<image src=http://kamuinotami.works/creators/img/ovo/idol.png width="95%" height="95%">
[[prologue]] クマコウゲンでは今年も収穫の時期となった。今夜は稲刈りの無事を祈る穂掛け祭りだ。
穂掛け祭りでは神に収穫の無事を祈るため選ばれし者が歌を奉納する。
日が暮れ、人々が会場に集う。
会場の中心には大きな焚火と祭壇。
「そろそろ出番だよ!いぶき!」
歌うのはワコクの誇る歌姫、いぶきだ。
名を呼ばれ、祭壇の前に立つ。
歌姫の登場で静寂に包まれる会場、いぶきはゆっくりと目を閉じて集中する。
鼓や笛の音が鳴り始めた。人々が肩を揺らし始め、リズムを取る。
満点の星空、幻想的な演奏、リズムに合わせ踊りながら人々のボルテージが上がっていく。
目をゆっくりと開け、歌い出すいぶき。
圧倒的な歌唱力で一気に場の空気を掴む。
歌い出しから徐々に盛り上がりを見せ、歌が佳境に入ろうとしたその時、歌に呼応するように星々の光が増す。
突然、周囲が光に包まれる。
人々は眩しさから一瞬目を閉じる。
演奏が急に止み、周囲が静寂に包まれた。
「・・・・・いぶき?」
人々が目を開けると祭壇にいたはずのいぶきの姿が無い。
光と共に姿を消した歌姫。取り残された人々は呆然として空を見上げる。
------------------------------------------------------------------------------------------
「・・・・・ここは?」
目を開けたいぶきの眼前には見慣れない山岳地帯が広がっていた。
[[次へ]]FUJIWARAKAMUIVERSE × Project B-idol Collaboration Project
ツナグヒカリ
<image src=https://kamuinotami.works/creators/img/img/001.png width="70%" height="70%">
[[kamuiverse side episode1]]<出会いの数日前>
いぶきは気付くと見たこともない山岳地帯にいた。
祭りで歌っている時、目の前が突然光に包まれた記憶だけが残る。
「・・・ここは・・・一体私はどこに・・・?」
いぶきは見知らぬ土地で途方に暮れた。
豊かな自然に囲まれたワコクの風景とは異なり、荒涼とした岩に囲まれた山地。
ブルンっという馬の鼻息のような音がして振り返る。
一人の少年が立っていた。白い毛に包まれた、首の長い動物を引いている。
「あなたは・・・」
「チチカカ・・・」
少年が言葉を発した。
「チチ・・・カ・・カ?あなた・・・チチカカって言うの?」
少年を指差しいぶきは「チチカカ」と言うと少年は首を横に振り、手を広げ「チチカカ」とまた言葉を発する。
「あ、わかった。チチカカっていう場所なのね。貴方は・・・?私は『いぶき』、い・ぶ・き」
いぶきは自分を指差しながら言う。
「エ・・・コ」
少年はいぶきが名前を言っているとわかったのか同じように自分を指差して言う。
賢い子だ、名前は『エコ』と言うらしい。
エコは指を差しながらいぶきに手を差し伸べる。
「wasi・・・エコ・・・」
「ワシ・・・?エコの・・・なんだろう・・・」
いぶきはエコの話す言葉はわからない。エコはどこかを指差している。
エコはいぶきをどこかに案内しようとしているようだ。
導かれるままいぶきは歩き出す。しばらく行くと葦で出来た建物に着いた。
どうやらエコの家に連れてきてくれたらしい。
[[エコの家へ]]あれ、私どうしたんだろう…?
ソフィアが目を開けると、そこには見渡す限りの山岳地帯が広がっていた。
今日は特別な日なので早めに学院に行って… それで… 私、どうしたんだっけ?
ゆっくりと立ち上がるソフィア。
空気も自然も、何もかもが違う。ソフィアは反射的にそう感じた。
リン… アメリア… どこ?
混乱するソフィアに、不思議な服装をした女性が声をかけてきた。
「あの… 大丈夫ですか?」
「ここは… どこ?」
「えっと… ここはチチカカです。あの、あなたはどちらからいらしたのですか?あまりお見かけしない顔ですが」
[[kamuiverse side]]
[[B-idol side]] 湖畔のほとりにポツンと建つ家。この辺りに群生する葦で作られている。
火を起こして蝋燭に火を灯すエコ。蝋燭の火で照らされた家の中には誰もいない。
「エコさん・・・一人で住んでいるの?」
いぶきが問いかけるとエコは笑顔で答える。頷きも首を横に振るでもなく。
エコはいぶきに椅子に座るように促した後、奥の部屋に入っていった。
しばらくすると温かいスープを持ってきてくれた。
いつから食べ物を食べてないのかはわからないが、匂いをかいだだけで腹の虫が鳴いた。
一口食べると優しい味のスープが染み込む。エコは笑顔で佇んでいた。
行くあてのないいぶきはしばらくの間エコの家に世話になることとなった。
滞在してから数日、誰も訪れることは無かった。
言葉はわからないがエコはいぶきの意図することを察して世話をしてくれた。
「いぶき!」
穏やかな数日が経過した時、外で何か作業していたエコがいぶきを呼びに来た。
呼ばれて外に出たいぶきはエコが示す方を見る。
数日前自分がいた場所に光の柱が立っている。
いぶきとエコは急いでそこに駆けた。
そこには見たことのない服装の女性がいた。
[[ソフィアとの出会い]] その女性は数日前の自分と同じように困惑したように周りを見渡していた。
「あの… 大丈夫ですか?」
いぶきは恐る恐る声を掛ける。
「ここは… どこ?」
女性は今にも泣きそうな顔をしている。
「えっと… ここはチチカカです。あの、あなたはどちらからいらしたのですか?あまりお見かけしない顔ですが」
「チチ・・・カ・・カ?」
女性は初めて聞く地名に困惑しているようだ。
「実は・・・私もまだここに来て間も無いんです・・・」
いぶきが続ける。
「私はワコクという所に住んでいた『いぶき』と言います。祭りで歌っていたら突然目の前が明るくなって・・・気付いたらこのチチカカに・・・」
「いぶきさん・・・。私は『ソフィア』。私も・・・皆と歌を歌っていたら目の前が光って・・・」
「ソフィアさんも・・・大変だったんですね・・・。私がチチカカに来た時に助けてくれたのがこの子なんです」
いぶきの後ろから一人の少年がひょこっと顔を出し、ソフィアに向けて笑顔を見せる。
[[3人でエコの家に]]「言葉がわからないから・・・あまり詳しい理由はわからないけど、ここで一人で暮らしているみたい」
いぶきはソフィアが聞きたいことを察し、代わりに答える。
自分の時と同じようにエコはソフィアに温かいスープを振舞った。
ソフィアもまた、エコのスープに体を温められ少し緊張がほぐれたようだった。
「ソフィアさん、ちょっと外に出てみませんか?」
いぶきがソフィアを外に誘う。
「!・・・綺麗!」
ソフィアが思わず声を上げる。
そこには見たこともない満天の星空が広がっていた。
標高が高く周りに光も無いせいか、まるで宇宙にいるかのような星空である。
焚火を囲み3人で座る。
「すごいですよね。私も初めてこの地に来た夜にエコが外に誘ってくれたんです。知らない土地でどうしよう、このまま帰れないのかしら。なんて考えて不安な顔をしてたからかな。ソフィアさんも食事の時とても表情が暗かった。私もそうだったからわかるの」
いぶきは星空を見上げながら言う。
「いぶきさんも・・・。そうですよね。確かに私も不安で押しつぶされそうでした。そんなに暗い顔してたかな・・・」
ソフィアは寂しそうにはにかんだ。
「私、この星空を見ると、不思議と心が落ち着くんです。多分すごく遠い所に来たんだろうけど、ワコク・・・あ、私がいた国の名前です。ワコクとはこの星空でつながっているんだろうな、そう思えて。ソフィアさんはどこから来たんですか?」
「私は国際芸術芸能学院って所から・・・」
「コクサイ・・・ゲイジュ・・・」
いぶきは聞きなれない単語に首を傾げた。
「いや・・・あ、私は日本という国から。ワコクとかチチカカとか・・・私はどこに来てしまったんだろう?」
ソフィアは考えを巡らす。
「日本・・・、聞いたことないな・・・」
かみ合わない会話に二人は混乱した。
その時、エコがそんな二人にカップを差しだしてきた。
「カファ・・・Ukyana」
エコが笑顔で飲むしぐさをしながら言う。
「この香り・・・コーヒーだ」
ソフィアは差し出されたカップの中身を見て言った。
『カファ』とエコが言った液体はソフィアの世界で言うところのコーヒーという飲み物のようだ。
「カファ・・・コーヒー・・・?」
いぶきは見たことが無い黒い液体をまじまじと見る。
黒い液体の上にミルクの白い渦がゆっくりと回り、それが混ざり徐々に茶色に変わっていく。
カップからは湯気が立ち、ほろ苦くも芳醇な香りが鼻をくすぐる。
二人は香りに誘われコーヒーを口にする。
深みのある苦さの後に甘みとほのかな酸味が混じる。それを飲み込むと後から芳醇でフルーティーな香りが鼻の奥から抜けた。
「おいしい・・・」
いぶきとソフィアの声が重なり、2人は顔を見合わせて笑う。
「とにかく、私もソフィアさんも知らない所に来てしまって困ってるってことですよね!」
「確かに・・・これ以上はお互い混乱しそうだ。時間をかけて頭を整理しよう」
2人がカップの中身を飲み干す頃にはすっかりリラックスし、さきほどまでぐるぐると考えが回っていた頭の中がすっきりとクリアになった。
違う世界の二人が見知らぬ土地で話をするのだ、知らない事ばかりで話はかみ合わないだろう。
エコの入れてくれた[[コーヒー]]はそんな二人の心を滑らかにつないでくれた。
[[翌朝]] 風でカーテンが舞い、隙間から光がすり抜ける。
揺らめく朝日がソフィアの顔を照らした。
「ん・・・、もう朝か・・・」
ソフィアは体を起こし軽く伸びをする。
「ソフィアさん、おはようございます。よく眠れましたか?」
寝室から出て来たソフィアにいぶきが声をかける。
「おはよう、いぶきさん」
昨夜、床についた後もしばらく寝付けず眠い目を擦るソフィアに、いぶきは爽やかな笑顔を向ける。
「ちょうど今、朝食ができたので起こしに行こうと思っていた所です」
両手に持った皿をテーブルに並べるいぶき。キッチンからパンの入った籠を持ったエコが出て来る。
「おいしそう・・・」
皿にはスクランブルエッグとカリカリに焼いたベーコン。
入れたてのコーヒーの香りが鼻をくすぐる。
「さあ、食べましょうか」
三人はテーブルを囲み座る。
「ところで、これからどうしよう・・・」
ソフィアは温かいパンをちぎり、口に運びながら言う。
「そうですね・・・エコは買い出しに市場に行く予定だったみたいです」
「市場があるんだ」
「ええ、この家から少し歩いたところに大きな湖があって、そこで獲れた魚や雑貨とかが売られている市場があるそうです。情報収集も兼ねて行ってみようかと」
いぶきはチチカカに迷い込んでからの数日、エコと周囲を回っていた。言葉は通じないが、一緒にいるうちに少しずつコミュニケーションができるようになってきたようである。
「そうなんだ!行ってみよう。ていうかさ、いぶきと私ってそんなに年変わらないよね?辞めない?敬語。呼び方も『ソフィア』でいいよ!」
「そうで・・・そうだね。そうしよう。じゃあ、ご飯食べたら準備しようか」
二人のやりとりを見てニコニコと笑みを浮かべるエコ。
「いぶき、ソフィア・・・khunpa(クンパ)」
「クン・・パ・・・?」
エコが聞きなれない単語に首を傾げる二人の手を取り、握手を促す。
「クンパ・・・仲間?友達・・・かな」
ソフィアが握手をさせられていると感じ推測する。
「khunpa!トモダチ!」
エコは二人の手を取り笑う。
「そうね。私たち、もう友達だよね!」
「エコもね!」
三人は握手をしながら笑った。
[[市場へ]] 支度を済ませた三人は湖のほとりの市場に向かう。
背に荷物を載せたアルパカ(だと思う)を引くエコの後ろから、いぶきとソフィアは並んで歩いた。
エコは数匹の山羊や鶏を飼い、卵やミルク、葦で編む籠や壺を市場で売って生計を立てているようだった。
家は一人で住むには大きく、家族はどうしたのか、いままでどうやって育ったのか、言葉が流暢に話せない二人には知る由もなかった。
「うわ~けっこう賑わってるね!」
「いろんな恰好の人たちがいるのね、ワコクと違って色鮮やか!」
エコの住む家から歩いて数十分の所にある湖のほとりの市場は人で賑わっていた。
人々が身に纏う、原色の赤や緑の糸を使った複雑な模様に編まれた衣服は色彩豊かだ。
湖には島が点在し、その島には建物が建っている。
「いぶき!あの島動いてない?!」
「本当だ!島が動いている!」
ソフィアが指差す島が湖面の揺れに合わせて小さく上下している。
「あの島の地面は葦で編まれていて浮いている浮島なんだよ」
二人の後ろから男が話しかけて来た。
「え?日本語(ワコク語)!?」
振り向きながらソフィアといぶきの声が重なる。
振り向くとハットを被った無精髭がうっすら生えた長髪の男が立っていた。
「よお!エコ!どうした、こんな美女二人を連れて!」
「[[セカ!]]」
エコが男に笑顔を向ける。二人は知り合いのようだ。
「ソフィア、いぶき。セカ!トモダチ!」
エコは男を指差しながら言う。
「ソフィアちゃんといぶきちゃんって言うのかい?俺はセカだ、よろしくな!」
男はハットを脱ぎ紳士風にお辞儀をする。
「セカ・・・さん。初めまして、いぶきです」
「・・・ソフィアです。初めまして」
二人は戸惑いつつもエコの友達と言う陽気な中年に向けて頭を下げる。
「この街はプーノって言うんだ。あの湖は[[トプラ湖]]って呼ばれてる。このチチカカの中心に位置する湖さ。世界中の旅人はこのプーノに集う。お嬢ちゃんたちの言葉はワコク語だろ?ワコク人も来た事があるぞ」
セカはワコク語が堪能だ。
「トプラ湖には葦を編んだ浮島がいくつもある。昔戦争で敵から逃れるために湖に浮島を浮かべて生活しだしたのが始まりのようだ。今では旅人の宿に使われてるけどな」
「そうなんですね。島が浮いてるなんて初めて見ました。ワコクには無い風景。っていうか、やっぱりチチカカとワコクは繋がってるんですね」
いぶきはチチカカとワコクが繋がっている事、ワコク人がこの地に訪たことがあることを知り少し安堵した。繋がっているのであれば、帰ることはできる。
「ああ、滅茶苦茶遠いけどな。世界の端と端だ。ワコク人が来たのは・・・何年ぶりかな。最後に来たのはなんて言ったっけな・・・「ヤマト」とか言うえらく方向音痴の男だったな。なんとか温泉に行きたいって言ってた気が・・・。そいつが数か月滞在した時に俺はワコク語を習ったんだ。お嬢ちゃんたちがワコク語を話してるのを耳にしてつい話しかけちまったって訳。」
過去に来たワコク人の話はまた別のお話。
「ソフィア・・・どうかした?」
「え?・・・あ、ああ、やっぱり私は違う世界に来ちゃったんだなって思って・・・」
ワコクとつながりが見えて希望を見出したいぶきとは対照的に、ソフィアは自分のいた世界とは違う世界に来たことを実感し暗い気持ちになっていた。
「なんだ、ソフィアちゃんはもっと遠くから来たのか?」
「ええ、地球って星から・・・」
「地球・・・聞いたことないな」
「ふむ、我々がいる世界とは違う所から来たのか。ならもしかしたら俺も少しは役に立てるかもしれな・・・」
セカが何かを取り出そうとしたその時、背後から大きな歓声が上がった。
「Quankuna!tusuy~!takly~!」
チチカカの言葉なのだろうか、叫び声と共に歓声が上がり、手拍子が聞こえて来た。
「なんだろう・・・。音楽?」
人だかりの方からはアップテンポな弦楽器の演奏が聞こえて来た。
「ソフィア、エコ、行ってみよう!」
心の高ぶりを覚えたいぶきはソフィアの手を取り、人だかりの方に向かう。
「ストリートライブ?」
三人が行くと広場に人が集まり、輪の中心には弦楽器のような物をかき鳴らしながら歌う男がいた。
「何あの人!凄い恰好・・・!」
歌ってるのは、上半身裸で緑色ベースに複雑な模様のタトゥー、顔に骸骨のような化粧、サラサラの長髪を揺らしながら陽気な音楽を奏でている怪しい身なりの男だ。
そんな怪しい男が奏でる音楽は歌詞の意味は分からないが、聞いていると心に響くような高揚感を覚える。
ソフィアもいぶきも自然と肩でリズムを取る。
顔を見合わせ、手を叩き、ステップを踏む。
二人は自然とメロディに合わせ、スキャットで即興的に歌いだした。
初めてとは思えないくらい息が合っている。
ソフィアといぶきの声は広場に広がり人々は振り向き、音楽を奏でる男の元まで自然と道が出来た。
男は目を見開き、手招きをする。
二人は手を取り、輪の中心に歩む。
予期せぬセッションで輪を作る人々は更に歓声を上げた。
「おいおい、エコ。なんだあの二人は。すげぇじゃねえか。」
セカは横でニコニコ笑うエコに問う。
輪は更にボルテージを上げる。
互いに言葉は通じないが、音楽は世界共通だ。
怪しい男がかき鳴らす弦楽器の音楽に合わせ、ソフィアといぶきが即興で歌う。
聴衆は笑顔になり、熱狂する。
曲が佳境に入ったその時、晴れた空に向かって一瞬閃光が走る。
眩しさで目がくらんだが怪しい男は楽器を鳴らし続け、曲を演奏しきった。
音楽が止み、瞬間的に静寂が訪れた後、盛大な拍手と口笛、歓声がしばらく止まなかった。
ソフィアといぶきは我に返り、顔を赤くした。
「creaty・・・」
喝采を浴びる二人を見ながら怪しい男は呟いた。
ちょうど同じ頃、遠くから空に走る閃光を見つめる影が空に浮かぶ。
「なんだか楽しそうな気配がするのぅ」
刹那、晴天に稲光が走る。
[[熱狂の後]]<image src=https://kamuinotami.works/creators/img/img/003.png width="75%" height="75%"><image src=https://kamuinotami.works/creators/img/img/006.png width="70%" height="70%"><image src=https://kamuinotami.works/creators/img/img/004.png width="70%" height="70%">
illustration by @sachi669「いや~凄かった!お二人さんの歌、今でも鳥肌が収まらないよ」
拍手をしながらセカが近づいてきて鳥肌の立った腕を見せてくる。
「ソフィア、いぶき、凄い!」
セカの隣でエコは心なしかいつもより頬を紅潮させている。
「いや、なんだか演奏を聴いてたらいてもたってもいられなくなって・・・ソフィアの歌声もとても素敵だった」
「いぶきも凄かったよ!こんな体験、私も初めて」
ソフィアに肩をポンと叩かれたいぶきは、顔を真っ赤にした。
「creaty・・・」
いつからいたのか、4人の後ろにはあの怪しいいでたちの男が立っていた。
先ほどまで髪を振り乱し激しい演奏をしていたにも関わらず汗一つかいていない。
「おぉ、あんたはさっきの!名前は・・・」
「zeni・・・」
「ゼニか!よろしくな!俺はセカだ。こっちはエコ。で、いぶき、ソフィアだ」
セカは順番に指を差しながらゼニに他の3人を紹介する。
「お前らか!あの光は!」
そんなやりとりをしていると後ろから声がした。
「ん?・・・どちらさま・・・ってニャンニャン様?!」
4人が振り向くとニャンニャンと呼ばれる女性が立っていた。
彼女はヒラヒラと動く薄い布を纏い、時折体からバチッと電気を発している。
いぶきは過去にワコクの祭りの際にニャンニャンを見たことがあった。
「え!?この方がニャンニャン様?!なんと美しい・・・初めまして、私はセカ・・」
「お前ら!もう一度あの楽しそうな音楽をやれ!」
セカの顔を押しのけ、[[ニャンニャン]]はいぶきとソフィアにキラキラとした目を向けた。
「ニャンニャン様、さっきは私たちも夢中でやったので・・・」
いぶきはニャンニャンの無茶ぶりにあたふたしながら言った。
「ん?・・・お前はたしか・・・ワコクの歌い手じゃなかったっけ・・・OVOとか言う・・・」
「私の事・・・知ってくださってるんですか?!なんて光栄な・・・」
いぶきは過去にニャンニャンなどカムイバースの神々の前で歌を披露したことがあるのだが、それはまた別の話。それにしても神様は記憶力がいい。
「この世界では神様とこんなに近くで話したりできるの・・・?」
ソフィアの世界では神は遠い存在だ。まるで隣人のように当たり前に神と話すカムイバースの人々に驚いている。
「で、どうした?なんでワコクのお前がこんなところにいるのだ?」
「それが・・・私にもわからなくて・・・」
「ん?お前は・・・この世界の人間では無いな?」
「え?!わかるんですか?!」
「当り前じゃ!私を誰だと思っている!お前だけ少し纏っている物が違うからのぅ。でもそこのワコクの歌い手も普通とは違うけどの」
ニャンニャンは右手の親指と人差し指で輪を作り、そこから片目でソフィアといぶきを交互に見ながら言った。
「纏っている物・・・オーラ的な?俺には何も見えないけどな」
「creaty・・・」
ゼニがポツリと呟いた。
「creaty・・・今、creatyって言った!?」
自分がいた世界の単語を聞いたソフィアが驚くようにゼニの方を向く。
「Creaty・・・karqun」
ゼニは表情を変えず、「creaty」と言う単語を口にする。
「クリー・・・ティ?それって・・・」
いぶきは聞きなれない言葉に首を傾げる。
「私のいた世界の特殊な力・・・現実に影響を与えるエネルギーって言うのかな」
「ゼニ、なんでお前さんがそんな言葉知ってるんだ?」
「なるほどのぅ・・・お前、シャーマンか」
ニャンニャンは手の輪でゼニを見ながら言う。
「ワタシ、シャーマン。レイトハナセル。レイ、ワコクジンモイル」
「言葉が通じるの!」
片言のワコク語を聞いて一同が驚く。
「シャーマン・・・この世界には霊と話せる人もいるのね」
「チチカカは天と近い場所にあるからのぅ。お前のその体の絵、中々イケてるじゃないか」
ニャンニャンはゼニのタトゥーを指差しながら言った。
「creaty・・・レイカラキイタ」
「その・・・クリー・・・ティーって言うのが何か関係あるの?」
「サッキ・・・オマエタチガcreatyチョットオコシタ」
ライブ中、一瞬空に向かって閃光が走った。
ゼニはその光はcreatyによるものだと言った。
「確かにcreatyは現実に影響を与えるエネルギーを持つと言われている」
「・・・そう言えば、私は歌っていた・・・そしたら光に包まれて、気が付いたらチチカカに・・・」
「!・・・いぶきも!?私もSSFで歌っている時に光に包まれて・・・」
ソフィアといぶきはチチカカに来る直前、光に包まれた時の瞬間のことを思い出していた。
「creaty、二人、繋いだ。チチカカで集まった」
二人のやりとりを静かに微笑みながらエコが言った。
「じゃあその『creaty』ってやつで光が起これば二人は元居た場所に帰れるかもな」
腕組みをしながら聞いていたセカが言う。
「creaty、カンタンジャナイ。ジョウケンヒツヨウ」
「条件・・・」
ソフィアといぶきは顔を見合わせた。
「creaアツメル。アツメタ・・・crea・・トキハナツ」
ゼニは時折誰かに何かを聞くようなそぶりを見せながら言った。
「creaは誰もが持っている物。何かを創造する力。この世界のcreaを集めて、さっき私たちが声を合わせて歌った時のようにcreatyを起こせばいいのかな」
ソフィアは過去に仲間たちが見せてくれたcreatyを思い浮かべながら言った。
「いぶきのcrea、凄い歌、凄い詞。ソフィアは歌と声。皆違う、皆いい」
エコが二人を指差しながら言う。
「ゼニは演奏か。まあ、よくわからんがチチカカにある創造する力を出来るだけ集めるってことだな。でもどこにあるんだ?そのcreaってやつは。」
セカが周りを見渡しながら言った。
「よくわからないが、その”クリーチィ”ってやつを起こせば面白いことが起こるってことじゃな!」
話を聞いていたニャンニャンは少し考えた後に何かを閃いた様子で言った。
「さすがニャンニャン様!creaを見ることが出来るんですね!で、どこにcreaがあるのか教えて頂けませんかね?」
セカは手もみをしながらニャンニャンに言った。
「うーむ・・・クレアクレア・・・、あっ!あっちの山の方になんかあるっぽい!」
ニャンニャンは周りを見渡し、山の方を指差した。
「山の方!」
「うん、山の方。行ってみるか!」
「あの・・・それはどれくらいの距離の・・・」
いぶきが山の方を見て言う。
「わからん!近づけばもう少し分かるかもしれん!飛べばすぐだ!」
「あの・・・私たち、飛べないんですけど・・・」
ソフィアが言う前にニャンニャンはすでに飛び立ち、大分小さくなっていた。
ニャンニャンが飛び立ち、見えなくなった空を呆然と眺める5人。
その時、野太い声が広場に響いた。
「ちょっとあんたたち、今あのやんちゃ娘と話していなかった?!」
[[熱狂の後②]] 5人が振り返るとそこには牛の顔をした屈強な男(?)が立っていた。
「牛?!」「Mino・・・」「おいおい、牛が立ってるぞ!しかもマッチョ・・・」
「さっきの言葉遣い・・・」
5人は驚きと戸惑いの言葉をそれぞれ口にする。
「何よ!あんたたち、私の顔に何か付いてる?」
「何かって言うか・・・顔が牛・・・」
「そんなのどうでもいいのよ。今飛び立った奴と何話してたの?」
「ニャンニャン様のことですか?」
「そうよ!知ってるのね、あいつが誰か。なら話が早いわね。あいつ、アンマ様の神器を持ち出そうとして壊しちゃったのよ。私はアンマ様からニャンニャンを捕まえてこいって命令されてここに来たってわけ」
「そうなんですか。神器・・・」
牛の頭を持ち、オネエ言葉を使う男はすっかり5人の輪に溶け込んでいる。
「あの・・・あなたは・・・私はいぶきという者です。さっきアンマ様って・・・」
「あ、私?[[ミノ]]よ。この世界の創造神アンマ様の側近。知らないの?」
「ミノ様!これは大変失礼しました。私はセカです。こっちが・・・」
「ソフィアです」「zeni・・・」「エコ!」
口々に自分の名をミノに伝え、会釈をする。
「で、あんたたちは何やってんの?こんな所で」
「それはですね・・・」
セカはソフィアといぶきの話、Creatyの話、ニャンニャンの話をかいつまんで説明した。
「・・・ふーん、なるほどね。ニャンニャンはその『crea』があるって方向に飛んでったって訳ね。あっちには・・・ユスケがいるわね。神器の再生をお願いしに行ったのか」
ミノは手元の小さな通信端末のようなもので誰かと交信しながら言った。
「なんですか?それ?スマホみたい」
ソフィアがミノに聞く。
「あ、これ?これでパン・・・私の仲間と交信してるの。位置情報からあいつが行った先に何があるか調べてもらったわ。ユスケってのは器作りの天才。ユスケの先祖が作った酒器は神器として宝物庫に保管されてたんだけどニャンニャンが勝手に持ち出そうとしてさ。止めようとしたケントともみ合って割っちゃったのよね。あ、ケントってもの私の仲間ね」
ミノの話によるとニャンニャンは神器を壊してそれを直してもらうためにチチカカに来たようだった。
「ところで、ニャンニャン様もミノ様もどうやってこのチチカカに?」
いぶきが思い出したようにミノに聞いた。神様たちはどうやってこの地に来たのだろう。
「チチカカには天界と繋がるゲートがあるからね。アンマ様が住む天界とは比較的行き来しやすいのよ。まぁ、神々はその気になればどこの国にも行けるけどね。」
「じゃあ・・・私がそのゲートを使えば元の世界に行けるのでしょうか?」
ソフィアはミノに聞いた。
「・・・どうかな、私は天界とチチカカの行き来にしか使ったことないけどね。ゲートって言ってもどこにでも繋がる訳じゃないかも。まあ、あなたをワコクに送り返すことは多分できるよ。ヨミを呼んで虚ろ船に乗せれば帰れるでしょ」
「そうなんですね・・・」
いぶきはそれを聞いて少しホッとしたが、ソフィアは落胆した。
「そっちの娘はこことは違う世界の人間なんでしょ?あるわよ、異世界に転送する手段。私、異世界転生したことあるし。」
一同はその言葉を聞いて目を丸くした。
[[ユスケのもとへ]]<image src=https://kamuinotami.works/creators//rpg/img/mino.png width="75%" height="75%">山岳地帯であるチチカカの、天に近い青い空、手を伸ばせば掴めそうな白い雲――。
「……信じられない……」
ソフィアは放心状態だった。
気が付いたら見知らぬ場所に居て、見知らぬ乙女に声をかけられ……どうやらここは、ソフィアのいた世界とは違う世界らしい。
(どうしよう、……どうやって帰るの? そもそも、帰れるの? これから、どうしたら……帰れなかったら、どうしよう……)
心に沸き上がってくるのは幾つもの不安。ソフィアは俯き、震えそうな手を握り込む。
「あ、あの……」
その傍ら、『件の見知らぬ乙女』――いぶきが、ソフィアへおずおず話しかける。その気後れした雰囲気は、別世界の人間への警戒ではなく、彼女の生来的な奥手のようだった。
「行く当てがないなら、しばらく……うちにいますか?」
「……え?」
思わぬ提案に、ソフィアは顔を上げる。射干玉の瞳と目が合うと、いぶきは恥じらうようにさっと目を逸らした。
「実は、その……私もあなたと同じ、気付いたらこのチチカカに飛ばされていて……といっても違う世界からじゃなくて、ワコクという……この世界の遠い国からなのですが……」
村の者らの好意で、空き家を貸してもらっているのだといぶきは訥々と伝えた。
「……、」
ソフィアはいぶきの提案に言葉と目線を迷わせる。
(どうして、たったいま知ったばかりの人間に、こんな……)
端から見れば、しらっと沈黙しているように見えるが――実のところは、いぶきの善意と好意にどう応じたものかと答えあぐねているだけだ。「お願いします」と飛びつくのも図々しい気がするし、遠慮したところで自分一人では行き倒れてしまうし……。
「あ、えっと……」
ソフィアの沈黙に、いぶきはおろおろと手を出そうとしたり引っ込めたりする。いぶきとしては――急に別の世界から来たのに、急にうちに来いなんて言われても不安になってしまうか、と認識していた。
「そ……そうだ。まずは村長さんにあなたのこと伝えないと。こっち……村があるので、行きましょう」
いぶきが指さす向こう側。そこには、チチカカの家々がぽつりぽつりと並んでいた。
●
別の世界から人が来た、というのにチチカカの人々がビックリ仰天することはなかった。多少は「あらまあ」と目を丸くしたが、やたらめったら好奇心でソフィアをつつき回すことはなかったし、ましてや警戒を向けられることもなかった。なんというか、彼らはとても大らかだった。
村長はソフィアの事情を聞くと、しばらくは村に滞在していいと笑顔を浮かべてくれた。
かくして、ソフィアはしばらくいぶきの家で暮らすことになる。
そこは湖畔の傍ら、葦で作られたチチカカ伝統の小屋だった。
「……お邪魔します」
そっと、ソフィアは招かれるままにいぶきの家へ足を踏み入れ――驚いた。小屋中に、楽器、楽器、楽器。ソフィア目線では和風なものも散見された。製作途中らしき楽器もあるではないか。
「ごめんなさい、ちょっとごちゃごちゃしてて……」
いぶきが苦笑し、葦で編まれた円座を差し出す。ここに座って、の意だ。
「……音楽、やってるの?」
ソフィアは感心と共に部屋を見回しながら、好意に甘えて円座に座す。いぶきははにかみつつ頷いた。
「チチカカの楽器と……私が作ったワコクの楽器です」
例えばこれはこの辺りの楽器で……といぶきが長方形の箱を取り出し、椅子のように座った。ソフィアが好奇心に目を丸くしている中、いぶきの手がその箱をリズミカルに叩き始める。大地が弾むような、軽やかでいて深い音――。
「……素敵……」
じっと、瞬きすら惜しいと言わんばかり、ソフィアは演奏を見つめる。
その眼差しから――いぶきは、ソフィアもまた『同好』であることを悟った。ならばと、彼女の緊張や不安が少しでも紛れるようにと願いを込めて、リズムを続ける。
すると、ほどなくであった。
「――……♪」
いぶきが奏でるリズムに合わせて、ソフィアがハミングしはじめる。
甘さを含んだ柔らかい歌声と、弾むリズムが調和する――それは、不器用な乙女二人の「私はこういう人間です」という自己紹介。言葉が苦手な二人の、純な想いの伝え方。
――チチカカの風が二人の音楽を乗せ、青い湖面を優しく揺らし、吹き渡っていく。
演奏が終わった時、二人は微笑みを向け合っていた。この人とは仲良くなれるかもしれない、そんな素敵な予感が心に灯っていた。
「名前。……ソフィア。……ありがとう、よろしく」
「あ……いぶきっていいます。よろしく、ソフィアさん」
いぶきはワコクで。
ソフィアは元の世界で。
それぞれ、いわゆる、『歌姫』と呼ばれる者であった。
チチカカ……もといこの世界には、ソフィアが知るような貨幣経済は誕生していない。全ては物々交換だ。
ゆえに、いぶきはチチカカで楽士として暮らしている。美しい歌と音楽を奏で、そのお礼に、食料などを分けてもらっているのだ。そこでソフィアも手伝いとして、共に歌うことに決めた。
二人の音楽は素晴らしく、あっという間にチチカカ中にその名と歌声が知れ渡った――。
「今日の演奏も、よかった」
「ええ、ソフィアさんのおかげです」
ちょうどお昼時を過ぎた頃。労働の休みをとっていた人々へ労いの歌を披露し終わり、ソフィアといぶきは湖畔沿いを歩いていた。
ソフィアは村人達が仕立ててくれた鮮やかなチチカカ伝統の服を、いぶきはワコク伝統の青い着物を身に着けている。そんな二人の目線は、どこまでも青く静かに澄んだ湖へと向けられていた。水面には、青い空が映り込んでいる。遠く、放牧されているアルパカ達の白い色が、草原上の雲のように見えた。
「……本当に、綺麗なところ……」
この世界に車やら工場やらはなく、大気を汚すモノはない。一切の汚れがない空気は、高原ということも相まってか冴え冴えと清らかで――とても『純』だ、とソフィアは感じた。吹き抜けていくひんやりとした風に、白菫色の髪がなびく。
純なのは世界だけではない。人々もまた、一日一日を懸命に生きて、出会う出来事にとても素直で。彼らはソフィア達の音楽に、そのままの心を真っ直ぐに向けてくれる。魂で聞き、全身で喜び、感情を浸して、共に踊り、共に奏で、共に音を楽しんでくれる。とても……素敵な人達であった。
「あの、ソフィアさん」
いぶきの声で、ソフィアはふっと思考から戻る。いぶきは彼方の空を見やりながら、言葉を続けた。
「もし……、もしですよ? このまま、帰ることが難しかったら……私達は、あなたを共に生きる隣人として歓迎しますからね」
いぶきは、ソフィアの「帰りたい」という気持ちはもちろん尊重している。一方で、彼女が元の世界に戻れそうな手がかりは何もない。最悪の場合……このまま帰れない可能性だって、ゼロではないのだ。無論そうなって欲しくはないが、もしそうなってしまったら、ソフィアが「自分の居場所がない」と苦しまずに済むように――いぶきはそう言ったのだ。
「……、」
ソフィアは瞳を揺らした。いぶきの意図を汲み取った上で、心によぎるのは短いながらも温かく充実したチチカカでの日々。誰も彼もが見ず知らずの自分にこんなにも良くしてくれて……特にいぶきに対して、ソフィアは友情を感じていた。そんな優しい彼らに対して「帰りたいから帰る」と一方的に別れを突き付けるのは、なんだか不誠実な気がした。何の恩も返せていないのに。
けれど、だ。――目を閉じればいつでも鮮明に思い出せる、元の世界の、『仲間達』と夢を目指して駆ける日々。苦しいことも大変なこともたくさんあるけれど……でも、全ての時間が愛おしくて、大切で、手放したく、ない。夢を、諦めたく、ない。
(――そうだ、私は……帰りたい、私の世界に、私の日々に)
目を閉じ、開く。いぶきへと向き直り、ソフィアは凛然として告げた。
「ありがとう、いぶき。たくさん気遣ってくれて。……それでも、私……リンやアメリアに、皆に、何も言ってないままだから……きっと心配されてる。……ちゃんと帰らなきゃ」
言葉に確かな決意を乗せて。――その真っ直ぐな想いに、いぶきは微笑みを返した。
「分かりました。なら、ソフィアさんが無事に帰れるよう、私も精一杯お手伝いしますね」
「うん、……本当にありがとう、いぶき」
乙女達は笑みを向け合う。
……しかし、だ。具体的にはどうしたものか。
「あ」
いぶきがポンと手を打った。
「聞いた話なのですが、このチチカカには天界に通じるゲートがあるらしいですよ。それを使えば……もしかしたら帰れるかもしれません」
「……!」
一筋の光明に、ソフィアは微かに目を見開く。
「それ、どうやって使うの?」
「そこが問題で……『天界に通じているらしい』という伝承があるだけ、なんですよ。そのほかのことは何も分からなくて……でも、私達ならどうにかなるかもしれません」
「どういうこと?」
「少し前の話なんですが――」
いぶきは、ソフィアが現れる少し前に、この世界が大きな危機に襲われたことを話した。世界からマナが失われてゆき、あちこちで災厄が起き、神々が眠りについてしまった一件だ。
その事件の中で、歌の力で大きな奇跡をもたらしたという例がある。
いぶきとソフィア、二人の歌の力を合わせれば、天界ゲートを開く奇跡を起こせるかも……。
「あっ、でも、あくまでも私の推察ではあるので、本当にそうなるかまでは――」
「やってみよう」
真っ直ぐ、ソフィアは言った。
「少しでも可能性があるなら、私はそれに賭けたい。……いぶきは、どう?」
差し出される手。いぶきはそれを見、そして、ソフィアの眼差しを――同じく真っ直ぐ、見つめ返した。その手を取りながら。
「そうですね、やってみましょう!」
[[B-idol side②]] かくして二人は、天界ゲート……と呼ばれている遺跡での野外ライブを企画した。もちろん村長にも許可を取っており、チチカカの民らは大いに喜び期待を寄せて、手伝えることがあれば何でもやろうとまで名乗り上げてくれた。
ならばとソフィア達は、周辺地域への宣伝や舞台の飾りつけ、楽器演奏などを民らに依頼する。ライブの為のロケーションに関してはこれでOK、しからば彼女らが注力すべきはライブのメイン、楽曲とダンスだ。いぶきが作曲、ソフィアが作詞と振りつけを担当し、天界ゲートが作動するような最高の一曲を作ることに決めた――。
湖のほとりが二人の練習場。
いぶきが考えたメロディに、ソフィアが歌を乗せ、踊りを合わせる。
「……うん、悪くない」
「ですね、綺麗にまとまってると思います」
才女二人が楽曲を作り上げるのはすぐのことであった。できあがった楽曲は――そう、「悪くない」し、「綺麗にまとまっている」。でも……。
「……なんだか物足りない」
ソフィアが呟く。メロディも、歌詞もダンスも。いぶきも同意見で、小さく溜息を吐く。
「まだもう少し……良くできそうな予感がするんですよね」
「うん。……80点じゃ駄目」
それなりにいいもの、ではなく、やるからには完璧にいいものを。半端なものではきっと天界ゲートは動いてくれない。
いぶきは真剣に考えこむ。
「曲の方向性自体はこれでいいと思うんですよね。作り直すというよりはこれをどう改善していくか……」
「まだ時間はあるから、少しでもブラッシュアップしていこう」
「そうですね。頑張ります!」
早速――二人はそれぞれの調整に心血を注ぎ始める。
「……うぅーん……」
古今東西の大量の楽器を前に、いぶきは首をひねる。ベースのリズムはできている。ここからどう良くしていったものか。曲のテイストを変えてみる? 自分にとって最も馴染み深いワコク風の楽曲でいくか、ここチチカカ風でいくか、それとも様々な地域の伝統音楽をミックスするか、異界人たるソフィアの世界の音楽も取り入れようか……。
「どうしよう……」
なまじ、いぶきの才能が幅広いだけに選択肢も無限大で。だからこそ、どれを選ぶのが正解なのだろうか……ザンプディポのPiyaPiyaの歌のような、誰しもの心に響くような音楽でなければ……。
(私の曲がイマイチだと、ソフィアさんが帰れないかも……それだけは絶対にダメ……!)
いぶきは自宅に引きこもり、昼も夜もなく楽曲を考え続ける。創っては没、創っては没と、試行錯誤の音色が流れ続ける……。
一方のソフィアもまた、湖のほとりで振りつけと歌詞を考え続けていた。
「はぁっ……はぁっ……」
踊りを考えて試し続けて、汗びっしょりだ。湖の水で顔を洗い、冷たい水を飲む。覗き込む青い水面に――アイドルらしからぬ顔が映った。焦燥、不安、苛立ち。考えても考えても「これだ」というモノが思いつけなくて。
(いぶきや……村中の皆が、私が元の世界に帰る為にって一生懸命なのに)
ぐ、と噛み締める唇。水面から顔を背ける。
(よそ者で他人の私の為に、皆すごく頑張ってくれてるのに。ライブ、楽しみにしてくれてるのに)
不甲斐ない。こんなザマの自分が許せない。
(もっと、頑張らないと)
濡れた顔を手の甲で拭う。休憩終わり、と勇み立ち上がる。
しかし、乙女らの努力に成果が実らぬまま、残酷に時ばかりがすぎて――。
アイデアが煮詰まったまま、ライブ予定日が近付いていた。
「……いぶき、まだ寝てないの?」
深夜のこと。小屋に戻ってきたソフィアが見たのは、楽器に囲まれ作曲を続けているいぶきの姿で。
「ソフィアさんこそ……こんな時間まで練習を?」
振り返るいぶきはクマのできた顔で、同じく疲れ切った顔のソフィアに目を丸くした。ソフィアは口元をもごつかせ視線を逸らす。
……寸の間の沈黙。
お互いの胸によぎるのは、「相手が寝ずに頑張っているんだから、自分ももう少し頑張ろう」という気持ちで――お互いがそれを考えているのがなんとなく分かるから、見つめ合って、二人して苦笑した。
「少し……息抜きしましょうか」
いぶきがゆっくりと立ち上がる。夜のチチカカを散歩しようという提案に、ソフィアも「うん」と眉尻を下げ頷いた。
――焦る気持ちもあるけれど、今はそのことは思考の外に追いやって。
のんびり、ゆっくり、今は何も考えず、二人は湖のほとりを歩く。
そういえば夜なのにすごく明るい、それは――満天の星空の輝きを、このチチカカの湖が全て反射しているからだ。明るい星月夜。山々の合間のその向こうには、ここが高いところだからこそ、果てしなく広がる世界が見える。
「……すごく、綺麗……」
優しい夜の風に包まれて、ソフィアは忘我の中でこぼしていた。なんて果てしなくて、なんて広大で、なんて輝いているんだろう。夜という闇の中なのに、こんなに光を感じるんだろう――この光を見ていると、ソフィアはなんだか、自分がずっと狭い視野の中で俯いていたような気がした。
「こうして景色をゆっくり眺めたのって、久しぶりな気がします」
隣のいぶきがゆっくりと深呼吸をする。ここのところ作業詰めで、空すら見上げていなかった……作業をする手元ばかり、ずっとずっと、俯いていた。
そうだ――二人とも、ずっと焦っていた。
必死なあまり、「音楽を楽しもう」ではなく「いいものを創らなければ」という使命感に、いつのまにか支配されていた。
……あんなに音楽が大好きなはずだったのに。そうだ、自分達は音楽が大好きなんだ。
改めて、二人は自分の心に向き合う。音楽が大好き、という原初の輝きを思い出す。
大好きな音楽を、もっともっと楽しみたい。この喜びを、いろんな人と共有したい。音楽を介して誰かと心をつなぐことって、奇跡みたいに素敵なことだから。
――音楽の『楽』は『楽しい』だ。音を楽しむ、で音楽だ。
「いぶき。……私、歌うことが好き。音楽が大好き」
「私もです、ソフィアさん。私も……歌と音楽が大好きです」
だって、とっても楽しくて、とっても素敵なことだから。原点を見つめ直し、顔を向け合い、乙女二人は笑い合った。久しぶりに、思いっきり無邪気に笑った気がした。
この素敵な喜びをどう表現しようか?
――音楽が、あるじゃないか。
●
ライブ当日。
チチカカは大きな賑わいを見せていた。チチカカ中の、そして様々な土地の人々が、ソフィアといぶきのライブを見に訪れていた。なんと神様までチラホラと見受けられる。
「おー、なんやお祭りみたいですなあ」
ヴァーハナとして主人を『乗せて』来たムシカは、飾り立てられ賑やかな風景を興味深そうにキョロキョロ。
「異なる世界の歌姫か……興味深いものだな」
ザンプティポの神ネシアは特等席の御座に腰を下ろし、チチカカの民からの歓待を受けている。
「なんだかおもしろそうじゃのう~! ニャンニャン、歌も踊りも大好きじゃ!」
天界ゲート前ステージの最前席、ニャンニャンは今か今かとライブの開始を待っている。会場は既に満員御礼で、様々な民がわくわくした様子でステージを見つめていた。
人混みの中にはユリィの姿もある。混沌の神として、地域や国や世界すらもまぜこぜになったこの空間は心地よく、楽し気にキツネ尻尾が揺れていた。
――かくして、ステージ上にソフィアといぶきが現れる。
わあっ、と歓声と拍手。賑わいに乙女二人は笑みを返して――音楽が、奏でられ始めた。
旋律に合わせて、乙女二人がゆっくりと口を開き、歌い踊りはじめる。
歌の名は『閃光』。
それは優しく、柔らかく、チチカカを渡る風のようで、湖面が映す星々の光のようで――。
「瞼開けば そこは別世界
出会った君と はじまりの予感
この手で触れて 耳で覚えた
自信はいつか 輝きに変わる?」
「神様って本当に居るんだね
フシギナチカラ 教えてよ
知りたい! 君の世界をもっと ……でも
僕(君)には帰る(べき)場所がある」
「きらり 願いの強さ 届いたなら
旅の終わり 近づく足音
遠くにいても 空見上げ 君を想うから
大丈夫 未来はきっと その手の中に」
「瞼閉じれば 浮かぶあの日々
出会った君に 高鳴る鼓動
その目で見て 肌で感じて
自信は必ず 輝きに変わる」
「風に運ばれ 聴こえた 花唄
共に過ごし 夢 芽吹く
君が迷わず 進めるように
かけらを集め 光の線を繋ごう」
「ゆらり 心が揺れる日も あるだろう
つまづき 立ち止まる日が 来るだろう
忘れないでいて 空見上げ 君を想うから……」
「きらり 願いの強さ 届いたなら
旅の終わり 近づく足音
遠くにいても 空見上げ 君を想うから
大丈夫 未来はきっと その手の中に」
「信じて 奇跡はいつも その手の中に」
――二人の音楽は、人々の心を心地よく吹き抜けていった。
わあっ、と喝采が辺りを包む。
やりきった――ステージの上で、ソフィアといぶきは目を合わせ、微笑み合い、頷き合う。自分達の音楽への想い、喜びを全て乗せきった、全身全霊だった。一瞬でいて永遠のようで、なんて素敵なんだろう。この光景が、この歓声が、この輝きが、全て全て愛おしい――。
その時である。
天界ゲートが輝きだし――激しい光が、ステージを、辺りを包んだではないか。
「! これって――」
ソフィアは天界ゲートからいぶきへと振り返った。いぶきは驚いた顔をしていたが、うん、と優しく頷いてくれる。
頷き合う乙女らを、神々が客席から見守っていた。心からの歌への餞別として――神様達が、ほんの少しだけ力を貸してくれたのである。
「――……」
ソフィアは、光の向こうから友達の歌が聞こえた気がした。呼ばれているような気がした。
……お別れの時だ。乙女二人はステージの上で見つめ合う。
「ソフィアさん、……また、会えますよね」
「もちろん。また一緒にライブしよう、いぶき。――約束」
「約束……!」
笑みを交わし、約束だと小指を絡めて。
直後、不思議な引力で二人の間に距離ができていく――絆と共に結んだ小指が、ゆっくりとほどけて――
――光が消えた頃、ステージ上からソフィアはいなくなっていた。
きっと、彼女は無事に帰ったのだろう。ぬくもりが残る小指を胸に抱き、チチカカの空を見上げ――いぶきは、優しく微笑んだ。
『了』
執筆:あまひらあすか https://x.com/SUTEKI_NPC
劇中曲 作詞:いぶき<image src=https://kamuinotami.works/creators//rpg/img/nyan.png width="75%" height="75%">