」
しかしこのまま逃げても埒が明かない。
逃げ切れるかもしれないが――どのみち神殿に行かなくてはならないからまたコイツの縄張りに入らないといけないし、そもそも今後アートマンの秘宝を持って来る者らがここを通るのだ、あの魔獣はどうにかしなければならない。
どうする――そうして閃く。
この先には、さっき渡るのに苦労した川がある。
あれにこの魔獣を突き落とせば、あるいは……!
しばちーとルドミラは同じことを考えた。
アイコンタクト、決死の頷き。
まもなく藪を抜けて川につく。
葉々の向こう、流れる水面の煌めきが見える。
「せーので――」
「了解ですわ……!」
「――せーの!」
川に辿り着く寸前、一気に、左右へ散開。
魔獣は――突進の勢いが殺せず――左右へ逃げた二人に気を取られたのも相まって――目論見通り、川に転落した。
どぼーん。
「ガアアアアア!」
怒りに満ちた唸り声、もがく体、しかし川の速い流れはあっという間に――魔獣を向こうの方へと押し流していった。
ちなみにこの川、ちょっと流されたら滝がある。
……多分、滝から落っこちて、ここに戻ってくることはそうそうないはずだ。
危機一髪。ふう、と乙女二人は胸をなでおろした。
さて。
かくして神殿までの道は無事に確保される。
神殿周囲は瓦礫が多かった、旧世界の遺跡の残骸だろうか。
ただの丸太だった橋はキチンと整備され、藪や木々は切り払われ、地面は踏み固められ、迷わぬようルートには目印も作られた。
これで、アートマンの秘宝は無事に神殿へと運び込めるだろう。
「……旧世界の遺跡ですかー」
しばちーは神殿を見上げる。
とてもとても古い、今にも崩れてしまいかねないほど荒れ果てた神殿だ。
「すうっごく古そうですけどー 大丈夫なんですかねー……?」
「それは……まあ……私も少々気がかりですが……」
神殿内部は、別の者らが今、ツタや鳥獣の糞を除去したり罠などがないか確認したりと調査・清掃中だ。
まもなく安全に立ち入れるようになるだろう。
「なんにせよ! これで、いろんな国のいろんなことが落ち着けばいいですねー」
「そうですわね。商人としても、社会が安定しなければ安定した商売はできませんから……」
しばちーとルドミラは互いに視線を交わし、一仕事終えた達成感と共にニコリと笑み合うのであった。
[[第四章グランドエピローグ]] シュメル、原生林奥の神殿。
シュメル冥界神エレシュ曰く、この神殿は旧世界の遺物であり、創造神アンマへの供物を捧げる場所であったらしい。
「わ。ほんとに不思議な窪みがある」
瑞希は神殿内部の台座を覗き込み、目を丸くしていた。
「斉天大聖様の仰ってた通りですね」
「ここにアートマンの秘宝を……」
ワコクより来たイシュ、yomezeniは、それぞれ『アートマンの瞳』『心臓』を抱えていた。瑞希と共に台座を覗く。
そこには既に、各国から運ばれてきた『アートマンの手』『腕』が収められていた。
台座はかなり老朽化しており、半ば崩れており、欠落も存在する。
だがしっかりと、瞳と心臓を収めると思しき窪みは存在していた。
乙女達は互いに視線を交わし合い、頷くと、台座に残り二つの秘宝をそっと収めた……。
――すると。
台座が、神殿が、震えはじめる。
慌てて神殿より出た三人は、驚きと共に成り行きを見守る。
かくして。
イシュ達、そして世界中の人々は――神殿より空へと、天高く伸びあがった巨大な光を目撃する。
それはまるで巨人のようだった。
光でできた巨大な、人間の上半身だ。
輝く巨人は両腕を天へと伸ばして――伸ばして――星へと指先を伸ばす――。
……天の星がとある列を成す時、創造神アンマは深い深い眠りに就く。
人々が想像するような微睡みではない、もっと深いものだ。眠りというより、存在の希薄化に近しい。
創造神アンマはこの世界の根幹そのものだ。
アンマが特殊な眠りに陥り、存在が希薄になることで、この世界もまた『存在が薄く』――つまり、世界を形成するマナが極端に希薄になってしまう。
マナとは、人間でいうところの血液といった生命に直結する非常に重要なモノである。
人間でも、貧血になると様々な体調不良が発生するように――この世界もまた、マナの欠乏によって『不調』が発生した。
それが、各国で起きた災いだ。
ゆえにこそ、創造神が眠りにつく星辰を元に戻せば、神は目覚める。
この光は――アートマンは――創造神を目覚めさせんと、星の列をその手で戻さんとしているのだ。
だが。
――ふ、と光の巨人が傾き、倒れて――掻き消える。
光の発生源であった神殿が、余りに老朽化していたからか崩落してしまったのだ。
それと同時に、光の中にあったアートマンの4つの秘宝も砕け散って、欠片がポロポロとこぼれ落ちてしまう……。
――そんな!
光を目撃していた全ての者らが声を揃えた。
神を眠らせる星の列はそのままだというのに。
そして絶望に追い打ちをかけるように……世界の『希薄化』が、また一段と進行して。
シン、と風が止まった。
世界が一瞬、恐ろしいほど静かになった。
そうして気付けば――世界中の、全ての神が、覚めぬ眠りに落ちて倒れていたのである。
その上、彼らの身体は指先や髪先――末端から、薄らと透明になりはじめているではないか。
マナが希薄になり、輪郭と存在が消失しかけているのだ!
――このままでは、世界は完全に失われてしまう。
残された人々に残された道は二つだ。
諦めて、眠った神々と共に滅亡を受け入れるか。
諦めず、人間だけの力で滅亡に立ち向かうか――。
[[第五章 グランドオープニング]] その日、光の巨人アートマンがシュメルより伸びあがり、星へ手を伸ばし――
その手は星に届くことなく、巨人は倒れて掻き消えた。
――それから世界に起きたことを、『災禍』以外に何と呼ぼうか。
世界中の全ての神が、覚めぬ眠りに落ちてしまった。
シュメルでも、ザンプディポでも、ワコクでも、ヤンシャオでも、他の全ての国でも。
未曽有の有事に、真っ先に声を上げたのはヤンシャオであった。
他国と違い、神ではなく人間が国の長を務めていることが幸いした。
全国を見渡してもヤンシャオはそう混乱せずに済んでいた。
ヤンシャオ皇帝エイセイは混乱する人々を取りまとめ、各国へ遣いを派遣し、どうすべきなのかを共に考える。
まず、この異常事態の元凶が想像神アンマの眠りであることは判明していた。
その『眠り』は、天の特殊な星の並びに起因している。
その星の並びを『どうにかする』為には、やはりアートマンの力が必要だ。
もう一度、あの目覚めの儀式を行わねばならぬ。
……ではそもそも、なぜ目覚めの儀式が失敗したのか?
シュメルの件の神殿が、余りにも老朽化していた為に、アートマンが星を並び替える前に崩落してしまった為だ。
アートマンの秘宝に下半身に関するものがなかったのは、あの神殿こそがアートマンの腰であり脚であったからだ。
ならばまず、あの神殿を元に戻さねばならぬ。
それは現地民であるシュメルの人々が担おうと名乗り出た。
次に、儀式に必要なものはアートマンの秘宝だ。
4つの秘宝は砕け散り、欠片になってしまった。
欠片は既に全て回収されたが、粉々になっており、どれがどの秘宝のものだったか判別困難になっている。
だが、修復は不可能ではないはずだ。
アートマンの秘宝の修復については、ヤンシャオが担おうと名乗り出た。
しかし一方で、修復にあたって懸念事項が一つ。
かねてより神殿に立ち入った者より、秘宝を収める台座の欠落が気になるという話が出ていた。
そこで崩落した神殿を丹念に調査した結果、地下から発見された石板より、もう一つの秘宝の存在が明らかになる。
それは『アートマンの心』。
かの秘宝はこれまでのような秘宝とは異なり、目覚めの儀式の度に新しく造らねばならないものであるらしい。
そこで、『アートマンの心』の製造については、ザンプディポが担おうと名乗り出た。
そんな中で……人々は、天の様子がおかしいことに気付く。
天の太陽が、ぐらぐらと揺れて震えているのだ。
マナの希薄化に伴い、太陽が空から落下しそうになっている!
もしも太陽が落下してしまえば、燃える欠片が飛び散って、大陸中が火に包まれ、世界はずっと夜になってしまうだろう。
ならば太陽を支えよう、とワコクが大仕事を名乗り出る。
かくして人々は動き始める。
いざや、災禍に終止符を。
――この世界で生きる明日を、迎えに行こう。
【人と神とを繋ぐモノ】そして世界は――
最終章、開幕。
[[第五章 ワコク編]]
[[第五章 ヤンシャオ編]]
[[第五章 シュメル編]]
[[第五章 ザンプディポ編]]第五章 ワコク編
陽に挑む
<image src=https://kamuinotami.works/creators/rpg/img/wakoku5.png width="80%" height="80%">
[[落葉にはまだ早い]]第五章 ヤンシャオ編
煌めきの迷路
<image src=https://kamuinotami.works/creators/rpg/img/zan5.png width="80%" height="80%">
[[4つの輝き]] 不可思議な星の並びによる、創造神の眠り。
それに伴うマナの希薄化、世界的な災禍。
――アートマンの秘宝を用いた目覚めの儀式の失敗。
更なるマナの希薄化、神々の眠り。
今、世界は滅亡の危機に瀕している。
しかしこのまま滅んでなるものかと、世界中で人々が力を合わせ、状況を打破せんと足掻いている。
今一度、目覚めの儀式を敢行する為に――シュメルでは神殿の再建が、ザンプディポでは更なる秘宝『アートマンの心』の製造が、ヤンシャオではアートマンの4つの秘宝の修復が、行われている。
かくしてワコクでは――
「……なんだか、太陽がおかしくないか?」
ワコク某所、民らは空を見上げて、天に輝く太陽に目を細めていた。
「太陽が……揺れている……?」
見間違い、と処理するにはあまりにも『震えている』。
ゆらゆら、ぐらぐら……まるでよろめくような……支柱が崩れていくかのような……ともかく、それは明らかに異常事態であった。
――そう。
天から太陽が落下しかけているのである!
おそらく世界的なマナの希薄化に伴い、天が不安定になっているのだろう。
もしも太陽が落下してしまったらどうなる……?
あの燃える火の玉によって、大陸は火に包まれてしまうだろう。
そうなったら、アートマンの秘宝による目覚めの儀式どころではなくなってしまう。
多くの命が、喪われてしまうだろう。
それだけでなく、この世界は二度と火の昇らない永遠の暗闇に閉ざされてしまうことになる。いずれにせよ、破滅だ。
これをどうにかせねばならぬと、立ち上がったのはワコクである。
ワコクは日の昇る国とも称される。
落ち行く日を支えるにはこれほどピッタリな国もないだろう。
ワコクには――ヨミが残した虚船があった。
ヨミは活動停止に陥る前に、人々へ手紙を残していた。
もしも自分に何かあれば、虚船は自由に使ってもよい、とそこには記されていた。それから、操縦方法も詳細に。
最後に、人々のことを信じている、おまえたちならきっと世界を希望に導ける、と。
かくして、虚船に乗り太陽を支える為の面子が集められた。
今から君達は、虚船に乗り、船で直接、落ちかけている太陽を支えることになる。
虚船は頑丈なる神の乗り物だ。
太陽の炎でも容易くは焼かれまい。
……しかし失敗すれば、君達だけでなく、その下にあるワコクをはじめ、数多の命が太陽に巻かれて燃え尽きるだろう。
いざ、命を懸けて、世界を護れ。
[[陽に挑む]] ヤンシャオに届けられたのは、アートマンの4つの秘宝。
すなわち、アートマンの瞳、心臓、腕、手。
……だがそれらは、悲しいほどかつての姿ではなくて。
どれもこれも砕け散って――大きい欠片でも拳ほどだ――4色それぞれが交じり合って、混然としてしまって、これはこれで美しいのだが、そうも言ってはいられない。
「こ、ここまでボロボロになったものを修復できるのでしょうか?」
白い布の上に散りばめられた秘宝の残骸を見て、ヤンシャオ役人は不安げに呟いた。
「修復できないと……この世界はおしまいでしょうねえ」
もう一人のヤンシャオ役人が、修復作業の為の道具を卓上に並べながら、不安そうに呟く。ひときわ丁寧に置かれたのは、ヤンシャオ秘伝の霊薬だ。これがあれば、砕けた秘宝同士も接着できる代物である。
――今、ヤンシャオどころか世界が滅亡の危機に瀕している。
特殊な星の並びによる、創造神アンマの眠り。
それに伴う世界的マナの希薄化、災厄、神々の沈黙。
アートマンの秘宝による、目覚めの儀式が行われたものの……それが失敗し、今に至る。
そして今は、今一度の目覚めの儀式を行う為に、アートマンの秘宝の修復が必要なのだ。
かくしてアートマンの秘宝の修復を、ヤンシャオが担うことになったのである。
[[煌めきの迷路]]――揺らめく太陽へ、銀色の虚船が真っ直ぐ飛んでいく。
船には、ヨミの意志を汲んだ5人のワコク人が乗っていた。
一同は意匠を同じくした勇ましい服をまとっている。
イシュが生地や装飾の費用や希少性を惜しまず仕立て上げた、最高の大一番の為の装束である。
イシュが仕立てたそれは魔法の道具ではない、言ってしまえば服で、布である、しかし――揃いの勝負服を身に着けていると、一同は心の奥から火が燃え上がるような心地がしてくるのだ。
それは勇気、決意となって、一同の心を結んでくれる。背中を後押ししてくれる。
イシュの仕立てた衣装には、確かに『力』が宿ってた。
ゆえにこそ――操縦桿を、この船の操縦を託された獅子丸は身が引き締まる思いだ。
体の中から力が込み上げてくるのは、ここが神の乗り物ゆえか、イシュの決戦衣装のおかげか、……いや、きっと全部だ。
一同の表情は凛然と。真っ直ぐ、迫る太陽を見据えている。
その中にはカツモトもいた。
じっと、眩い日輪に目を細めている。
(太陽、か――)
そう聞いて、真っ先に頭に浮かんだのは兄のこと。
カツモトは名家の子息だが次男であり、そして、悲しきかな凡庸で。しかし兄は違う。
文武両道、品行方正、他人にそして更に自己に厳しい兄。
当家の太陽。
家臣らもそう評している。
そんな兄が誇らしくある。疎ましくもある。
もう何年も、カツモトは兄の目を見ることができずにいる。
だからかもしれない。
『太陽を支える』、そんな任務に自然と志願の手が挙がったのは。
……ふと、そんな時であった。何とはなしに見回した船内で、カツモトは不思議な……月から紡いだような、しろがねの糸束を見つける。
これは、ヨミがパルジャニヤの意志を護らんとした時の、あの繭の欠片ではあるまいか。
「皆! これを見てくれないか」
思わず拾い上げたそれを仲間のもとへ。
「これは」、と一同が目を見開く。
特にイシュがハッとして、手早く裁縫道具を取り出した。
「この繭糸……皆さんの服に縫い込ませてください!」
「もちろんです、よろしく頼みます」
カツモトはイシュに繭糸を託した。
かくして、糸は全員の決戦服に縫い込まれる。
(最後の最後で太陽の落下なんて……)
災禍の連続に、yomezeniは寸の間だけそっと目を伏せた。
不安はある、懸念はある。
しかし――
(今までようさん苦難を乗り越えてきたんや。ここで終わりなんて絶対嫌や……!)
だからこそyomezeniはヨミの船に乗り、太陽を支えんと思いここに居るのだ。
(大丈夫。それに今回だって、独りやない)
横を見れば、頼もしい仲間達。
その勇ましい横顔にyomezeniは勇気が湧く心地がして、共に前を見た。
太陽は、既に目前であった。
「さーて……そろそろぶつかるぞ、気張れよおまえら!」
獅子丸は仲間へ告げる。
それに一同が答えた瞬間、虚船は太陽へ――眩しくて眩しくて、もはや光の中に居るかのよう――ごごん、と船が揺れた。
船の表面が、硬いものと擦れ合う快くない音が船内に響く。
「っ……!」
衝撃に思わず膝を突いてしまったミヤコだが、顔に決して狼狽や焦燥は出さず、しゃんと立つ。
その相貌には、神楽師として祖母から教わった伝統的な化粧が施されていた。
その化粧は、共に並び立つイシュの顔にも。
目元に、唇にひいた深い朱色が、乙女達のかんばせの美を引き締め引き立てる。
「参ろうぞ、イシュ様」
「はい、共に!」
シャン、と二人が手にした神楽鈴が鳴った。
この船の持ち主はヨミだ。
ヨミへの信仰の力が原動力となる。
ゆえに、イシュとミヤコはヨミへの神楽を奉納する。
振付はミヤコが担った。
神楽師である彼女の家に代々伝わる、旧い旧い格式高い奉納神楽だ。
ミヤコは、物心ついた頃より神楽と共に生きてきた。
つま先もから指先まで、所作も表情も息遣いも全て全て、全てが神に捧げる舞が為に在る。
その神楽を引き立たせるのが、イシュの仕立てた衣装である。
動きやすく、それでいて踊る時に美しく見えるように、彼女の技術の集大成がそこにある。
――太陽を支える。人に、自分に、こんなことができるのか……イシュの胸に、欠片でも不安が湧かなかったと言えば嘘になる。
(でも、ここまで来たらやるしかない!!)
逆境に俄然、やる気は漲る。
ミヤコと呼吸を合わせて神楽を舞い、眼前の太陽光の容赦のなさに耐えながら、思い返すのはこれまでの試練、苦難――大変なこと、つらいこと、無理だと諦めてしまいそうな出来事――だけどその都度、仲間やそこに生きる人々、そして神々と力を合わせて、乗り越えて――
(わたしは、ここまで来たんだ!)
気炎万丈、勇気凛凛。
思いを全て、この舞に込める。
美しく舞う二人の背を見守りつつ。
yomezeniは、手を合わせて祈る。
一心に祈る。
芸事は専門ではないが、祈ることならば誰にも負けない、そんな気概で。
災禍の日々の中で、yomezeniは皆の笑顔や、普段の何気ない生活が尊く大切なものであることを知った。
そして、人々のそんな営みを護ろうと、パルジャニヤやヨミは必死に力を尽くしてくれた――その優しさに報いたい、神々が護ろうとしたものを、護りたい。
まだこの世界で、生きていたい。
皆と一緒に――生きて居たい。
……船内が熱くなっていく。
虚船の表面が太陽の灼熱で溶け始めていた。
船が揺れる。だが獅子丸は、必死にその揺れや傾きを最低限にと尽力する。
獅子丸は博徒だ。
感情は易々と顔には出さない。
だが今は、かつてなく、余裕なく、必死の形相で操縦桿を掴んでいた。
それほどまで、状況は逼迫していた。
かれこれどれぐらい、太陽に接し続けているだろうか。
短いようにも、永遠にも感じる。
それでも、獅子丸は勝負所には強い男であった。根性と気合で、自分の意識を叱咤する。
持ちこたえる。
――そんな時だった。
後ろから聞こえてくるのは、懐かしい歌――。
「――♪」
「―― ……♪」
イシュとミヤコが声を揃えて歌うのは、ワコクに旧く伝わる童謡、ワコクで生まれ育った者ならば必ず耳にしたことのある歌。
故郷への懐かしさ、愛しさを呼び覚ます、ワコクの歌。
「――♪」
yomezeniも共に歌い始める。
精一杯の大きな声で、仲間をヨミを、帰るべき故郷を想いながら。
全てへの想いを歌声に変えて。
「――♪」
カツモトもそれに続く。
乙女達の高らかな声に、低く柔らかく音を震わせる男声が混じる。
調和する。
カツモトはイシュが袖口に縫い込んでくれた、しろがねの繭糸をそっと握り込んだ。
想いは力となる。
その証拠がここにある。
それはカツモトの、そして皆の士気を高めてくれる。
心の中から込み上げてくる想いは、ヨミへの、パルジャニヤへの、故郷への想い。
その想いを歌に乗せる。
一音に、一句に、心を込める。
――太陽に向かう自分達がどうなるのかは分からない。
だけど――それでも――
(もし――この任務を終えたら――兄上の目を、真っ直ぐ見ることができる気がする)
歌は続く。
イシュは旋律を以て、仲間達を、ヨミを鼓舞する。
ワコクの象徴たる「日」を支える。
日が昇らなければ、ワコクだけでなく他の国の明日もない。
ここは、ワコクの民だからこそ任せられた舞台なのだ――そう思うと、不思議と恐怖より誇らしさが勝っていた。
晴れ晴れと、蒼天のような心を胸に携える。
全てを無駄にしない。
熱い想いを歌に、舞に。
――ふ、と獅子丸は小さく笑った。
ならば、と彼もその歌に加わる。
少し荒っぽいが、ご機嫌な声で。
童歌を歌うなんて何年振りだろうか。
故郷のことを、そこで生きる人々のことを想いながら、獅子丸は船を操縦する。
その時だ。
ひときわの揺れ。時間の中で、船の損傷はいよいよ大きくなり始めていた。
(さて、右に切るか左に切るか――)
山場も山場、正念場。
そんな時に、ポロリと懐から落ちる賽。
コロコロ転がるのを、博徒のサガか、思わず目で追っていた。
揺れる船内の上、真っ赤なピンゾロ。
「白黒はっきりしちゃるわい」
誰とはなしに呟いた。
直感で、力いっぱい、右。
――偶然にも。右側の装甲がまだ厚く残っていた。
船は未だ、太陽に耐える。
刹那の出来事である。
後方の窓、4つの光が流星のように空を飛んでいくのが見えた。
ヤンシャオから飛んだその光は、遥かシュメルの方角へ。
更にそこへ、鮮紅色の光も加わる。
ザンプディポからシュメルへ、飛ぶ。
――アートマンの5つの秘宝だ。
5つの光、すなわち、瞳、心臓、腕、手、心が、シュメルの美しい神殿に集う。
それはヌマンガオパールで飾られた台座に収まり、いっそうの光を放ち――
輝ける五色から成る巨人の上体が、天へ高く高く伸びた。
かつて失敗に終わったあの儀式と同じ光景、だが今回は更なる光を帯びている。
光の腕が、指先が、天の星へ伸びる。
星を掴み、一つ一つ、正しき場所へと整えていく。
そして星の列を正し終えた光の巨人アートマンは、両腕を広げ――ふわり、内側から風が吹き上がるように、その姿を霧散させた――塵となった五色の秘宝が、星屑のように世界へ降り注ぐ。
アートマンのマナを、世界へと降らせて巡らせていく。
きらきらと、夜明けの深い青い空の中、それは奇跡のように美しくて……。
――かくして、遥か天界。
創造神アンマは、ゆっくりと目蓋を開く。
それはこの世界の目覚めでもある。
次々と、世界中で、神々も続くように目を覚ます――この世界が、元の姿を取り戻す。
その光景にワコクの5人が目を奪われていたら、ガクン、と虚船が大きく揺れた。
船が壊れたのではない。
太陽が、支えられずとも自然と昇りはじめたのである。
「やった……」
虚船から離れ、空へと昇っていく太陽を、アートマンの光塵が降る空を見つめながら、ミヤコが小さく呟いた。
「どうにか、間に合ったようですね」
「はあ……よかった~~~……!」
カツモトが微笑して、イシュがホッと胸を撫で下ろす。
「なんとかなったようで……」
操縦席にぐったり背を預け、獅子丸は仲間達に片手をひらり。
「……うう……」
yomezeniは俯いていた。その肩は震えており――
「わああああぁああぁぁああ~~~~~~~ん!!! もお! どおなるかと思ったああああ~~~~~~!!!」
緊張とか達成感とか不安とか安堵とか、そういうのが全部一気にブワッとして、大泣きも大泣き。
苦笑するミヤコが肩を抱いて擦ってくれる。
仲間達も、優しく笑っていた。
「ところで一つ気になってたんだが」
そんな中、獅子丸が。
「この赤いボタン、なんだと思う?」
親指で刺すのは、操作盤からちょっと離れた場所の、厳重そうなそれ。
「ああそれは――」
カツモトが、ヨミの手紙に書かれていた内容を思い出し、こう言おうとする。
「緊急用の脱出装置で」――だがそれを発言する前に。
「そい」
ぽち。
獅子丸は冒険心に勝てず、押していた。
次の瞬間である。操縦席がバッシューーーーーーーと射出され、「どあああああああああ」という声が遠ざかり――獅子丸は空を舞い……そして……パラシュートで、ひらりひらりと落ち始めるのであった。
ちなみに風に流し流されセカイジュにひっかかったので救助がメチャクチャ大変だったのは、また別のお話。
ヤンシャオ王都。
集まった一同の前には、4つの色が混じってしまった宝石の塵山。
「これはこれで……カラフルでキラキラして綺麗――ってそれどころやなくてやな」
タトゥーモヒカン・ayazeniはかぶりを振った。
そして、仲間達へ顔を上げる。
「わいは皆さんのお手伝いに徹するさかい、どんなことでも言うてもろて。……まずは色ごとに分けていきましょか、組み立てはそれからっちゅうことで」
「せやなあ。……こりゃ長丁場になりそうや」
シロセカは眼前の秘宝の成れの果てに片眉を上げ……肩を落とした。
「あの秘宝が……集めるのにあんなにすったもんだ大変やったアートマンの秘宝が……こうもバラバラになってもうたと思うと……ちょっとツライもんがありまんなあ……」
「だからこそ、皆で頑張って元に戻そう!この秘宝を集めた皆の努力が無駄にならないようにっ」
励ますのは瑞希だ。
その隣では、天ケ谷ありあがウンウンと頷く。
「皆で力を合わせれば、きっと大丈夫ですっ。私も頑張ります!」
ではその時だ。
部屋のドアが開き――そこには――山積みの本に足が生えているような謎の物体が――いや、大量の本を抱えているkatだ。
「すみませんお待たせしました! ……役立ちそうな書物を探していたら時間がかかってしまいまして」
ヨロヨロ……ヨタヨタ……どうにかこうにか、机の上に本を置く。
ふう、と額の汗を拭う。アートマンの秘宝の組み立ての話を聞いて、katはヤンシャオ中を駆け回って手がかりを調査してきたのだ。貸してもらった文献だけでなく、彼が聞き集めて記した口伝の書き写しもある。
「こんなにたくさん……!? すごい! ありがとうっ」
瑞希をはじめ、一同は感心して書物をめくる。仲間達からの率直な感謝に、katは少し照れくさそうにした。
「いえ……ちょっと、情報を集めるのが趣味っていうか得意っていうか」
katは実はスパイである。「実はスパイなんですよ」なんて大っぴらには言えないので、それとなく答えておいた。
「あ! もちろん、組み立て自体も手伝いますよ。俺にできることなら何でも言って下さい」
ではでは。
5人の、静かな戦いが幕を開ける。
「大きい分かりやすい欠片ならわいに任せてえな!」
ayazeniが意気込む。
専門的な知識には疎いayazeniだけれど、大きな欠片の仕分けならばできる。
「なら俺も、手伝いますよ」
katも挙手をする。
「ほな、この色とこの色はわいが取り出すから、他の2色はkatはんにお願いしてもええやろか」
「お任せください! 手分けした方が効率的ですしね」
ということで、ayazeniとkatが大きい欠片の選別をテキパキと始めた。
「なら、私達は細かい欠片の振り分けを頑張りましょうか」
「よ~~~し、やるかあ」
ありあの言葉にシロセカが頷き、瑞希も揃って、ルーペとピンセットを装備した。
――黙々。
一同は明鏡止水に集中し、秘宝を4つに分けていく。
集中しているので誰も言葉を発していない。
宝石が選別されていく微かな音だけが、その部屋に響いていた。
(こういうのは、得意分野……!)
瑞希の手際はひときわ良い。
錬金術師の彼女は、素材の見極めや細かい作業ならば日常なのだ。
自前の拡大鏡やピンセットなど使い慣れたものを持ち込んで、次々と選別を行っていく。
アートマンの秘宝については実物の記録がある。
katが持ってきてくれた書物による補助もある。
なので瑞希の目がミスをおかすことはない。
彼女は細かくて難しそうな欠片を積極的に選別して、作業に大きく貢献していた。
ゆえに、仲間もありがたく瑞希を頼る。
「瑞希さん、これ……」
ありあが困り顔で小さな欠片を示した。
「光の具合で色が変わる感じがして、判別しづらくて……どっちなんでしょう?」
「ん~? どれどれ……これは~……この断面……『腕』だね!」
「ありがとうございますっ」
ありあは時に瑞希の助力を乞いながら、アートマンの秘宝の選別を行っていく。
ありあは絵が得意だ。
色彩に関するセンスは鋭い。
その審美眼を活かして、選別して――後から組み立てやすいように、振り分けられた欠片について手早くスケッチを行う。
細かい欠片なら、大きく紙に描けば分かりやすい。
瑞希とありあが難易度の高い欠片を、ayazeniとkatが大きい欠片を請け負っているので、シロセカは中間ぐらいの欠片を主に担っていた。
選別をしながら――シロセカは、『アートマンの手』を最初に見つけた時のことを思い出していた。
美しい橙色。
あの時、あの砂漠で見た秘宝と同じ色。
あの日は、夕日に砂漠の砂が茜色に煌めいて、本当に綺麗で……。
(でも、盗賊どもに盗られてしもたんよなあ……)
心の中で苦笑する。
本当に、あの時、誰も死ななくてよかった。
仲間が助けに来てくれてよかった。
ちなみにあの盗賊どもは、後からヤンシャオ王都から兵が派遣されてひっ捕らえられたとか、なんとか。
あの時、一緒に捕まった仲間達も、今もどこかで頑張っているんだろうか。
共に世界の混乱を解決する為に世界中を駆け回った仲間達の顔を、ひとつひとつ、宝石を一粒一粒ふりわけながら、シロセカは物思った。
この宝石には、本当に、いろんな思い出が詰まっている。
シロセカの、そして、たくさんの人々の――大変だったこと、嬉しかったこと、つらかったこと、ホッとしたこと。
それは、他の4人も同じだった。
不思議と――秘宝を選別しながら胸をよぎるのは、この世界の為に尽力した日々のことだ。
危ない目に遭ったり、大変なこともあったけれど。
今となっては、思い出だ。
そんなこんなで、時に休憩も挟みつつ。
「っっ……終わッ たああああ~~~~……ッッ」
4つ分の選別が終わった。
第一関門突破だ。
ぐっと椅子に身を預け、ayazeniが伸びをする。
大きい欠片を請け負っていたayazeniとkatだったが、途中からは中間サイズの宝石の選別をシロセカと共に行っていた。
「ど、どうにかなるもんですね、あんなにゴチャゴチャしてたのに」
綺麗に4色に分かれた宝石屑を見比べて、katは達成感に息を吐いた。
「まあ……いうて……本番はこっからなんやねんけどな……」
肩を回しつつシロセカが呟く。
彼の言う通り、ここから組み立て作業が始まるのだ。
「だけどあとは組み立てるだけ~~っ……! 千里の道も一歩からって言うし!」
「ですです! もうひと踏ん張りですよっ!」
瑞希とありあが声を弾ませる。
しかし、だ。一同はすごく疲れていた。
身体もバキバキだ。
ちょっと長めに休憩をした方がよさそうだ……。
「あまり根を詰めても効率が落ちますし」とayazeniが提案し、一同は大休憩をとることにする。
「ここはワイに任せとき」
シロセカがニヤリと笑う。
彼は医術に精通しており、その技能で仲間達の肩や首、腕のマッサージを始めた。
施術していない相手には、「ここのツボを押すとええやで」「こういう体操をしたらええやで」「あったかい手拭いを目に乗せると気持ちええやで」と指示をする。
シロセカのマッサージ、ストレッチ等の指示のおかげで、一同の肩や首や目の疲れはグッと楽になった。
これで後半戦の組み立て作業も頑張れそうだ。
……と、そんな頃合いで、一同はちょっと空腹を感じていた。
すると、ちょうどそれを見計らうように、王都に仕える者らが食事を運んできてくれる。
皇帝御用達の料理人が腕によりをかけて作ってくれた、ヤンシャオ伝統の料理だ。お腹いっぱいになりすぎて眠たくならないよう、配慮のされた量とメニューなところに気遣いを感じる。
「うわあおいしい!」――そんな感動を分かち合いつつ、後半戦に向けてのブレイクタイムだ。
甘い点心で脳の栄養もチャージしたら、いざクライマックス、組み立て作業へ。
選別の時点でありあが図解を残していたので、ゼロからの出発ではないのは大きい。また、ayazeniが選別の際に無秩序に置くのではなく、組み立てのことを考えて並べておいたのも功を奏した。
あとはこの欠片を霊水に浸して、接合面に合う欠片をくっつけて……その細やかな繰り返し。
「ありあさんとayazeniさんのおかげでかなり作業が楽やわあ」
欠片をひとつひとつ組み上げながら、シロセカが言う。
「えへへ……私、絵が得意で良かったです!」
ありあははにかみつつ、手元の作業は止めない。
「少しでも役に立てたんなら何よりですわ!」
ayazeniもまた、少しでも仲間と世界に貢献できるように尽力している。
「この調子なら……朝を迎えるまでには完成できそうだねっ」
選別の時と変わらず、瑞希の手際は素晴らしい。
細かい作業は得意も得意な分野だ。
選別時のように、補助やアドバイス役も担っている最後の砦である。
作業の感じからいって、おそらく、夜通し作業できれば朝には完成するだろう。
一分一秒でも早く完成させねば世界が滅ぶかもしれない現状、ゆっくり眠ってなんかいられない。
(そうだ……俺達の仕事は、世界の命運がかかってるんだ……)
katは急にそう自覚して、ブワッと今さら緊張が込み上げる。
だがスパイたるものいつだって冷静に。
す、は、と深呼吸で心を落ち着けた。
仕事柄――katは今まで、心からの信用とは無縁であった。
だけど今は、アートマンの秘宝の完成の為に、皆の力を信じて作業にあたっている。
この場にいる者の心は一つで、互いに互いを信頼している。
そういうことを思うと、緊張や心の境界線は自然とほどけていく。
ああ、なんか、こういうのっていいなあ――悪くないかも――そんなあたたかい気持ちが、katの心にふっと灯った。
……夜が更けていく……。
途中、瑞希が疲れに効くハーブティーを淹れてくれた。
彼女が調合したとっておきの茶葉だ。
スッキリした風味は眠気もふっとばしてくれる。
誰も彼も集中して、あえて励まし合うことはないけれど――それでも、互いの存在が、何よりの励みになっていた。
かくして一つ、また一つ、アートマンの秘宝が形を取り戻していって。
空が青ばみ、鳥のさえずりが聞こえ始めた、早朝のことである。
「――できたあっ!!」
最後のひとかけらを無事に接着し終え――瑞希は両手を上げた。
最後の作業を見守っていた仲間達も、わあっと歓声を上げる。
「わい、役人のひとらに報告してきまーすっ!」
ayazeniが浮足立った様子でドタバタ部屋から飛び出していく。
その背を「よろしく~」と見送って、シロセカは椅子に深々と背中を預けて息を吐いた。
完成はした。
次はこれをシュメルの神殿に持っていかねば。
アートマンの儀式が完遂するまでが自分の仕事だ、とシロセカは真剣に考えている。
と、そんな時だった。
「わ! ねえ、見て見て! 皆!」
ありあが窓際で目を輝かせて皆を手招く。
なんだなんだと一同が集まれば――そこには――
ヤンシャオの、美しい日の出。
そして同時に、それは、ワコクの者らが太陽を落とさないよう支えてくれている光景で。
ありあ、そして全員が、太陽に――それを支える仲間達に、心の中で声援を送る。
――独りではない。
この世界に、独りの者なんていない。
今度こそアートマンの秘宝による儀式を成功させる為にも、シュメルでは崩壊してしまった神殿の再建計画が進められていた。
再建にあたって調査したところ、どうやら神殿には石だけではなくヌマンガの骨が用いられていたようだ。
といっても生きているヌマンガを殺して……という血生臭い話ではない。
なんでも、アルムルーク湖の一番深い場所はヌマンガ達の墓場となっており、そこには彼らの骨が数多沈んでいるという。
その骨を用いるのだとか。
水底に沈んだヌマンガの骨は、長い長い時間をかけて――詳しい原理は不明だが、おそらく大地からマナを浴びたからか――変質して宝石のようになる。
その宝石は『ヌマンガオパール』と呼ばれ、青く透き通った遊色が非常に美しいという。
また、持ち主を災いから護るとか、幸運をもたらすとか、そんな不思議な力も有しているのだとか。
だが、ヌマンガオパールを知る者は少ない。
見たことがある人となれば、神殿勤めの長老か、神ぐらいのものであろう。
もちろん、特産品として出回ることもない、半ば伝説的な代物だ。
それもそのはず。
ヌマンガオパールを手に入れるということは、ヌマンガ達の墓場を荒らすということ。
彼らの先祖の遺体を『使う』ということ。
それを商品や珍宝として消費するなど、ヌマンガを大切にしているシュメルではタブーもタブーだ。
更にヌマンガ達の墓はアルムルーク湖の一番深い場所にある為、物理的に到達することがそもそも非常に困難なのである。
では、ヌマンガ・オパールはどのように入手すればいいのか。
伝承によると、『ヌマンガの許可を得て、ヌマンガに取って来てもらう』――とのことだ。
過去にそうやってヌマンガから授かったヌマンガオパールは、シュメル地母神イナンナ、冥界の女主人エレシュといったそうそうたる大女神に大切に捧げられたらしい。
「ヌマンガの許可を得て、ヌマンガに取って来てもらう……え? それってつまり、ヌマンガとおしゃべりして交渉してお願いする……って感じ?」
ヤンシャオから協力者としてやってきた琴葉は首を傾げた。
「あれ? ヌマンガってお喋りできる生き物だった……っけぇ?」
琴葉の言葉に、現地シュメル民達はそっと視線を逸らす。
「もしかしてシュメルの皆様はヌマンガと会話できるとか……」
現地シュメル民は、気まずそうに沈黙している。
「え!? じゃあどうやってヌマンガオパールを手に入れるん!?」
そう、問題はそこなのである!
シュメルの歴史は長いが、ヌマンガ語が存在するなんて話は誰も聞いたことがない。
しかしヌマンガオパールの伝承に、明らかにヌマンガと意思疎通を図った記述がある。
一体、過去のシュメル人はどうやってヌマンガオパールを得たと言うのか……。
「案ずるより産むがやすし、みゃ!」
どうしたものかと一同が首をひねる中、ワコクから来たとうふが声を上げた。
「一生懸命に伝えたら、きっとヌマンガだって分かってくれるハズみゃ。世界が大変なことになってて、ヌマンガ達だって困ってると思うみゃ」
しかし……懸念がある。
つい先日、アルムルーク湖では凶暴化した巨大ヌマンガ――おそらく世界の『不調』が影響していると思われる――にワコクの使節団が襲われている。
その時は彼らの機知でどうにか乗り切ったが……今もそういった常の状態ではないヌマンガがいるのならば、危険だ。
だが、しかし。そのような困難があったとしても、神殿をどうにか再建せねばならないのだ。
神殿が再建できねば、アートマンの秘宝による儀式も行えない。
そうなれば星の列は戻らず、この世界は、滅んでしまうかもしれないのだから。
「こんな世界のままだとお花も売ってられないのみゃ。早く世界を元に戻すのみゃ!」
とうふは花屋であった。
花は、世界が平和でなければ求められない。
誰もが『それどころでない』状態だと、花を愛で慈しむ心の余裕すらなくなるからだ。
「また平和な世界で家族皆で花を売りたい」、そんな願いが彼女にはあった。
では。
シュメルの有志の者らが、アルムルーク湖へ向かう。
巨大ヌマンガの暴走事件以来、危険を回避する為に船の航行は途絶えている。
湖周辺はしんと静まり返っている――。
「じゃじゃん! シュメル特産デーツをふんだんに使った特製エサや!」
そんな中で、ワコクから来たアントニオが袋を広げて仲間達に中身を見せた。
アントニオはプロアングラー、即ち釣り人だ。
現地民から話を聞き、自身の釣り人としての知識も活かし、ヌマンガ用のとっておきのエサを調合したのである。
これでヌマンガを呼び寄せ、件のお願いをしようという寸法である。
「おいしいもんを振る舞ってくれた相手に、敵意を剥き出しにしてくるモンはおらんやろ。それに生き物っちゅうのは満腹やと争う気ぃも起きへん。ヌマンガと話ができるかまでは分からんが……少なくとも、印象みたいなのんはいい感じになるんちゃうやろか?」
アントニオの言葉は尤もだ。
ならば、と一同で協力して、このエサをアルムルーク湖へ撒くことにする。
荷車に乗せるほど持ってきたので、量ならばたくさんあった。
エサの作成はアントニオをはじめ、現地シュメル人が積極的に協力してくれたのだ。
ぽちゃん。ぽちゃん。いい香りのする団子状のエサが、湖の中へと投げ込まれていく。
そしてしばらくすると――。
「あ、来た!」
「ヌマンガだ!」
人々がざわめく――そしてほどなく、湖面に幾つかの影が見えて――ヌマンガ達が現れた。
水面のエサを大きな口で豪快に飲み込んでいく。
それからしばらくすると、いっそう大きな影が見えた。
巨大なヌマンガが、ざぼ、と水を割る音を立てて顔を出す。
もしかして、先日ワコクの船を襲った個体だろうか。
分からないが、それでも――人々は、そのヌマンガへ言葉を伝える。
「先日は、こちらも防衛の為とはいえ、大変な目に遭わせてしまって申し訳ない」
「だが決して、それは、あなたや仲間達を傷付けたくて行った、悪意ある行動ではない」
「この世界は今、大変なことになっている。マナが薄れ、存在が揺らぎかけ、そのせいで良くないことがたくさん起きている。先日、荒れ狂うヌマンガが発生したのも、そのことが原因であろう」
「ヌマンガよ、どうか、力を貸してもらえないだろうか。この美しいシュメルで、これからも皆で生きていく為に、この世界を救う為に」
「その為にも、我々人間は神殿を造らねばならない。その神殿には、ヌマンガ達の骨が――ヌマンガオパールが必要になる」
「ヌマンガよ、おまえたちの祖先の骨を、どうか人間に授けてはくれないだろうか。大切に、丁重に、敬意を込めて使うことを約束する」
人々は頼んだ。
心を込めて、言葉を尽くした。
同じシュメルの大地で生きる命として、対等に、真摯に、頼み込んだ。
何度も言葉を繰り返し、真意がどうか伝わりますようにと祈りを込めて、ヌマンガ達の目を見つめた。
ヌマンガ達は――じっと、人間の話を聞いていた。
かくして。
とぷん。ヌマンガ達が、湖の中へ戻っていく。
一匹、また一匹……。そうして最後に、大きなヌマンガも湖の中へ戻ってしまい。
……残されたのは人間達だけだ。
静まり返って、人々は不安と心配に言葉を失う。
やはり、ヌマンガと心を通わせるなんて不可能だったのだろうか……。
いや、でも、もしかしたら、きっと。
諦めと共に引き返してしまいそうになる足をどうにかその場に留めて、人々はヌマンガを信じて、待つことにした。
一秒一秒が、途方もなく長い。それでも待った。
人々は、ヌマンガを信じた。
――それからしばらく経った、その時だ。
ざぶ。ざぷん。
ヌマンガ達が戻ってくる。
美しい水色に煌めく宝石となった、祖先の骨をその口に咥えて。
わっ、と人々は歓声を上げた。
伝承にてその美が称賛されていたヌマンガオパールだが。
実物を目にすれば、人々はそのあまりにも美しい色彩に惹き込まれる。
虹色のような遊色が美しい水色のそれは、まるで、楽土の透き通った湖に朝日が射し込んだかのようで。
長い長い時間によって、生き物の骨が宝石と化すなんて、神秘的であった。
かくしてヌマンガオパールは大切に持ち帰られる。
必要なものは揃った。神殿の再建が進む。
「どっこいしょ……っと」
ワコクから協力者としてやってきた玉子は、運んでいた巨石を指定の場所――神殿の建築予定地周辺――にズシンと置いた。
彼は怪力が自慢であった。
「よし、ではまた運んでくるでおじゃる」
一休みもそうそうに、玉子は次の建築材料を運ぶ為に踵を返す。
神殿への道は既に有志の者らによって整備されており、通行はとても楽である。
全て、全て、独りではないのだな、と玉子はその道を進みながら物思う。
多くの者があちらこちらで懸命に働いて、今に繋がっている。
玉子が今行っている、地道に石を運ぶ作業だってそう。
全てが明日に繋がっている。
何一つ、誰一人、無駄なものなんてない。
何もかもが、明日生きることに繋がっている――そう思うと、希望というぬくもりが、ふっと心に灯るのだ。
尽力しているのは、神殿で建設に関わっている者だけではない。
最寄りの村の鍛冶場では、シュメル民のサファイアが、生業である鍛冶職人として鎚を振るっていた。
神殿の建築の為に、作る為の道具、建築材料としての金属、装飾の為の道具と、大忙しである。
父が当主で、サファイアは未だ見習の身ではある。
それでも、人手が多い方がいいということで作業に加わっている。
自分の仕事が疎かになれば、アートマンの儀式が失敗する可能性だってある――重責に臆病風が吹きそうになるが、サファイアはそれを使命感で捻じ伏せた。
これは、世界を救う為。
己の仕事が、それの手伝いをできるなんて、光栄じゃないか。
「ふうっ……」
額を拭う。
さあ、もうひと踏ん張り。頑張ろう。
皆で力を合わせて、世界で一番の神殿を造るのだ!
――神殿建設の作業は、日夜を問わず続いた。
シュメル中の民が、そして国外から協力に来てくれた民が、力を合わせ、脅威のスピードで神殿は再建されていく。
そして。
神殿は、再び造り上げられた。
最初のあの時のような、ボロボロの廃墟のような姿ではない。
真っ白な石で造り上げられ、ヌマンガオパールで飾られたその威容は、遠くから見てもキラキラと輝き、なんと美しいことか。
人の手で造られたものではあるが、それはとても神々しく、神秘を極めていた。
そして、美しいだけではない。
各国の最新技術を出来得る限りつぎ込んで、頑丈さも向上させている。
この神殿は、世界中の人々の希望そのものだ。
――これならば、きっと。
人々は世にも美しい神殿を見上げ、ただ、静かに、見つめていた。
空には落ちそうな太陽が不安定に煌めている。
あの太陽は、ワコクの者達が今もなお、世界に落ちてしまわぬよう支えてくれている。
ふと、誰かが空に輝く光を見つけた。
あれはいったい、と指さしたそれに、誰もが注目する。
その光は――あたたかくて優しい鮮紅色の光は、真ん丸な宝玉。
ザンプディポ方面から飛んできたそれを、一目見て何か、人々は理解した。
あれなるはアートマンの心。
ザンプディポの人々の希望と心を込められた宝石が、神殿の上に舞い降りる――まるで、儀式を待つかのように。
アートマンの秘宝には足りない秘宝があった。
それこそが『アートマンの心』。
その幻の秘宝の制作を請け負ったのが、このザンプディポである。
……しかし『心』を創るとは一体。
手や腕、心臓ならばなんとなく想像がつくけれど。
発掘されたシュメル神殿の石板には、アートマンの心の製造に関する記述はある。
それによると――
「ゼロから心を創るのは創造神の領域ゆえ、人間には不可能である。なのでまずは心の器を作り、そこへ多くの人々の心を一滴ずつ分け与えて混ぜ合わせ、調和させ、一つの心を創り上げること」
――ザンプディポ、ガネーシャ神殿。
持ち主たるガネーシャも、ヴァーハナのムシカも、今は覚めぬ眠りに落ちているがゆえ、寂しく静まり返っている。
どの神殿もそうだ。
ハヌマーンの神殿も、シヴァ・パールヴァティの神殿も、他の国の神殿も……。
そんな神殿の広場にて、集った人々が――国籍や種族の垣根のない数多の者ら――シュメルより持ち込まれた古代の石板を覗き込んでは、首をひねっていた。
「心を一滴ずつ分け与える、とは……どういうことでしょうか?」
シャオミンは古物商として、シュメルの石板やアートマンの心という秘宝中の秘宝に興味を持っていた。
しかし石板に書かれていた抽象的・呪術的な内容に、頬に手を添え首を傾げる。
そして自身の持つ伝承知識に何か引っかからないか考える。
「よろしければ、神殿の蔵書を閲覧してもよろしいでしょうか? なにかヒントになる記述があるかもしれません」
そう言って、この神殿に勤める神官の方へ向く。
本来ならば神の許しがなければ、神の所有物に勝手に触れるなどご法度である。
だが今、世界中の神は眠っており、そして緊急事態であり、この行為は神を救う為のものであった。
ゆえに神官や衛兵らは、藁にも縋る思いで「よろしく頼みます」と調査を承諾してくれる。
では。シャオミンをはじめとした、伝承や神話に詳しい者達が総出で、手分けして、ザンプディポ中の神殿を調べ始める。
そこに残された伝承や、蔵書の類を調査する。
調査する者らの中には、ワコクより来た元盗賊のロンポウもいた。
盗賊だったことから、あんまり自慢できる特技でこそないが、お宝を嗅ぎつける直感や目星能力には自信があった。
鍵で封じられているものがあれば、ちょちょいと開くこともできる。
……ちなみ、今はもう盗賊団からは脱退して、カタギになろうと努力中である。
この『慈善事業』も、ロンポウのそんな努力の一つだ。
「あ! おい、ちょっと」
そうして、パールヴァティへの献上品や、彼女の宝物が収められている倉庫を物色していた最中。
「これを見てくれ」、と声を弾ませてロンポウが指をさす。
共に居た者らがそちらへ目を向ければ――そこには、見るも見事な宝石が安置されていた。
なんと一抱えほどある、ほうっと心が奪われそうなピンク色の、宝石の結晶だ。
荒っぽい削りだが鉱脈からそのまま持って来たような生命感を感じる。
蕩けるような色合いは、光を浴びると女神の微笑のように煌めいた。
「これを加工したら、『心の器』になるんじゃねえか? なにせ女神様のお宝なんだし」
確かに尤もだ。
これより心の器に見合いそうな宝石もあるまい。
しかし、だ。
これは女神パールヴァティの私物であり……それを勝手に使ってもいいものなのか……もしもシヴァからの贈り物だったりしたら、シヴァもたいそうブチギレそうだし……。
「……。後で怒られたら、まあその時はその時ってことで……」
ポツリと呟くロンポウ。
うん、世界が滅ぶよりはマシだと信じたい。
周りの者らも一蓮托生と神妙に頷いた。
かくして早速、ザンプディポの職人達が、ピンク色の宝石を加工し研磨する。
できあがったのは、真ん丸な宝玉。心というものを物理的に見た者はいないけれど、きっと、心というものはこういう形をしているのではないか――そんな考えから作られた造詣だ。
ザンプディポ中の民が、これならば器にふさわしい!と納得した。
では、そこに心を分け与えていく手段についてだが。
これについてはシャオミンをはじめとした、伝承に詳しい者らが調べ上げた。
曰く、心の器を造ったならば、喜怒哀楽の想いと共に、器に水を垂らすのだという。
できる限り多くの人間がそれに加わり、多くの心と感情を注ぐ方が良い。
ならば――と閃いたのはシャオンだ。
踊り子である彼女は、ヤンシャオにて女神ニャンニャンと共に『PiyaPiyaの歌』の奇跡を見た。
ザンンプディポが愛と情熱と踊りの国であることを知った。
だからこそ、このように思いついたのだ。
「皆を集めて、共に踊るのはいかがでしょう。喜怒哀楽、それぞれの踊り……踊りは、心を揺さぶり一つにまとめることができますから」
その提案に異を唱える者はいなかった。
シャオンは『PiyaPiyaの歌』がヤンシャオにもたらした恩恵の恩返しも込めて、現地民と共に振り付けを考える。
そうして、その日はやって来た。
雨神パルジャニヤがもたらした雨が止み、高く青く晴れ渡る空がどこまでも広がっている。
「おまつりだって!」
「村中のモンをみんな呼んで来い!」
「集まれ! 集まれ!」
「ザンプディポを、世界を救うんだとさ!」
噂話が流れに流れ、人々がシヴァ・パールヴァティ神夫妻の神殿前広場に集まってくる。
賑やかさは更に人を呼び、ザンプディポ中の人間がそこかしこにひしめきあっていた。
彼らに振る舞われるのは酒だ。
子供には、甘い果実を絞ったものを。
そうして音楽が流れ始める。
ザンプディポの民の魂によく馴染む、この土地の伝統的楽器を用いた古来のリズムだ。
その音楽は、たとえ一度も踊ったことがない幼い子供でも、ザンプディポに生きる者であるならば、自然と体が動いていく。
魂が、心が動いていく。
「――♪」
「――――♪」
歌声が重なる。男の声。女の声。高い声。低い声。老人の声。子供の声。音痴でも、歌姫でも。
数多の足が大地を踏む。
数多の手が空に掲げられる。跳んで、跳ねて、回って、リズムと一つに調和する。
それは4つの感情からなる踊り。
喜び――
このザンプディポで生きる喜び。
愛を結び、手と手を取り合い、共に生きていく喜び。
怒り――
ザンプディポの怒りと言えば、破壊神シヴァの恐るべき咆哮。
それよりなお恐ろしい怒りは、神妃パールヴァティの夫への一喝。
哀しみ――
干ばつと言う未曽有の災禍、そして、雨神パルジャニヤの献身、喪失。
あの優しくも悲しい雨を、ザンプディポの民は忘れない。
楽しみ――
どんなにつらくともいつか幸せな日はきっと来る、そんな楽しみ。
怒りと悲しみを乗り越えて、楽しい明日を信じる希望。
どんな時でも楽しい気持ちを忘れずに生きていく、それこそがザンプディポの民である。
この国に吹く、賑やかで騒々しくも、懐かしく愛おしい風である。
――そんな思いを、パルジャニヤの慈雨に浸したミロバランの枝に込めて、数多の民が一人一人、アートマンの心の器を撫でて注いでいく。
たくさんの心。たくさんの思い出。
雨神パルジャニヤの献身を忘れまい。
神妃パールヴァティの笑顔を忘れまい。
破壊神シヴァの恐ろしくも頼もしい威容を忘れまい。
風のように駆けるムシカを――
尊大なれど茶目っ気のあるハヌマーンを――
数多の神を――
神々が巡り生きるこの世界の美しさを――
きらきらと、雫が光り、想いが光り、アートマンの心が輝いていく。
「賑やかで――ワクワクして――とっても楽しいチキン!」
踊る人々の中にはチキン佐々木の姿もあった。
自慢の羽をダンス衣装代わりに、ぴょんぴょこ踊る。
彼は砂嵐の中で仲間を助け出したこと、それからヨミを救った時のことを思い出していた。
あの時は大変だったけれど、……今となってはどれもこれも、かけがえのない思い出だ。
そんな思いはチキン佐々木だけではない。
数多の民が、様々な苦難に遭遇し、そして、どうにかこうにか足掻いて、今日までやって来た。
つらいことや大変だったこと、時には失敗したことだってある。
怪我をして、傷ついて、死ぬかと思ったこともある。
それでも今、生きている。
こうして、生きている。
心が動いて、息をしている。
――かくして、歌と踊りが最高潮を迎えたその瞬間だ。
アートマンの心は鮮烈な光を放ち、浮かび上がる。
人々は驚きどよめいた。
しかし嫌な予感はしない。
不思議なほど、晴れ晴れとして温かい確信が胸にあった。
そのぬくもりは、希望と呼べる感情であった。
アートマンの心が完成したのだ!
わあっ、と人々は喝采を上げる。
人々が見守る中、アートマンの心は天高く浮かび上がり――シュメルの方角へと、流れ星のように飛び立っていく。
「いってらっしゃい」
最初にそう言ったのは誰だったか。
「いってらっしゃい」
「いってらっしゃい!」
「世界を頼んだぞー!」
「がんばってえー!」
数多の声が、手が、アートマンの心を見送る。
今度こそ、今度こそ成し遂げてくれ、と希望を込めて。
干ばつという災害に、雨神パルジャニヤの喪失、アートマンの儀式の失敗、ザンプディポの民は数多の絶望を見た。
だからこそ、人々は希望の眩さを知った。
日常の尊さを知った。
そんな思いが、あの『心』には込められている。
だからきっと――大丈夫だ。
雨上がりの優しい風が吹く。
PiyaPiyaの歌詞のように、ミロバランの木の葉が揺れる。